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2009年5月27日 (水)

昨日見た内藤の防衛戦について

5月27日夕方

 昨日内藤大助がチャンピオンの座を何とか守ったのだが、結構見ていたら、危なっかしい場面も多かった気がするし、多くの人はそう思ったことだろう。

 ところで何で人はボクシングのようなああいう激烈な格闘技、スポーツを楽しむのだろうか?

 一つにはその凄まじさを前に自分があたかも応援するボクサーにでもなったような気分を味わうためである。しかし自分の周囲で見ている大勢の観客の全員がそういう気分でいるのに、何で自分だけがどきどきするのだろうか?

 これも不思議だ。つまり皆で一緒に観戦しているという状況にどきどきするのだろうか?

 つまり皆で見ているということを知っているということが、見ている自分、という意識を作るのだ。

 それは一人でテレビを見て観戦していても同じだ。

 つまり一人でテレビを見ている今の自分のような自分以外の大勢がいるに違いないという想像が「テレビを一人で見ている自分」という意識を作るのだ。

 

 すると一人でテレビを見ている状況が、自分一人で観戦している気分を盛り上げることになる。そして私はそういう気分でいながら、そういう気分でいる自分以外の大勢がいるだろうとどこかで想像する。

 もしテレビのスイッチをひねっても誰も見ていないということを知っていたとしたら果たして私はあの時内藤の試合を見ていただろうか?

 いやそんなことはない。私はどんな中継を見ていても、同じようにそれを大勢が見ていることを常に知っている。だからこそその試合を見るのだ。

 すると同じようなことを考えている自分以外の大勢がいるということを知っているということが、自分が一人でテレビのボクシングの中継を見ている自分という意識を作っているということになる。

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