« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月

2009年6月29日 (月)

世界が私に望むことと私が世界に望むこと

6月29日

私たちは世界(国家、社会、共同体/法人、組織、集団/法則、真理、法律、道徳、常識、習慣、慣習、伝統、良識、通念、制度、歴史、文化、言語/時代、世相、流行、熱狂)が望むこと、つまりそれが正しいからせよと主張することとか、それが善いことであるか実行せよと主張すること、それが合理的であるから実践せよと推奨することに対して、外圧的に要請されているからこそ私はこうする、と考える。

しかし一方それら世界とは予め設定されている、用意されていると考えるものの、実は私たち自身が作っていることでもある。あるいは望むものである。いや私たちと言ったがそれすら私が作っているし、望んでいるのだ。つまり私たちが外圧的に受け入れていることの大半が実は私たちが主体的にその存在を要請しているものであるし、また私たちと言いつつ、それは私自身が勝手に他の成員を要求してもいるのである。しかし不思議と私だけではなく周囲の全ての成員が私同様既にそのように身構えているので、私は最初から「私たち」という意識を持てる。しかしやはり私たちと考えているのも私以外のものではないのだ。

世界とは要するに既にあるものとして私たちが強制的にそれを受容するものとして最初は確かに私たちにとって存在する。しかしそのように存在するものとして受容するからには、私たちの脳が存在するものとして勝手に作っているもの、あって欲しいと望んでいるもの、あるべきであると考えるものでもある。つまり最初強制的に受容させられる段階から既に私たちにとって世界とは一つの大きな把握、把捉、理解としての対象なのである。そしてそれは嫌々ながらも既に主体的に待ち望むものであるという両義性を有している。

だから私がある行為をするのは、世界が私に要請するからだ、と言った場合明らかに私は主体的にそうしているのではないと主張しているようだが、実は私がそう言いながら認めていることとは、その世界そのものを私自身が作っている、その存在を望んでいるということなのである。

それは端的に責任が私たちを行為へと駆り立てていることを意味する。責任は世界が私に対して与えるものであるが、私自身が世界から勝手に引き出してきているものでもあるのだ。その行為が責任を帯びるということ自体も実は私たちが私たち自身の存在を他の一切の存在と関係付けているという事実に基づいている。

しかし何故私たち自身で作ってきている世界に対して、我々は世界から望まれてある行為をすると考えるのだろうか?何故世界からの要請という形で自己の存在や行為・責任を価値づけるのだろうか?

それはこう考えればよいだろう。私たちは私たち自身によって作られた世界から呪縛を受けたり、魅了されたりすると感じることによって自らの内部に巣食う快の原則を知るということである。自分でしておきながら、外圧的要求に従ってしたとすることによって責任の重圧から解放されることによる快を覚知するし、その快にのみ価値を移行させることを未然に阻止するために価値的に理性を利用する。行為が価値ありとすれば、行為に伴う苦をもものともしないという形で理性を意志的遂行を全うさせるために持ち出すのだ。

つまり行為が責任を伴う(世界に対しても他者に対しても自己存在の維持に対しても)ということが実はそのことの重圧と共に重圧をも撥ね退けるという形で理性的判断と意志的強固さという価値を見出す。その見出し作用はそれ自体何かをし始めてから味わう苦からの一時的解放から得られる瞬間的快以上の快を齎すことを知っているからである。

つまり責任の重圧という作用はそれ自体逃避的空想を呼び起こすが、その逃避への憧れは現実味を帯びない範囲で行為をした後の成果を期待することでその場を切り抜ける意志貫徹的な決心を促進する(これをした後には楽しみが待っていると信じられるから今は苦しみに耐えられる)し、責任の遂行による自信はより倍増された快を伴う。だからこそ世界から要請されているという責務感情や義務感情を持つことによってその重圧を克服対象として克服遂行し得た時に得る快を求めることを価値として生きることが出来る。従って我々は責任を負わされると世界を自己行為の要請者として位置づけることを通して、それを達成した時に理性的に「このような行為は価値があるからまたすることには意味がある」とそう判断するのである。だからこそ外部から圧力を受ける形で世界そのものを私たちは無意識の内に構築していっているのである。

つまり私は私たちが世界が望む存在であり望む行為をするように要請されているというように世界の在り方を私たちの存在と行為を意味あるものにするように都合よく予め設定して世界に臨んでいると信じて行為へと臨むのである。その時私たちによって作られていく世界を設定するための前提として予め他の誰かによって作られてきた世界というものの存在を認めている。そこに歴史と言語が横たわっているのだ。そういう意味において世界が私たちの存在と行為を要請しているという側面から言えば科学であれ宗教であれアートであれ、全く変わりなく存在している、と言うことが出来る。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月28日 (日)

世界・時代・小説世界

6月28日夜

今日は父の十八回目の命日だったが、一昨日既に横浜市戸塚区南舞岡の臨済宗円覚寺派長福寺での供養は済ませている。午前中は母の実家から母の車で三郷公園に2人で久しぶりに行った。

途中コンビニに立ち寄ろうとしたら、十一時に開店する食料品のアウトレット店だった。道理で貧しそうな人たちが大勢順に並んでいた。十二時に賞味期限が切れる食品を扱っているようだった。元は通常のコンビニだった店舗が利用されているようだった。

テレビでは連日政治のニュースが忙しく報じられているが、皆国民全体が不満を持っているというような論調でコメンテーター、評論家、文化人たちが現政権に対する批判をしているが、庶民にとってそんなことなどどうでもよく、今日何を食べるかである。最早どこかの省庁の大臣が実質的更迭によって辞任に追い込まれたとか、どこそこの県知事たちが地方と国の関係がどうのこうのといったマスコミの垂れ流す情報はまるで一般市民の感覚とはずれている。殆どの国民、一般市民、庶民どういう言い方をしてもいいが、それらに対して無関心である。皆自分のことだけに関心がある。だからそれら一切の自分とは関係がないのに重要なこととして一部の人たちが起こしている行動を報道するマスメディアの似非正義も空しく響く。

殆ど八年くらい現役としての活躍から遠ざかっていたかつてのスーパースターの死は確かに世界中を震撼させはしたものの、本質的に世界全体の不安定の前ではただ一つの特定の人々にとっての熱狂が幕を閉じたという感じしか与えなかった。

やはりイランの動乱の方に世界からの目は釘付けになっている。北朝鮮もそこそこ注視の的となっているが、経済不況がどう切り抜けられるかだけが世界中の本当の関心事である。経済とは貨幣もそうであるし、物価もそうであるがやはり生をどう生きるか、どう世界へと対峙していくか、どう心を保つかということに尽きる。

世界とはどんなに世相的には平和であって安全であっても殺されていく者や不慮の死を遂げる者にとっては冷酷であり、どんなに悲惨な戦争があってもその危機を掻い潜って生延びられる者にとっては痛快である。とどのつまりある個人にとって自分の生活とか世界の在り方がどうであるかということだけがその者にとっての快不快や幸不幸を決定するのであり、その意味ではどうなのだろう、時代とか世相といったものは擬似自己的命題であり、本質的なことではないのに、本質的であるかのように振る舞い自然とそれに合わせてしまうものであるという意味では実質的他者である。

やはり自分にとっては時代や世相以前的に本質的な自己があるように思われる。

小説がそういう現実においてどういうものであるかということになると、やはり現実に対して拮抗するものでも現実以外のもう一つの現実でもなく、寧ろある一つの小説が示す「小説を書く者にとっての世界の在り方」であると思われる。世界はそれにどう臨むかとか、それにどう接するかとか、それをどう望むかということにおいて在り方を決定する。

だから流行作家による小説世界は一つの「小説を書く者にとっての世界の在り方」のパターン例であるに過ぎず、やはり小説は読む者にとってどれくらい世界の在り方を読み取ることが出来るかにかかっている。「これが小説だ」というものを読むのではなく、読んだものを「これも小説だ」と主体的にそう思えるかどうかということが重要なのだ。

それは一枚の絵がどれくらい世界の在り方をそこから示されているかを見て確かめられるかによっているのと同じである。

それは現実が同じ時代においても各個人にとってまるで異なった様相で立ち現われているということと同じである。世界は一つの世界の在り方において決定されているのではなく、世界が一つの在り方であるように思わせる「世界」への立ち向かいそのもの、世界への戦略そのものが他者である限り、どう感じるかにかかっている。

世界は時代によって規定されているわけではない。時代によって規定されているように思おうとしているだけである。時代とは一切が幻想である。世相も一切が幻想である。いや世界そのものさえ幻想かも知れないのである。

しかし自己が本質であるとは言っても、その当の自己さえ幻想かも知れないし、第一小説によって描かれる世界や現実自体が何らかの幻想を実質であると勘違いして書かれているだけのことかも知れないのだ。しかし恐らくその勘違いから何もかも出発するしか一切の手立てがないということそのものが何らかの形で現実であり世界の出発であるかも知れないのだ。

それは最早コギトでもないし、自己でもないし、理解でも了解でもない。どちらかと言うと関係そのものを幻想するということ、位置づけそのものから逃れられないということである。

その逃れられなさ自体が時代も他者も自己も、小説も、マスメディア全体の存在の仕方も全て含み込んでいる。

 私たちは世界(あるいは現実、時代、他者、自己)から逃れられないのではない。何らかの関係を構築することから逃れられないということが世界であり現実であり時代であり自己や他者なのであり、対する相手がそれらになるのだ。だから私たちにとっても私にとっても事実があるということ、事件が起きるということに対して知るにせよ、ただ聞くにせよ、それらから逃れられないということだけが全ての出発点なのである。それは悲劇でも喜劇でもないし、幸福でも不幸でもないし、快楽でも不快でもない。そういった価値づけの全てを反復させる駆動力そのものなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年6月25日 (木)

老人の孤独②・言語のこと

確かに孤独であるということを自覚的であることは、人間にとって必要な他者への意識を失っていないということである。従って老人が孤独であると考える内は、肉体的に老人でも精神的にはそうではないと言える。

しかしまた同時にもし老人が完全に自分が孤独であるのに孤独ではないように他者依存に加担し過ぎていること自体に自覚的ではなくなっていても、つまり周囲に対する人間的配慮を失っていてだだを捏ねる子どものように甘えだしたとしても、自分より若い血気盛んな中年に対して嫉妬していたことから始まった彼らへの意地悪さえ、それさえなくてしてしまうよりは、残しておいた方が人生において張りがあるというものである。それは英語で言うところのirreducibleなこと、つまり最低限ではあるが、無くしてはいないということだからである。それが自我の基本形なのかも知れないからだ。

その自我こそが言語行為において、あらゆる覚知(相手がいて自分がいるということに対する)を滞りなくするものである。他者存在に対する自覚と認知、そしてそのことから言語行為をしたいと欲求すること自体への覚知があるということが自我の基本形だからである。確かに自我こそが言語行為を、そこで運ばれる言葉を意味づける。

言語行為は極めて面白い現象である。何故ならそれをする当の人間は極めて個的なことを感受し、それを他者に伝えようとする。しかし感受されたこと自体、その事実は事実である限りで一般化されている。しかも相手にその「私に固有の感受」を伝える時必ず翻訳している。と言うことは 

翻訳されたもの=一般化された真理   

を、私は他者に何か私にとって固有のこと、個的なことを他者にも理解出来ることとして改造していることになる。他者に伝える行為に内在する理解を得るということの内にはその時の私にしか分からなかったことを「その時の私にしか分からなかったこと」として真理化してしまう必要がある。それはしかし私にとって本当に伝えたいことではない。

本当に私の伝えたいこととは、端的に私があることを感じ、それを今伝えているが、その伝えられなさの方である。つまり言葉にしながら言葉から漏れ落ちていくもの、つまり説明され得なさの方なのである。

しかしそれを相手に分からせるためには私は相手に説明を停止する必要がある。端的に沈黙や表情で「ねっ、分かるでしょう?」と相手に委ねる必要があるのだ。後は相手が私の説明的語句を噛み締め、自分の想像の世界に遊泳することに任せる必要があるのだ。

仏教で言うところの他力本願とはまさにこのことを言っていたのではないか?つまり相手に何かを伝える時、説明し過ぎないで、適度で説明を中止すること、その先は相手が勝手に理解してくれることを待つことを言っていたのではないだろうか?

相手の能力を信じること、相手の能力を主体的に引き出すことこそが全ての言語行為の理想であるとするなら、それは短歌や俳句でも小説でも論文でも批評文でも同じことではないのか?

つまり書くこと自体を、それ以上は書かないままにしておくこと自体との対比において示すこと、話すことを沈黙することの対比において示すことが言語行為の円滑且つ意味深い伝達を可能にするとは言えないだろうか?

しかしどこまで言葉を尽くして語ることをして、どこから先は沈黙すべきなのかということの査定に私たちは時代(育った時代もそうだし、今現在の時代認識もそうであるが)というもの、あるいは個人的差異が横たわっているような気がするのである。つまりその差異がある意味では対話を充実したものにすると同時に、虚無へと突き落とす、つまり理解し合えなさも明確化するからである。

つまり相手に伝えられない本当に伝えたいことに価値があるか否かそれ自体も、話してみるまで、あるいは書いてみるまでは誰にも分からないという不安が常に私たちには付き纏うのである。だから他力本願もまたある意味ではかなり修練を要する高次の知性であるとも言える。何故なら沈黙していたら理解されないことも多く、それは相手に対する適切な査定を要するのだし、相手が自分より極度に知的に劣っていても何も伝わらないが、相手を見縊り過ぎていて説明し過ぎても却って礼を失することになりかねないからである。

しかしそういう時、えいやっとあまり考えな過ぎず強行突破することも必要で、そういう時は案外誰にも相手にされていない生を多く持ってきた老人の厚顔無恥さが役に立つこともあるのかも知れない。

 老人力万歳!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月24日 (水)

老人の孤独

6月24日

老人とは自らが老いていることに対して自覚的ではないということが拍車をかける。自分が仕事的にも、人間関係的にも絶頂にあった時期の記憶だけが鮮烈に残り、そのかつての栄華に精神的に縋り付いているということから、現在の零落に対して無頓着であるというより、それを見まいとすることによって辛うじて意識をしっかりとすることが出来るような状態を言う。

自分がどんなに年老いても、かつての栄光を全く顧みなくても、今現在関心があり、生き甲斐を感じられることがあるのなら、それに邁進し、衰えた肉体を庇うように必死に努力するだろう。そういうことが出来る人のことを精神的には老人と呼ばない。

しかしかつての栄光が忘れられず、その絶頂期の感覚で周囲の人間に威圧的であるならそういうタイプの老人はやがて誰からもあまり本気で扱って貰えなくなるものである。

そういうタイプの老人は古い自分の柵的人間関係やら、かつての栄光を高く評価するあまり見る目のない人たちからの偽の信頼によって慢心し、やがてあまり成功していないタイプの中年の働き盛りの男性に対して一度か二度奢ってやったりしたことをいつまでもいいことをしたと忘れないでいるのだ。そしてその狭量な寛容さにいずれ誰しも気づくから、精神的に離れていこうとする中年男性に対して、未だあまり成功していないにせよ、自分よりは残された時間があるのだから痛烈に嫉妬するようになり、その者を周囲の目も憚らず大勢のいる前で侮蔑的な罵倒をする。その男性が離れていくこと自体が何のことはない、ただ寂しいのである。

この手の老人は端的に孤独なのである。そして孤独の解消法とは、唯一自分が若い頃には羽振りがよかったものだから、将来に未だ可能性を残してはいるものの、今現在はあまり社会的評価を得ていないタイプの不遇な中年男性に対して優越意識を感じ取れることにおいて相手を嘲笑したり、叱責したりして溜飲を下げることである。

この姑息さをしかし意外と周囲の者は気づかない。それはそうであろう。彼のすること自体にあまり周囲は既に関心を失っているのだから。しかし彼だけはそうではない、未だに周囲から自分がそれなりに人望もあり、多く信頼を寄せさせるオーラを放っていると信じて疑わない。何故なら彼が罵倒し、叱責する態度そのものを非難する者が一人もいないからである。

しかし彼に誰も咎めだてする者がいないのは、彼に対して一目置いているからではない。ただ単にあまり関心さえ抱いていないからに過ぎないのだが、彼自身はそれに気づいていない。いや本当は気づいているのだが、気づきたくないだけなのかも知れない。そして一人「今日は少しあいつに言い過ぎた」と悔やむのである。

しかし彼はそういった態度を時々見せしめ的にすることを特権として享受するその束の間の快楽を捨て去ることさえ出来ない。何故ならそれを捨てたら自分に残る周囲に畏怖を感じさせる何物も残されていないからである。だから次第に彼は全盛期の顔艶を失って段々醜い相貌になっていくのだが、その醜さ自体が周囲に憐憫を買い、一切そのことを口外する者がいないから昔のままでいると思い込んでいる。

本質的に孤独とは自分が孤独であると気づいている内は未だ傷も浅い。しかし孤独であるということを気づく余裕さえ失って、未だに全盛期のように皆に愛されていると勝手に思い込んでいることにおいて頂点を極める。しかしある意味では彼は絶頂にいた頃からそれほど人望があったわけではないのだ。ただ仕事で社会的地位を獲得しているから、その地位に対して周囲は敬意を抱いていただけであり、彼自身の人格に対して敬服していたわけでは決してないのだ。

この手の老人は生き馬の目を抜くような過当競争的現実に対して圧倒的な勝者ではないものの、そうかと言って決して敗者ではくそつなく仕事をこなしてきて一定の信頼を周囲の人間や業界で得てきて、定年まで勤め上げたタイプの人に多く、そうかと言ってリタイア後の人生の生き甲斐を仕事の喪失から転じて得るだけの本当にしたいことも希薄な人に多い。

確かに趣味自体は豊富にある。しかしそれは人生全体を充実した空気で埋めるほど価値あるものではないものだけによって埋め尽くされているのだ。つまりあってもなくてもどうでもよいものの方が圧倒的に上回っているのだ。従ってこの種の老人は地域社会でかつて自分の息子や娘たちの同級生たちの両親とかから、いつかなど彼らの息子や娘たちの就職を斡旋してやったりした功労からいつまでたっても、感謝されていることを唯一の誇りとして自分の歩んできた道程を正しいものだったと誰彼なく言いふらすことだけが生き甲斐なのである。

しかし現実には彼のかつての栄光を記憶している者など同一業界はおろか、地域社会でも既に誰もいないのである。実際問題このような老人の心に空いた空隙を狙う隙間風をどうにか食い止める手立てなどどこにもないのである。つまり後は死ぬことによってのみ、かつての栄光が辛うじてオーラに包まれたものになり得る可能性を残している。しかしその種のオーラとはただ単に時間が大分たったから、その本当の姿を誰も確認出来ないということによって保たれているに過ぎない。

これは私が交流を持ち経験した幾人かの人に起因する描写であるが、これからの社会はこういったタイプの像があちこちに見られることになる。

年老いていく日々を過ごす毎により一層生き甲斐とか仕事的な遣り甲斐に拍車がかかるようなタイプの老人などほんの砂粒くらいしかいつの世にも存在しない。殆どが若い頃になした仕事の数割程度だけでも辛うじて残しているくらいが関の山である。しかしこう言う私もいつかはそういう運命を辿る。従ってどの老人を観察しても、その内の何らかのタイプの老人になるに違いないと今から想像出来るのである。だから実際にそうなった時に自分自身が一人になった時真に寂しい思いをしないで済むのは、少なくとも私が何人かの老人から受けたある種の侮蔑的態度を一切その時働き盛りになる中年男性たちに採ることなく、常に激励したり、優しい言葉をかけたりしてやることが出来るかどうかということにかかっている。

老人にとっての真の孤独とは自分より若い世代の人間に対する思い遣りをかけてやらなくなっていく自分の姿を見つめる能力だけは未だ残しているということから来る。

しかし思い遣りとはそれはそれで体力を要する。従って相手に対して思い遣りを持たねばならないくらいなら、いっそ形式だけでも自分を煽ててくれる相手を大切にしたいと思うようになる。これが老人の顕著な特徴である。だからよりそういう風に自分に忠実に仕える仕草や表情や態度を示す自分より若い人間に対して、その善意に甘えて益々その優しさに付け込むようになっていく。しかし相手が邪険な態度を採るまではその甘えをやめないのだ。何故なら一旦身についた甘えは快楽だからそう易々とは停止することが困難なのである。するといつの間にか自分を慕っているように振舞う自分より若い相手が去って行くようになる。一人、また一人という風に。するとまだぞろ寂しさが募る。この繰り返しなのである。そしてこの悪循環が続くと次第に自分が相手に優しくしてやれないという当初の反省自体が影を潜めていくようになる。つまり自分より若い世代の人間に対する思い遣りをかけてやらなくなっていく自分の姿を見つめる能力だけは未だ残している筈だったのが、いつの間には完全に抑制の利かない子どもになっているのである。

それは何故か?答えは簡単である。反省とか自分の孤独を実感するということ自体もかなり体力の要する心的活動だからである。孤独であると自己認識する精神的な自信自体を次第に放棄していくようになるのだ。

この時老人は真の孤独をさえ失い、孤独であると感じること自体に億劫になっていき、完全に社会から遮断された存在として完成するのだ。しかし不思議と孤独であるということを自己に対して定義づけること自体を放棄すると途端に楽になるのである。何故なら全てが他者依存になっていくからである。そして相手がそういう自分の憐憫の情で優しくなっていくこと自体さえ、自分に対していつまでも敬意を抱いてくれていると勝手に思い込むようになるのである。

 私自身がそういう老人になった時私は自分の孤独を感じることでさえ自分の責任ではなく相手に押し付けるようになるだろうと思う。それは意外とそう遠い将来ではないと思っている内は未だ救いがあるのかも知れない。いや俺は絶対そういう老人にはならないぞと変に心に決め込んだ時こそが一番危ない。まさに私が目撃してきた老人とはその典型だったのだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月23日 (火)

現実と虚構

6月23日

私たちは通常小説を読む時、それを現実であると思って読んではいない。しかし新聞を読む時そこに書かれていることを事実として受け取る。本当は新聞であってもそこには新聞社の方針とかその記事を書いた記者の主観が混入しているのだが、それを無視して事実を受け取ることに重きを置いている。それを小説を読む時のようには読まない。

だから新聞を読んでいても著名な作家の名前を発見すれば、そのコラムを連載小説であると即座に理解する。

それはテレビを見ていても、ニュースで流される映像はドキュメントとして本当にあったこととして認識し、別のチャンネルにした時著名なアクターが出ていれば、それをドラマであるとして演技と受け取る。尤も同じアクターが出ていても、司会者がいればヴァラエティーかニュースショーのインタビューコーナーであると受け取る。

だからニュース映像そのものを一つの演出的に理解する能力とは端的にニュース映像とドラマ映像を区別することが前提とされている。

つまり現実と虚構の区別をつけることが可能である。脳科学ではこの現実と虚構を区別する領域をデフォルトネットワークと呼ぶそうである。

しかしここに遠い異星からやってきた高等知性生物がいて、その者が言語を理解することが出来るとしよう。しかし彼らの文明にはドラマとか小説といった虚構自体が存在しないとしよう。彼らはテレビを見て、ニュースとドラマの区別がつかない。だからさっきあるドラマの再放送をしている時殺された役のアクターが、別のドラマでは刑事の役で健在であることを知ると、そこに矛盾を感じる。「確かあの男は死んだ筈なのに」とそう思う。

あるいは小説と新聞の記事の間の区別もつかないから、当然小説を現実であると思ってしまい、そこに描かれた虚構のストーリーを信じて、ニュースで流される事実内容と矛盾するとそれを指摘するとしよう。

彼にとって私たちが通常考える言語行為というものが全く同じように遂行されていると、考えることが出来るのだろうか?

例えば私たちは喩え話というものをする。喩えとは端的に説話上でのその場だけの虚構である。つまり小さな虚構をある説明に混入することによって、ある仮想空間を相手の脳内に現出させ、事実関係における像を明確化することを旨とする。しかし現実と虚構の区別のつかない異星人にとってそういう仮定法というものを言語行為上で作ることが出来ないから、必然的に伝達することの出来る範囲、つまり叙述における詳細さという面から言えば著しく限定されていくことになるだろう。

つまり彼らにとって現実とは、目の前に展開する、現前以外のものがないということになる。過去と現在の違いだけは理解出来るのだろうか?もし出来れば小説やドラマ、演劇といったことを現実以外の表現として理解出来る筈ではないか?

しかしもし彼らが一切小説やドラマといった虚構世界を理解出来ないのであれば果たして過去と現在の違いも理解出来るだろうか?

いやそうではないだろう。

過去とは既に今そこにはない、昨日同じ場所にいたということを相手に伝えるとしても、それは今ではない時に今いるここにいた、ということを伝えるわけだから、当然昨日ここに今こうしているようにいた、ということを想像出来なければならない。今ない状態を想像出来るということは仮想することであるから、それ自体現実ではないものを想定する能力であり表象力以外のものではない。しかしこれが出来るのなら仮定法も理解出来る筈であり、少し段階的に進化すれば虚構、つまりドラマや小説に固有の嘘の「現実」も理解出来るようになる筈だ。

虚構が理解出来ない異星人は恐らく絵画も理解出来はしないだろうし、音楽も理解することが出来ないだろう。何か音がしても、それが大工によって釘が打ち込まれる音であれば行為目的的に理解出来よう。しかし音楽が流れてきて打楽器の音を聴いても、それを<音楽を奏でている>という意識を持って聴くことなど出来ないだろう。

私たちは現実に起きた八百屋お七の事件やら阿部定事件をさえ、それがあたかも江戸時代や昭和初期の世相とか、現実であるのに虚構的なドラマをそこに感じることが出来る。何故だろう?

 それは恐らく現実と虚構の関係を暗に理解しているからである。つまり虚構があまりにも現実に肉薄しているとか、現実があまりにも劇的で、虚構じみていると感じることが出来る。

つまりここで述べた仮想の異星人にとって理解出来ない映像におけるニュース映像とドラマ映像の違い、文章における新聞記事と新聞小説の違いを理解出来るということこそが、私たちがある説明をする時想定したり、仮想したりする想像力のなせる技であり、行為自体を目的的に、あるいはそれとは逆に無目的的に理解することを可能にさせ、あるいは行為に意味や価値を見出すということを可能にしているのである。

そしてそれは過去にあったことと、今それはそこでは起きていないこと、今は過去とは別の時間の出来事であること、やがてそれが今ではなくなり過去へと後退するという全てを理解することが出来るという能力をも含有した全般的力能による所産であるということを知ることが出来る。想像力は現実に対して、現実ではないという意識を動員させることを通して現実を私たちによる固有の見方の中に位置づけることなのである。

それはある意味では現実を現実であると受け取ること自体をも一つの選択肢として理解する能力であり、それは他方に現実を虚構的に解釈することを可能にする能力でもある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月22日 (月)

敗者には敗者なりの生き方がある

夕方記

私は殆ど敗者であるとしか言いようのない人生を歩んできた。しかしそうだからこそ茂木健一郎氏や勝間和代氏のようなエリート街道的な人にはない見方も出来るのだろう、と思う。何故なら彼らには古典落語や大衆芸能を教養として理解することは出来ても、八百屋お七や阿部定のような人たちの心理を理解することは到底出来ないのではないかと私は思うからである。常に前向きでしかない、ということも実はそれなりに偏ったスタンスであるし、一つの傾向性でしかないとも言えるのである。

それに勝間氏は後悔するということ、つまりくよくよすることが一番無駄な時間であると仰るが、それはあくまでビジネスの第一線で活躍される氏のようなタイプの人には当て嵌まるかも知れないが、私のような人生を歩んできた人間には寧ろ敗者宣告のように響く。  

私は世の中の大半の人たちは、私のようなタイプの人間も含めてだが、前前回から前回まで述べたようなタイプの不幸な老人のような人たちの方が遥かに大勢いて、寧ろじくじくと後悔と恨みの念を募らせているということの方がずっと現実ではないだろうか?

つまり人間とは後悔と改悛と怨恨に満ち満ちていると考えることの方がより実存的ではないだろうか?

しかしある意味ではそのような価値判断、つまり人生自体をあるバイアスのかかった目的に随順するものとして認識しつつ、それに該当しないタイプの出会いや行動を自分が取ってきたということに対する後悔などというもの自体が実は大した意味があるものではない、という判断も成立する。だから逆に後悔をする人にしか本当には後悔しない人生の価値は理解出来ないのではないだろうか?

つまりビジネスハウツー的な本を沢山書いてきている著者のようなタイプの人生だからこそ見えないものもあるのではないだろうか?つまりそういう本を書けない私のようなタイプの人生だからこそ見えてくるものもあるのではないだろうか?

何をしてよいか分からない日がある。休みの時など前の晩にいつもより早く寝て翌朝いつもより早く目覚めて頭もすっきりしているのに、では午前中何をしようかと思っても即座には何も決まらない。そういう時に外へ出て、散歩するというのもよい。文章を書いていると、今日は何が書きたいか分からないという時が必ずある。しかしそういう時は何も書かずにいるということも一つの選択だが、ではその何を書くのか分からないということは何故起きるのか、いや書きたい時があるということは、書きたくなる理由がある筈だ、それは一体何なのだろう、という疑問自体を書くというのも一つの選択だ。

しかし何をしてよいか分からないということは、行為を目的的に意味を見出せないということになるとすると、寧ろ行為を無目的なままにしていて何故いけないのだろう、という疑問も湧いてくる。あるいは無目的なままにしておく行為とはでは実際には一体どういう行為のことを言うのだろうか、という疑問も同時に湧いてくる。

無目的にただ只管何かをするということを取り敢えず理想とすると、それは一体どういう仕方になるのだろうか?

例えば外を歩いていると確かに段々何が次にしたいのかということが分かってくることがある。

しかし社会では仕事と言えば、全て何か目的がある。その目的は働く人の行為の目的性への問いよりも優先される。だからこそビジネスのハウツーものが多く読まれるのだ。

しかし逆に行為の無目的ということが全く理解出来ないと、リストラされた時おたおたするだろう。リストラされた人はこれから何をし続けていくべきかということを問う時明らかに目的的な行為以外の一切が考えられないから、これから一体何をしていけばよいのかということに対する答えが見つからない。つまり何が求められているかと常に問うことは、逆に何も求められていなければ何もしない方がいいのかという問いに対する返答が出せない。

つまり一切失敗した時のことを憂慮するような目的的行為の成果ということを考えずに全ての行為を無目的的に位置づけられ得るのなら、開き直る必要さえない。

要するに最大の目的とは、目的だけが行為の価値であると見ないこと、つまり無目的であることこそ最大の価値であると見ることからしか始まらない気が私はするのである。

その時宗教家が言っていることの意味も理解出来る気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

老人とは誰か?②・ついでに青年とは誰か、中年とは誰か

私も実はあと二十年と少し立てば立派な老人と言われるということを承知でこのような文章を書いている。

私は前回「意識的にする方がまだしも若さがあるというものだ。それは端的に身についていないからである」と言った。実はこのことの意味するところがかなり深い真理なのである。何につけ狡猾に振舞おうとするということは未だ狡猾になりきっていないということである。それは要するに不自然であるからすぐに摘発されてしまう。そのような結果を招く内は実はしっかり悪意があるから未だ救いがあるのだ。もっと動物的直観で自然に自分より若く将来に未だ可能性を残した者に対して痛烈な打撃を与えるような振る舞いを出来る老獪者こそ年季の入った老人である。つまり無意識の内に自己保身的であり且つ相手に痛烈なパンチを加えられる効果を齎すような振る舞いが自然に出来るということこそ本格的な老獪老人である。

私は前回二つの老人のタイプを示した。片方のタイプはいつまで経っても青年然としてそのことに対して恥じ入ることのないタイプである。このタイプは気分的万年青年タイプの老人である。このタイプの老人の欠点とは端的に俗っぽさがないということである。

確かに俗の極みのような人間はやはり近づきたくないタイプ(そうなのにそうではない風を装うことに長けた老人が実は一番手強い)であるが、同時にいつまで経っても暗黙の了解一切を理解出来ないタイプの老人は老人でかなり厄介なのである。まずシニカルな冗談が通じないということもあるが、阿吽の呼吸も通じないということがあるからだ。全てが暗黙の了解と阿吽の呼吸ではよくないだろう。しかしある時にはそういうことも方便として役立つこともあるということだけは理解しておくに越したことはない。それがこういうタイプの老人には決定的に欠如している。

 何故ならこういうタイプの老人は、それはそれで一切自分の肉体的老いとそれに伴い派生する周囲の人間による自分に対する配慮に無頓着であるということだからである。

カントが善意志というものを傾向性として、つまり自然に本能的に備わった善を一切認めず、意志的にそれが正しいと知って行う善をこそ価値としたということの意味が実はここにある。つまり老人であることを運命的に引き受け、そのことに自覚的であり、決していつまでも自分を若いと思わないことこそが実は一番大事な心得なのである。

それは端的に若い世代に対して嫉妬を覚えないということではないのだ。嫉妬を覚えることは当然である。何故なら彼は既に気持ちはいつまで経っても若いままなのに、肉体は目に見えて衰えていることを熟知しているからである。しかしその嫉妬自体を客体化し、自己対象化して「しかしそう思っても所詮競んないことである」と諦念を抱くことこそが重要なのだ。つまり意志的にそのような嫉妬は見苦しいと自ら言い聞かせること自体が重要なのである。これが、私が意識的に何か目論むことをする内は未だ救いがあると言ったことの最大の理由である。

 私は率直に言って安穏とした性善説信者が大嫌いである。何故ならそういう人たちはまさに中島義道氏がよく言う「優しい」「善良な」人たちだからである。その意味では中島氏の主張することは正しい。しかしそこから先が私は違う。つまりホッブス的性悪説をどれくらい認識しているかということにおいて私は中島氏より以上に性悪論者の方がより信用出来るのである。

 私は二つ前のコラムでM氏のことを、もし爆発物が発火してその発火地点近くに数人いて、その中に自分の愛する人間がいたとしたら、まず自分の愛する人間だけを救おうとするだろうということを認めないタイプの返答をしたその恣意的であるのか、正義論的であるのかはいざ知らず、その返答自体にある欺瞞性を嗅ぎ取ったこととして述べた。実はそのように自分の中の性悪的部分に自覚的であるということ自体が、カントが述べた意志的に善意志をなすということの内の大切な要素なのである。この行為を自然に無意識にすると言うことは、別の局面においては無意識に悪意を発揮させてしまうからである。だからこそ理性論的に「それはいけないことだ」と考えて意志的に思いとどまること自体が極めて脳内活動的な方策としても重要なことなのだ。

 私が考えるいい意味での青年的要素を未だ兼ね備えた老人とは端的に未だ可能性を自分よりは残した働き盛りの世代の中年に対する自らの嫉妬をよりよく自覚してそれを抑制しようと努力するそういうタイプの老人であろう。それはなかなか大変なことだろうと思う。

 中年の働き盛りの人にとって自分に自信があればあるほど実は優秀な青年に対して羨ましいという気持ちを抱くことはあっても、何のことはなく然程極端な嫉妬までは至らないということの方が普通である。しかしこれが老人にとっての中年の働き盛りに対しての眼差しとなると、そうも行かないのである。未だ相手はかなりきちんと働くことが可能であるのに対して自分にはあまりもう時間が残されていないのだから。

 才能溢れ将来の可能性に満ち溢れた青年を羨ましく思うタイプの心理に留まっている中年こそは実は私が思う普通の中年である。しかし私自身が中年であるからあまり理想を私から考えることが出来ない。

理想の青年像とは理念的に正しいと思えることに邁進出来ること、そしてその自己に対して躊躇がないことである。だから青年で真に中年以降の人たちの心理に対する配慮があるとすれば、その青年はかなり人格的に出来上がっていると言ってもよい。

 二十五歳くらいから三十四五歳くらいまでは中年にはなりきれなく、そうかと言って純然たる青年と呼ぶにはなかなか歯がゆいことが残存するそういう年齢である。

 この年齢の内にしておくべきこととは、端的に自分より可能性のある他者、才能や機会に恵まれた他者に対して、しかもそれが自分より若い世代の人の場合、嫉妬を覚えるということ自体に自覚的であり、且つその嫉妬をいかに自分の養分にして、自分を向上させるような契機にすることが出来るような心の余裕を養うということではないだろうか?

 それは率直に言って負けることの美学をそろそろ学ぶということである。ただ潔いということではない。異世代の、あるいは異質な才能の人間に対する羨望を尊敬心に変える術を学ぶということである。そうする内に相手に対して対等な立場を確保することに繋がる。それは若い世代に媚びるということではない。羨望を若い世代の人に直接示してもよいのだ。要するにそれを悪質な嫉妬の変えなければよいのだ。

 私は現在八十代、七十代の主に二人の老人とかなり長い時期交流を持ってきた(今は二人共に対して疎遠である)。この二人は若い頃にはいい仕事をしてきたが、ある時期から自分たちより若い世代の人々からはあまり相手にされないような人生を送ってきた。そんな頃私と知り合ったのだ。当時は私もまだかなり若かった。しかし私から見て彼らは最終的にそれほど尊敬に値する年配者ではなかったからこそ、そういう気持ちが以心伝心で相手にも了解されていたのだろう。ある時期から私は彼らから辛く当たられるようになっていった。この二人は仕事の面で私がもっと世間から高く評価されたりもっと収入があって、きちんと結婚も出来るくらいの一定の生活レヴェルが欲しいと思ったりしている私の立場を少しでも理解してくれたことがあっただろうか?私があまり世間一般から省みられないことを残念に思うようなことを私に語ってはくれたが、最終的にはそれは一定の社交辞令だったようにも思える。彼らには私よりは若い息子や娘たちがいた。

 寧ろ自分の若い世代からの相手にされなさを私のようなあまり成功していないタイプの働き盛りの中年男性をどこかで哀れみを持って接してくれたいただけなのかも知れない。つまりそれだけが唯一自分が周囲から相手にされないことから解放してくれるいい気分転換だったのかも知れない。

 私はかなり多くの若い(十代から三十代前半の)世代の人々の知り合いがいるが、私が一定の評価を得て安定した生活を手にしていない状態で彼らとあまり親密にし過ぎると、私が二人の老人を敬遠していったのと同じような運命を辿るであろう。彼らから本当に世間的に成功している人々に対して彼らが捧げる尊敬心を私が得ているとは到底思えない。だからこそ逆に私は彼らに対して成功している人間が彼らに接することで彼らが得るメリットを彼らに与えてやることが出来ない。つまり彼らに私は何も与えてやれないという形でしか接することが出来ない。とどのつまり世間一般の尊敬心とは周囲から、あるいは世間一般から高く評価されている、ということでしかないのである。

 それがない中年の働き盛りの男性が知り合う老人とは私が知り合った二人のようなタイプに限られてくるし、そういうタイプの中年男性がどんなに才能溢れる青年と知り合っても、彼らがあまり成功しないように私は自然と願うであろう。だからどんなに取り繕って彼らの才能が花開くように祈念するポーズを取っても、私の彼らに対する態度は所詮欺瞞に満ちたものになる。それを向こうは向こうであざとく見抜く。だから相手もそれを察すると自然と私から離れていくだろう。

 人間はある部分では一番親密にしている人間といい部分でも悪い部分でも運命的にも、実力的にも相手を引き寄せてしまうものである。それは相互に直観し合う。

 だからこそ全ての他者に対して付かず離れずという体勢で臨むことこそが最良の方策であることだけは老人であれ、中年であれ、若者であれ変わることはないのではないか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月21日 (日)

老人とは誰か?①

6月21日

高齢化社会という現実に対して誰もが老人になることが分かりきっているのに、自分のことを庶民であるとか大衆であると自覚することが希薄なように自分のことを老人であると思うということが意外と難しい。それどころか中年であるとさえ通常思いたくもない。これが人間である。中年とか老人と誰かが言う時暢気にも必ず自分だけ除外して考えるのが人間である。このことに例外などなかったというところが私見である。

青年の定義、中年の定義、いやそれどころか性別の定義さえかなり困難である。だから当然老人問題というのは誰しも老いは訪れるのだから、自分にとっても一番切実なことである割りには常に老人というと誰にとっても自分だけを除外して老人一般であり、ではその老人の定義、老人はこうであるとか、こうであるべきであるとかと問うと意外と誰も明確には答えられない。その答えられなさが益々自分だけを除外して考える癖をつけさせている。

そこで私が知る、あるいはかつて親しかったりした老人について思い出しながら少し書いてみようと思う。

老人には色々なタイプがあるのは当たり前だ。人間に色々なタイプがある分だけ青年も中年も老人も色々いる。だが老人に顕著なことは、どんなに天真爛漫であったり、屈託がなかったり、無邪気であったりしても、それは大人を通過した人なのであるから、子どものそれとは明らかに違うということだ。つまり無邪気に振舞うのが上手な人というのはいる。あるいは天真爛漫のように思わせるのが巧い人というのもいる。しかも人間は記憶の動物である。覚えておかなくてはならないことを忘れ、忘れてしまえばよさそうなことを執念深く忘れないのが人間なのである。

私はしかしある時期から老人の天真爛漫さとか無邪気さとか屈託のなさに対して疑いを持っている。つまり老獪であるとはとどのつまりそういうことなのだ。老人の老獪さとは意外と無邪気や天真爛漫とか屈託のなさに近いものなのだ。その振る舞いはまさに時間を超越した天性の我儘振りである。その老人に冷たい態度を採った方があたかも常に悪いように思わせる天才というような人が時々いる。私は人生においてこの手のタイプの八十代、七十代の人をかなり見てきた。その中の数人とはかなり密に交際もしてきた。

そういう時ビートたけしのツービート時代の毒舌漫才を思い出したりした。そんなくそじじいくたばっちまえばいいといったようなかつて彼らがやっていたタイプの毒舌である。

つまりお前は働き盛りなのだから、どんなにこっちがお前を冷やかしても、一向に周囲はお前の方が悪いと思うに決まっているということに胡坐をかいているのである。

私が知る何人かの老人においてはそのことについて例外の方が少なかったというのが私の意見だ。つまりそれこそが老人というものの正体なのではないか、と最近思い始めているのである。そういうこつを習得した人というのは若くても既に老人なのである。

実はそういうことの能力に長けている人というのは少年でもいる。あるいはそれほどではなくても誰でも多少はそういう術を心得ている。

逆にそういうことがなかなか巧くなれない老人(いつまでたっても損を率先して背負い込むようなタイプの老人)というのも時々いる。そういうタイプも私が知り合った人の中にはいた。しかも青年が読んで感動する本の中では中年以降になって読み返してみるとあまり感動出来なくなるものも多いというのは誰しも経験があるだろうが、そういう老人は未だにその手の本をバイブルにしているのである。それはそれではっきり言ってむかつく。

両方とも始末が悪い。

例えば苦労をした人というのは何を言ってもいいというものではない。自分の苦労を鼻にかけるというのは精神的忍耐力が欠如している証拠であり、それ自体老いの兆候である。しかし然程の労苦を経験してきているのではないのに、相手がかなり苦労しているのに違いないとか、不幸であるのに違いないと思わせるだけの態度を巧妙に採る老人というのは、概してそれに甘えて結構平気で酷いことを他人に言ったりしながら且つ憎まれないように思わせ、そこに気に入らないタイプの自分より若い人に対して付け込む。「あの人なんだから大目に見てあげるのが当然ではないか」と外堀から思わせるように仕向けるのだ。

しかしよく考えるとそんな特権を持った人間などこの世界に一人としていない。それは自分だけを特別扱いするれっきとした差別行為である。しかもこの手の老人とはなかなか一見優しそうである。しかし彼の内部では他人の細々とした日常の行為(しかも失敗)だけが関心事なのである。それを本人にだけ気づかれ、周囲の人には気にならない程度に揶揄するのだ。これを精神的に極めて巧妙ないじめと言わずして何と言おう。

これが実は極めて巧妙な老人の老獪さなのである。そういうことに長けている若者もいる。境遇が不幸であるとか、精神的に弱点があるとか、色々な条件を幸福そうな人にそれとなく提示して憐憫の情を買うのに長けた青年、薄幸な中年女性、そういうのはわんさかいる。しかしこれを無意識に発動して且つかなり巧くいっているタイプの人間がいるとすれば、このタイプの青年や中年は既にかなり年季の入った老人である。意識的にする方がまだしも若さがあるというものだ。それは端的に身についていないからである。

そんなこと一々意識しなくてもさり気なく出来てしまうというところに真に若い世代にはかなわない老獪さが潜んでいるのである。

そういう老人を見かけたら、ひょっとしたら軽い認知症であるかとか初期アルツハイマー病であるのではないかと当たりをつけた方がいい場合もある。相手にしなければそれでいいのなら問題はない。そうではない場合には精神科や神経科に連れて行った方がいい場合もかなりある。

この世の中で一番始末の悪いものとは自分が老いていることに気づかないということ、自分が老獪であることに平然としているということ、自分が軽い認知症になっていることに対して気づいていないということなのである。それはただ相手を気遣っていても片付かない場合があるのである。

 どうか自分がいじめた相手が懐かしくなって思い出して手紙など出さないで貰いたい。こちらから連絡しないということは、こちらからは会いたくはないということに他ならないのだから、もうこちらのことも干渉してくれないで欲しい。老人というのは自分の両親に対してではないのだ。他人に対しての定義なのである。あなたはもう自分の家族以外にとっては立派な老人であるということをどうかきちんと認識して欲しい。それだけがせめて老いを知らずに自らに引き寄せることを少しでも防止する最良の手立てである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月20日 (土)

誰に向けて書くのか(作るのか)・生きるとは何か/アートの技法・リズムの取り方

6月20日夕方

大分前にあるインタビュー番組にエリック・クラプトンが出演した時、日本人の民放のアナウンサーがごく控えめに「ステージで演奏される時どなたかのことを思って演奏なさるんですか?」と質問すると、エリックはアナウンサーの緊張した態度に対して気を遣って「そんなに悪い質問ではないよ」と言って気さくに「そういうことっていうのはあるよ」と返答していたのが印象的だった。

 彼は二度結婚して、今の夫人とは仲睦まじいらしい。しかしその間に彼の人生にとって重要な恋愛と同棲を経験している。ある女性との間の息子の命は幼くして高層ビルから転落事故で失っている。そのことを唄った曲が「ティアーズ・イン・ヘヴン」である。

 太宰治は結婚する前に妻となる美知子に対して「小説家はいつも一人のために小説を書いているんです」とドラマでは告白していたが、それはあくまで美知子を妻にしたいと思い説得したいがためにそう言っていただけなのかも知れない。しかし意外とそういう意識で書いていたのかも知れないし、そう思わせているだけで特定の人に向けてというのは嘘だったのかも知れない。

 ピカソはある時期明らかに三人の女性を掛け持ちで愛していた。一人は妻オルガ、後の二人は愛人であるマリー・テレーズとドラ・マールである。この二人は「ゲルニカ」の前で壮烈な痴話喧嘩をしたとも言われている。この時期パブロは確かに全く違う作風で三人の肖像をそれぞれ描いている。

 哲学者は一体どのように考えて文を書いているのだろうか?例えば中島義道氏は明らかに自分のために文を書いているように振舞っているが、太宰が述べたような意味では特定の一人に向けて書いているようには少なくとも私には思えない。やはり彼の哲学的感性に対する共感者に対して書いているように思える。

 アーティスト(プリント・クラフト・フォト)で作家の池田満寿夫氏は少なくとも幾つかの文章は明らかにその都度のパートナーに向けて書かれていた。私は氏と二度お会いしたことがあるが、それぞれその時には異なったパートナーの方と生活を共にされていた。

 

 私は友人へ向けて文章を書くことがあるが、Kに向けて書いたり、Mに向けて書いたり、Tに向けて書いたりする。このブログでもその時々で彼らに向けても書いている。

 あるいは別れたHに向けて書いていることもある。

去年だったか、ジャズ・ピアニストでシンセサイザー・キーボード・コンポーザー・プレイヤーの上原ひろみのコンサートに行った時のことである。

この巨大な会場でもしテロリストが爆薬を仕掛けて、それが吹っ飛んだら、会場にそれまで傾聴していた聴衆は即座に我先にと会場を後にしようとするだろうが、もし少し離れた発火地点に自分の愛する人間が座っていたなら、誰しもまず自分の愛する者の命を助けようと駆けつけようとするだろう。

このことを友人のMに告げてあなたならどうすると質問したらMは「でも理想から言えばその場に居合わせた他人も助けるべきだろうな。」と私にそう返答した。

この時私は直観的にこの人は哲学的ではないなと思った。

私が考える哲学とはまず自分の愛する人を救いたいという気持ちを持つそのこと自体、そして他の誰であれ他人なら優先出来はしないということを、一体それはどうして成立するんだろうと真剣に考えることから始まる。しかし一旦それを考え始めたら私自身の主観を一般化する必要がある。と言うよりそういう必要性に迫られる。

しかしそれはある意味では小説家も、ミュージシャンも、アーティストも同じではないのか?最初からパブリックな意見を重んじるタイプの人というのは、本質的にはそれが本意であるのなら、このいずれのタイプでもないように私には思われた。

しかしMは実はアーティストである。しかし同時に無神論者である私と違って、氏は宗教倫理的な方で、霊魂の存在を信じておられるのだ。私はそのことをKに告げたら、そのことに関して私と同じ返答をした。愛する者だけを救おうとするだろう、と。

私もKもホッブスを愛する。

ここに四つのスタンスの取り方がある。

     誰を愛していようと、いかように纏めても特定の人のために書く(作る)

     誰か特定の人を愛していて、いかように纏めて特定の人のために書く(作る)

     誰か特定の人を愛していて、いかように纏めても人類一般のために書く(作る)

     誰を愛していようと、いかように纏めても人類一般のために書く(作る)

 この特定の人が愛している人と重なる場合もあれば、異なる場合もあるだろう。

 私はこの中では①に近く、Kは②に近く、Mは③に近い。

 人間は一人で生まれてきて、一人で死ぬ。

 生きるということは自分より先に死ぬ他者が犠牲になることによって自分が生きる余地を与えられるということであり、そのことに感謝してもしなくても、いつか自分も誰かのために犠牲になって死んでいくということを覚悟することである。

 少なくとも私にとっては。

 私にとって作品とはそのことの中にたまたま存在する。 

 日本の画商(アートディーラー)たちは短期間に売れる絵を大量に描けるアーティストしか通常相手にしない。勿論一切マーケットで知名度のないアーティストの中にも将来価値が出てくる人もいるのだろうが、そのような不確実な想定の下に海の者とも山の者ともつかないクリエーターを相手にするほどお人好しではない(だからこそ中にはギャンブル的に無名のクリエーターを扱って大成功している人もいるが、それはそれより膨大に多い失敗例の中の氷山の一角である)。

 因みに私の最もリスペクトする(本当はこういう言い方を私は好まないのだが、最近こういう言い方が普通となっているので敢えて使ってみた)アーティストであるオランダ人のピエト・モンドリアンは生涯に一度だけ晩年に展覧会を開いた。つまり彼は本当に力を入れた作品をしか公に発表することをしたくはなかったのである。しかも彼の作品の完成度とかアート史上の価値ということを考える時晩年になればなるほど優れた作品である。

 これは方針とか短期的目標とか以前に真理・理念を重んじる伝統のあるヨーロッパにのみ成立し得たことではなかっただろうか。

 このモンドリアンの作品はただ平板に塗り込めたマチエールの結果的には見た目はかなりデザイン的なスタイルの作品なのであるが、いざこの作品の贋作を描こうとするとかなり大変であることが理解される。寧ろ陰影的描写の多いレンブラントなどの方が贋作を作りやすいと一般的には言われている。モンドリアンのように単純な画面構成は、一見単純のように見えるが、そこに至るまでのプロセスはかなり複雑であったからこそ、容易に模写することが困難なのである。

 ドラムを演奏する人にとって最も困難なテクニックとは両手両足を同じリズム(ビートと言ってもよい)で叩くことである。これは角田ヒロ氏も述べておられたが、ずっと同じ刻みのリズムを四肢全部で行うと極度の疲労感が訪れ、次第に必ず少しずつずれていく。 それは歩行する際の私たちの筋肉の動かし方を想像すれば容易に理解出来ることであろう。

 一見連打するトレモロとかローリングといったテクニックが難しいそうに素人には思える。しかし多くのプロのドラマーや打楽器奏者(パーカッショニスト)がそういうテクニックを身につけているということは、本当はそういう叩き方が一番しやすいということを意味している。つまり慣れは一見難しいそうなものを簡単にし、逆に一見易しそうなものを難解にする。ドラミングに関する困難さとモンドリアンの絵画の贋作を作ることの困難さとはよく似ている。

 

 これは哲学の真理にも言えることなのではないか?つまりかなり難解そうな真理の方が一旦会得するとさほど難しくなく、逆に一見容易に思える問いとか命題の方がいざ真剣に考えてみると、かなり難しいということが理解出来る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

真理‐理念と方針‐短期的目標

 6月20日

 日本人にとってのアキレス腱とは、抽象的真理への言及であり、逆に好まれるのが具体的、実際的な目先の目標である。

 その証拠にどんなに真実を突いたことであっても直接的に理念的なことを言われるとうろたえてしまうのが日本人である。「神の国」「美しい国」「友愛」といった語彙は日本人には民族的察知能力というレヴェルから言えば説得力を持たない。(私の親しい知人であるあるメディア界の大物は「神の国」ということは事実だから皆、嫌悪感を抱いたのだと言っていた)事実それが実現されたか否かはともかく「~をぶっ壊す」というフレーズはそれと並走していた「日本を諦めない」よりは遥かによく日本人にはアピールした。それはその言葉の示すところが短期的目標の標語だからである。理念よりも実際的行動を示す言葉に日本人は酔いしれる。

 アメリカではそれはある意味では逆であろう。かつてのケネディー大統領であれ、今のオバマ大統領の演説であれ真理的内容の演説が説得力を持つ(彼らはまず大統領になる過程で宣誓式で聖書に誓うのだし、神による祝福を(ゴッドブレスユー)と皆そう言う。寧ろ無神論的立場が伝統的に根付いているのは英国だろう。英国はダーウィンの母国であるし、マルクスもエンゲルスもロンドンでテクストを書いたのだ)。彼らによる国民にアピールした演説内容を日本の政治家が真似たとしても果たして国民に説得力を持つかどうか怪しいものである。

 日本は大衆芸能の世界ではR系もL系も昔から一緒くたの寄り合い所帯だった。大手芸能プロダクションはR系、新劇主催者たちは皆L系である、というように。しかし日本の場合興味深いことには政界にも当て嵌まる。尤もそれはアメリカでも同じような事情が恐らくあるのだろうが、アメリカではL系は表立っては活動出来ない。かつてはそういう党もあったのだが、今は影を潜めている。

 日本の明治期以降の歴史において気骨のある人材を生み出したのは実業界の方だったというのが大方の社会人の見る見方ではないだろうか?何故なら日本人にとって最大の魅力を感じる偉人である坂本龍馬が実業家の走りであったからである。

 それ以後も様々な人々が登場する。岩崎弥太郎、渋沢栄一、益田孝(鈍翁)、小林一三、後藤慶太、石橋正二郎、堤泰次郎、松下幸之助、井深大、盛田昭夫etc

 この中にはアートに造詣の深い人たちも多い。

 それは日本人が政治には夢が抱けなかった、あるいは持ちたくても持てなかったということを意味している。寧ろ成功したかどうかは別にして実業界で成功した人の中の一握りだけが貴族以外で政治の世界に踏み入れることが出来たといった方がよかったかも知れない。

 日本では圧倒的に官僚出身の政治家の方が成功している。また実業界ではモノ作りの人よりは政治家出身、あるいは官僚政治家出身の人の方が歴史的にはメディア界では成功している。(例えば原敬、正力松太郎)メディア界もR系とL系が魑魅魍魎的に入り組んでいる。松下幸之助は確かに政経塾を開設したが、自身がプロの政治家になることはなかった。

 このことはどこかで日本人にとって抽象的真理が説得力を持たないということと繋がっているように私には思えるのである。理念という言葉や真理命題といった言葉よりもこの国では特に政治の世界や経済の世界では方針とか短期的目標といった言葉の方が耳障りはいい。この世界経済不況においてもそれは変わりない。本当はもっと私たちの精神構造的な面から考えなければ何故経済不況を招いたかということが理解出来ないのに(サブプライムローンが元凶であることは承知であっても、やはりそれだけではないだろう)いかに不況を乗り切るかという短期的目標だけに終始している感がある。

 今政界では一部政治世襲政治制限の話も出ているが、今一つ盛り上がらないということがそれをよく象徴している。要するに日本人は政治に夢を見ることが出来ないのである。と言うより実際的、短期具体的なことしか念頭に入れられないのである。

 それは「どうせ死んでしまう」と言って明るいニヒリズムで売っている哲学者にしても同じである。日本人のそういう心理に巧みにつけ込んでいるのである(その手腕は私も肖りたい)。

 さて今後の日本社会はどうなっていくかということは実質的他者に対する私たちの思念に他ならない。ある人は私に人間が時代を作るのではなく、時代が人間を作るのだというようなことを言っていたが、それを言うなら確かに孔子も仏陀もイエス・キリストも時代が生んだといってよい面がある。ソクラテスやプラトン、デカルト、カントもそうである。

 私自身の思考も時代という人間の脳が作る幻想に従っているのではないだろうか?つまり「誰しもがそう思うのではないか」と予め「構え」を作ってしまうこと自体が一つの脳内の幻想であるなら、それこそが時代の根幹をなす精神であるとは言えないだろうか?

 実質的他者とはとりもなおさず時代を読もうとする私自身のことなのである。

 付記

 私は何も具体的・実際的標語の方を信じる傾向が強いという日本人を短所とばかり理解しているわけではない。そのことについてはおいおい示していきたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月19日 (金)

魅力論

 6月19日夜

毎年四月になるとテレビ番組の配置換えがあって、それまで親しんできたアナウンサーの中の一部は依然中心的番組に居残るが、そうではなく配置換えであまり多くの人々の目に触れられなくなることも多い。あの人魅力があったのに今はどうしているだろうと見かけなくなったことを残念に思うこともある。それは人気というバロメータがあるから仕方がないが、私は多くの人々に人気があるアナウンサーやタレントにはある共通性があると思っている。それは端的にほどよいエロティシズムではないかと考えている。

 あまり杓子定規では面白みが欠けるが、かといってあまりどぎつ過ぎると食傷気味になってしまう。つまり一定程度そこまでなら許される範囲内ぎりぎりで出来る限り逸脱している適度に不良度を醸しているということこそが一般社会でなら上司からも部下からも人望があり、テレビその他のメディアでは視聴率を取れるということなのだろう。つまり自分で出来ることならそういうメディアに登場して好きなことを言いたいという願望を持っている人は大勢いるが、人気を取るタレントやアナウンサーたちには適度に自分では果たせない魅力を感じることが出来て、それを代理感情的に自分の願望を代行してくれるというところに溜飲を下げながら彼等を見て応援しているのである。

 日頃から懇意にしているギャラリーに今日は出向いた。そこで久しぶりにプロアーティストの絵画作品を鑑賞してきたのだが、古沢岩美という著名なアーティスト(数年前に九十代まで生きて亡くなった)による花を描いた静物画を見たが、その作品の花の名前は知らなかったが、花瓶の描き方が秀逸だった。こういうタイプの絵の場合意外と花器に対する描写一つで絵を台無しにも活かしもするということを一度でもプロを目指した人なら知っているだろう。ここぞというところで上手く切り抜けている作品は見ていて溜飲を下げることが出来る。要するに安心して鑑賞することが出来るということである。それは名人の落語や講談を聞くのと同じである。名演奏家の演奏を聞くのと同じである。

 

 哲学とか言語学ではそういう角度から論考したものが意外と少ない。吉本隆明くらいがそういうことを試みたと言っていいかも知れない。何故なのだろう。

 それは恐らく贔屓感情にしてもそうなのだが、それは認知レヴェルではなく感受レヴェル、感得レヴェルなので、数式化することも、概念化することも困難であるからなのだろう。そのことに対する一つの提言として脳科学におけるクオリアという概念は説得力があると思う。この語彙は心理学とか哲学でも使用する。

 全てのアートには反逆的なトライアルがある。しかしそのトライアルが自分の領分とか自分が贔屓にしているということを公言し難いものよりは、堂々と好きだと公言しやすいレヴェルのものの方がより大衆レヴェルの人気を獲得するのだろう。それが権威とか公権力からも容認される範囲内の魅力と言える。

 しかしそういう無難な魅力ばかりではなく、例えばスープとかご飯的な位置づけのものばかりではなくコカコーラ的なもの、ジンジャーエール的、ビール的、シガレット的なものにも私たちは魅力を求める。そういう魅力はある程度親しくなった間柄でのみ告白し合えるというわけだ。

 哲学者では比較的そういうことに敏感であったのはニーチェだったと言える。「悲劇の誕生」においてアポロンに対してディオニソスというものの存在理由を叙述したからだ。しかしある意味ではジョン・ロックやデヴィッド・ヒュームといった人たちも実はそういうことをも含めて考えていたのかも知れない。

 

 私たちには権威随順的保守的な正義や正論を憚りなく主張する部分と、そうではなくアンチヒーロー志向的反逆的エロス‐タナトス的嗜好性が共存している。そしてその二つが全く一致するような稀なケースも時にはあるだろう。そういうものこそ真の自分にとってのヒーローである。それは仕方なく賛意を示すようなものではないからだ。

 しかしそういうものに対してはある時期が過ぎても最初に抱いた感情を持続することは難しい。それは最初は愛し合っていた夫婦にも言えることだ。

 私は最近ある程度惹かれるが、最初は警戒心を持ってしまう部分も多少あるものの方が長く付き合えるものではないかとさえ思えだした。

 多くの人は言っているように、凄く好きで惹かれるものに次いで(そういう運命的な出会いは人生においてはごく稀である)意外と長く付き合えるものとは、嫌いで仕方がないのに何故か気になるものであることの方が多く、それなりに好きであるとか、好きでも嫌いでもないものが一番忘却リストに入ってしまうのではないだろうか?

 勿論好きでも嫌いでもないのに段々惹かれていくものもあるだろう。しかし意外と本当は好きであるのに、それを好きであってはいけないのだという自主規制を持ってしまうものの方に、長く付き合うことになる運命のものが多いのではないだろうか?

 このことに関しては今後も多く触れていくことにするが、魅力とは惹かれるものと同時に反発を感じるものも意外と多く含むということをまず言っておきたいのである。

 マスコミやマスメディアに頻繁に登場するものはほどよいエロティチシズムが理想であろうが、自分にとってのとっておきは、意外ともっと一般的には害毒のように感じられる要素を持っているものの方がそのものを贔屓にすること自体にある特権意識を持てるとも言える。全てのオタクにはそういう心理がある。オタクとかマニアといった心理には多分に排他的、差別的なところもある。つまりカルト的魅力だからこそ惹かれるし、そうする価値があるというわけだ。

 初期の北野武映画にはそういうところがあったし、まだ駆け出しの頃の千代の富士にもそういうところがあった。

 魅力とはそれを魅力と感じる主体の変化とか、日常的な社会一般に対する不満とか、自己能力に対する限界に対する認知とかそういうこと一切が関係してくるので、意外と論理的に分析することが困難な命題である。何故なら自分ではヒーロー志向として惹かれているつもりでも意外とアンチヒーロー志向的に応援している場合もあれば、逆にアンチヒーロー的な偶像であると自分で思っていながらその実かなり体制的に順応した感性でそれが好きだと言っている場合もあるからである。皆が一番嫌いだと言っている部分が一番実は自分では惹かれるというところもあれば、皆が好きだと言っている部分が一番実は自分では嫌いだというところもあるからである。

 私の中には魅力の中にある魔力性とか中毒性、あるいは制度加担的<よいしょ>性といったものが混合されているのではないかという予感があるのである。

 「自分の気持ちに素直になれよ」という言葉を忌み嫌っていると言った哲学者もいたが、素直になるということで意味があるのは自分に対してのみであって、他人に対してではない。実は何に惹かれるかよく分からないという時、それに対して惹かれてはいけないという親アヴェレージ的な権威制度随順的原音楽(私は勝手にそう呼んでいる)を優先させてしまって、それに対して、原羞恥レヴェルではエロス‐タナトス競合的に理性では反発してしまうのに気になるということが意外と多いのであり、人間がある規制をとっ外して拘りを持たないようでいようと思う時にはいつまでたっても思春期的心理から抜け出せないということを示している。

 それは人間の幼形成熟(ネオテニー)的な部分の顕著な例ではないだろうか?

 つまり自分の感性で受け入れられるということの内にはある程度訓練的なことも手伝っているのであり、いきなりプールに飛び込むことが危険であるように、段階論的な受容ということがあるのだろう。私も幼少期いきなりキュビスムの絵画に惹かれるということはなかったと記憶している。それ以前にはやはりゴッホとかゴーギャンといった人たちがヒーロー視されていた気がする。

 しかしそういうのではなしに、いきなり雷鳴に撃たれるような衝撃もある。それによって見方の全てが変わってしまうような。しかし緩やかに私の中に侵食していくものもある。この二つはどう関係づけられるのだろうか?そのこともまた一つの大きな命題である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

羞恥‐責任倫理・贔屓‐アンチヒーロー志向

6月19日

私は前回、某元財財務大臣の朦朧会見における失態について述べたが、人間は合理的に社会や国家の不利益になったものに対して厳正に処罰すべきであるとか、それだけの損失を国家に蒙らせたのだから、政治家を辞任して当然であるとかの判断を統一的我においては持つ。しかしそれはある意味ではそう決断して示さなければけじめがつかないからなすピアプレッシャー的な部分もある一つの責任倫理からのものである。

しかし一方その責任倫理に対して贔屓心というものは別にあって厳正に処罰すべき対象にさえ同情するところもある。私は何も某大臣が贔屓で言っているのではない。秋葉原の通り魔殺人犯でもよい。事実彼らにも両親はいるし、親戚もいるだろう。そう考える一方の声があることだけは無視出来ない。

どちらが理性論的判断であるかは難しいが前回私は前者を理性的判断としたが、それはあくまで最後に述べた集団の合意があるかの如く多くの成員が感知してそれにつき従うということからなのである。その誤ったケースが菅谷さんのケースである。

そして重要なことは、統一者の「示しがつかないからなす判断」とはある部分では極めて集団に合意が必ずある筈だと思うことに近い。

しかしそれはただ単に幻想である場合もある。早く例の事件を解決させたいと願う心理がある冤罪の人を犯人に仕立て上げてしまうこともある。

確かに同情はその同情すべき当の人物が完全に善であると信じている場合を除いたら必ずしも理性的判断とは言えないことの方が多いかも知れない。と言うのも人間には悪に惹かれていく部分もあるからだ。これを取り敢えずアンチヒーロー志向と名づけておこう。しかしこういった悪事や悪党にも魅力を感じる部分は出来るならあまり親しくない人に対して悟られたくはない、あるいは知られたくはないということがある。だからこそ逆に統一者はそれを知っていて、厳正に判断しようとする。つまり贔屓というものが極めて主観的なことに起因していて、そのことをよく統一者は知っているからである。(だから誰かと親しくなるということは、其の悪に惹かれる部分を告白し合えるということである。)

 別に相撲やKワンでヒール的役割に対して入れ込んでいてもそれは通常攻められない。しかしそれが政治家とか犯罪者になると様相を一変させる。そして「そう言ったらまずいんじゃなかいか」と思わせるのにかなり大きな役割を買っているのがマスメディア、マスコミである。

実はマスコミも「それがあたかも正義・正論のようなことを公言している」ということを薄々知っている。それが多くの国民の真意とずれていることも多い。しかし例の菅谷さんのケースではマスコミの力がよく発揮した面もあったことは確かだし、別にその場合じゃなくてもお涙頂戴的なところも時には効を奏すことはある。

 また私たちは正論を愛する。それが正しいということを知っていて、それは間違ってはいないと言って憚らない。しかし一方その正論がいかにつまらなくて魅力のないものであるかということをも重々知っているのである。正論とは往々にして退屈なのである。

 かつてジャック・ケルアック(「オン・ザ・ロード」)らによってビートニックジェネレーションが席捲し、やがてアレン・ギンズバーグが出てきて、映画ではマーロン・ブランドやジェームス・ディーンが出て、ビートルズ、ボブ・ディラン、ローリングストーンズが次々と出現した背景にもアンチヒーロー志向が人間に渦巻いているということがあったと思う。つまり時代的な変革ということになるとアンチヒーロー志向が発揮されることがあるということだ。

 しかしここで一番問題にしたいのは、統一者が決然とした態度を採る時、それは一個の人間の中でも集団の中の個人であっても意外と羞恥感情がそうさせているということもあるのだ、ということを忘れてはならないということである。菅谷さんのDNAが一致したことを告げた警察関係者のヴィデオはそれを物語っている。逸る義務感情が誤った判断にも連れ込ませることも多いのだ。

 つまり責任倫理的合理的判断は羞恥の隠蔽が、そして内部の贔屓感情はアンチヒーロー志向(正義の味方に対する懐疑)が作っているということも強ち間違った見方ではないでのではないか?

 そして前者は往々にして保守的判断に終始しがち(親アヴェレージ的)で、後者はいい意味でも悪い意味でも自己破壊的(エロス‐タナトス競合的)であるし、そう振舞うことが多いのではないだろうか?勿論どちらにも功罪はあるが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月18日 (木)

一つの結論:実質的他者

一つ前の「死と他者」で私は「一体何が生にとって死や死者以外の実質的他者であり、生きているということはどういう意味を持つのか?」と問い掛けた。その答えを考えてみると、更にそれより二つ前の「友情・本音・性格的自己同一性」で私は「全くもって不統一なまでの様相を敢えて一つに纏めようとすることそのものが何らかの言語行為である」と言い、更に「人間にとって友情とはその数だけ異なった本音が私たちの中にトグロ巻いていることを知っている私たちによる独自の矛盾解消法である」とも言い、更に「私は恐らく内的な幾つも矛盾し合う本音を悟られたくはないために、敢えて外部から半ば強制的に纏わされる「自己同一性」を鎧のように身につけて生活しているのである。そうしながらもいつの間にか私たちは友人に対して相手と自分の対話がどこかしら異なった楽器同士の合奏のようにも思えてくる」と述べた。

このことから考えてみると、どうも私たちは鎧のように身につけている自己同一性からの解放を意図して他者と楽器演奏をするということになる。対話=楽器演奏が成立するということは、端的に自己の中に自己を外部から望まれるように固定化しようとする我と、そこから離脱して変容してゆこうとする我があるということになる。何故ならもし固定化されたままでよいのなら一切の意思疎通的対話は必要とされないだろうからである。

しかし問題なのは自己の中に自己自身を統一しようとする我(そのことを言語脳であるとして玄侑宗久氏<僧侶・作家>は町内会長と表現している/「あの世この世」<瀬戸内寂聴氏共著の対談>)が存在するが、それ以外に確かにその意志決定そのもの以外の様々な欲求(それを玄侑氏は町内会の人たちと表現している)、つまり人格的意志決定に逆らい得る意志が確かにある。

例えば朦朧会見をした某元財務大臣に対して、それは職務上許されないと考え辞任だけではなく政治家も辞めるべきだという理性(統一者)と、そうは言うがあの時は会見をキャンセルしようと画策しなかった側近にも責任があるし、本人のパーソナリティが自分は嫌いなわけではない、あの人は親父の政治家も結構粋な人だった、そういう遺伝子を息子も継いでいるんだろう、というように考える欲求もあるかも知れない。

つまりここで他者とは一体誰なのだろう?それは統一しようとする我にとっては各欲求が他者である。しかし各欲求にとっては自分以外の全ての欲求と統一者としての我である。様々な異なったタイプの友人と同時に交際するのは各欲求にその時々応じてであるが、其の友情維持全体に対して何らかの意味づけや定義をしようとするのは統一者的我である。

しかし統一者にとって本質的な他者はやはり外部世界であり、その外部世界を構成する全ての私以外の他者である。要するに彼は何とか自分の管轄するドメインの全ての欲求の意見を少しでも対外部的に実現させたいと願うからだ。

しかし同時に各自己外の他者成員個人にとっても私をも含めた全ての彼にとっての他者であるとなると、その成員と私が対話する時、私とその成員を除いた全ての他者が実質的他者であるが、一人一人の成員にとってもそれは全て成立するから、必然的に一人の成員にとっての本質的他者とはとりもなおさず、一人一人の個性とか性格を全く削ぎ落とされた集団全体の合意ということになる。これが端的にデモクラシーであれ、封建社会であれ、階層固定化社会であれ、全ての社会の約束事の最たるものである。

そして恐らく統一者的我にとっての各欲求的我にとっても、私と私の各友人にとってもこれこそが最大の実質的他者であるということになる。しかしそんなものがある、いや価値的に大事であると考える我とそれは同一のものなのではないか?そういう考えも浮かんでくる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月17日 (水)

死と他者

6月17日

 私の父は十八年前に六十六歳で、肝臓癌のために亡くなったが、その当時やはり私は人並みに肉親の死に辛いという感情を抱いたものだったが、不思議と時間がたつ内に、生きていた当時は自分にとって最も大切な存在であったのにもかかわらず、死んでしまえば現在生きていて、共に語り合える友人以上の存在では少しずつなくなっていったということが事実である。母は今年七十八歳で健在であるが、そちらの方の健康とかそういうことの方がずっと気がかりである。

 死者の特権とは二度と死なないことだ、とジャン・リュック・ゴダールの、確か「中国女」だったか、彼の映画でナレーションが入るが、死者は生者にとって絶対的他者であるが故人間の世界では極めて抽象的存在である。実際死とは人間にとって実はかなり抽象度の高い問題なのであり、その具体的に語れなさが死の最大の特徴であると言ってよいだろう。

 つまり私たちが語り得るのは常に有であり、その有とは私たちが知り得ること、少なくとも実在的にそれを確認し得て、そうであることを間違いないと思えることに限られる。そもそも知らないことというのは私たちにとって存在しないのと同じであり、想定とか予想とか想像というのは知っていることを材料になされる心的運動であるに過ぎない。

 つまり未来に関してもそうなのだが(そこら辺の考えは哲学者、中島義道氏の考えが正しいと思うが)未だ実現されていないことというのは、知られていない領域に関する認知も含め、私たちにとってそれを知った後で最初からそういうものがあるということは予想し得たと幾らでも言い得ることでしかなく、その時点では完全なる無である。

 明日世界経済がどうなるかもそうだし、明日誰が死ぬかということもそうである。つまり明日とは常にそう語れる時点では明らかに無である。しかしそれはやがて有になる。そしてそうなるに違いないとしてそうならなかったことは今まではなかった。(だからこれから先はそれはわからないのだが)しかし死はいつかはやってくることが分かっているのに死ぬ瞬間まで私たちにとって死は遠いことである。それだけ私たちにとって生は全能感に包まれているのだ。死は生者にとって抽象的事実でしかないのである。

だから最大の絶対無とは死であり、そのことに関して大勢の宗教家や哲学者、思想家、文学者が頭を捻ってあれこれ想像してきたのだが、それだけ人間の長い歴史において考えられてきたのに誰も明確に「死とは~だ」と誰にも納得し得るものとしては明確に語ることが出来ない。それは端的に私たちが常に死にゆく絶対的他者に対して傍観的立場にいるという事実に起因する。

 だから生前はどんなに自分にとって切実であった人でも一旦死んでしまえば、一挙に私にとって今最も疎遠な他者よりももっと他者になるのである。そして私にとってこの世で一番愛した人でも死ねば、私が最も忌み嫌う人よりも遠くに行ってしまう。そしてその存在は観念へと昇華されてしまう。死が抽象的であるということは、私たちにとってのその愛する者が存在でなくなることを通した絶対的距離に起因する。しかも常に死は身近に存在する。つまり存在しないものとして生者の傍らに常に生を死に隣接したものとして、つまり死自体を生の一つの可能性として含有させている。そこに私たちが死を一つの不安を生じさせる事実として立ち上がっている。

 だから逆に生きているということは死自体を絶対的観念へと押しとどめておくという決意以外のものではない、ということになる。そうなのだ。死とは生にとって敵対するものなのである。だから死者を前にしてその死者が生前どんなに自分にとって大事な人であっても、その者が死んだ途端我々は自分自身にとって最も愛していない者をも死者と決別するために自分の側に引き入れる。これは全ての死に直面した生者の採る態度である。

 だから朝ニュースをテレビの画面で見る時アナウンサーたちが「今日も一日お元気で」と言う時、明らかに生者は「自分は確かに生きているんだ、死んではいないんだ」と確信する。そしてある日私たちは全てこの生者同士の儀礼性から排除されるのである、突然に。

 しかしある意味ではそれはそれで潔いことかも知れない。死んでまで生きている人たちにああだこうだ言われたくはない。そうである、死ぬということは全ての存在からの干渉を回避し得るということに他ならない。

 そう考えれば生きている内に干渉されないことに慣れていくこと、あるいは干渉されるような状況を出来得る限り避けること、あるいは干渉されたらその時に巧く干渉をかわすことを覚えておく必要があるかも知れない。だからよく誰からも相手にされない人は気の毒だと言う人がいるが、私はそうは思わない。そのように生きているのに死んだ者のように扱われるということはあるいはそんなに悪いことではないのかも知れない。あまり他者の存在から自分の存在へのエールをあてにしなければ、死とは生の中にいつでも紛れ込まされているとも言えるのではないか?

 では一体何が生にとって死や死者以外の実質的他者であり、生きているということはどういう意味を持つのか?意味を求めることに意味がないことなのか?

 私は恐らく死ぬまでそんなことばかりを考え続けるのだろう。そう思うと全ての生者である他者もまた死者同様、観念的、抽象的他者になっていく感じがする。

 あなたもそんなことを考えて一日過ごすことがないですか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

音楽・日本・民族

 三木たかし氏が亡くなったということで、NHKが特集番組を組んでいたので、私は歌謡番組を普段見ないのだが、珍しく見た。と言うのも最初に流された曲が、石川さゆりが唄う「津軽海峡冬景色」だったからである。この曲は確かに阿久悠氏の作詞も素晴らしい。  

その後その番組に荒木とよひさ氏も出演され、テレサ・テンのために書いた曲についてその作詞作曲方法についていろいろ語っていた。要するに荒木氏の言うところによると、既に三木氏は詩情が作曲に溢れていて、それをただ言葉に代筆するのが自分の役割だったということである。

 さて日本の音楽は明治期以降がらりと様相を変える。それは文学にしても医学にしても同様だったのだが、少なくともそれ以前から様々な形で明治期の医学や文学の前哨戦のような役割の人はいた。音楽の場合に大きかったこととは、哲学や心理学という学問自体がそういう言葉を作った津和野の西周によるところが大きかったような意味で、西洋の楽理が移入された、要するにクラシック教育が始まったということだろう。

 だから鹿鳴館時代を通過し、よりブルジョワにクラシックが定着していった過程において逆に追分とか長唄とか地唄のようなタイプの日本の土着の音楽を取り戻そうとしたという意味では歌謡曲に軍配が上がるだろう。

 戦後の日本歌謡はしかしある意味ではジャズ、シャンソン、キューバ音楽、ロックンロール、フォークといった音楽がそれぞれの時期に移入されたことに伴った世代間と異なったルーツ間の競合時代だったと言えるだろう。日劇ミュージック・ホールとかコマ劇場などといった劇場が大いなる役割を果たした。

その意味ではJポップに関しても全く同じ事情がある。現代のJポップにおいても尚ロックンロール、フォーク、ゴスペル、ブルース、リズム&ブルース、レゲエといった様々な異なったルーツの音楽による異なった影響下のミュージシャンたちによる競合である。

 昨今三木氏の他にも遠藤実氏、石本美由起氏といった大御所が相次いで亡くなったが、クラシックの教育から輩出した三善晃氏、高橋悠治、アキ両氏などだけが音楽家なのではない。そして本来クラシックの内部でさえ前衛音楽、つまり現代音楽と19世紀以前の音楽を中心とする派が対立している図式が未だに一部では続行しているが、其れはおかしいし、第一全ての音楽の様式は、これはアートでも全く同じであるが、対立するような性質のものとして存在しているのではない。共存し、ある時には協力し合ったり、結束したりするべきものである。少なくともヨーロッパにおいて格別クラシックだけが高尚な音楽であるという意識は希薄であると言っていいだろう。

 ある意味では歌詞の内容において一番江戸期以前の音楽を踏襲しているのが演歌スタイルのものである。だから歌謡曲の作詞家はそれらと、明治以降のある種のバタ臭さ、つまり明治期以降の都市空間的ニュアンスのロマンスを唄った曲を作曲する必要性があっただろう。洋風な生活を唄ったものと、地方にはまだ残る江戸期以前的文物や風物を唄ったものとを両方をそれぞれ異なったタイプの大衆のために満たす必要があったというわけだ。あるいは猟師の人たちや海産物を扱う物流関係の人たちの生活心情を唄ったものが別個に必要とされてきたというわけだ。

 それは例えば文学においても同様のものがある。例えば森鴎外も、夏目漱石もヨーロッパ体験の辛辣なトラウマが「舞姫」や「倫敦塔」といった作品に投影されているが、江戸期を代表する作家であった井原西鶴においてはより日本人の情感とか情念、もっと言えば妖艶さを追求したものである。つまり鴎外たちによるトラウマとは西鶴流の情念を一回打ち捨てたということに起因しているのである。そしてその打ち捨てたものとは落語の古典の世界にも通じるものである。そういったものを復活させようとか、そういう系譜を意識したタイプの作家たちも当然いつの時代にもいたというわけである。富岡多恵子氏などはその系譜に当たる人である。氏は河内漫才をルーツとした世界の創造者である。

 だから古典落語を鑑賞する時我々はそれが江戸期において断ち切れになっていった文物や風俗を前提にしてある固有の「構え」を作っておく必要がある。更に市川房江氏によって戦後売春禁止法が施行されたから遊郭自体も消滅したので、落語を研究するとしたら、それが未だあった時代の常識を知る必要もある。

 だから先日やはり亡くなったRCサクセションの忌野清志郎氏なども本質的にはロックンロールと歌謡の融合したものと捉えた方がより正確だろう。例えば井上陽水氏との競作である「帰れない二人」などは完全にそういう性格が強い。(作詞作曲共に二人による共作)

 江戸期の情念を象徴した事件として八百屋お七が有名であるが、お七は本郷追分の八百屋、太郎兵衛の娘だったのだが、天和二年(1682)12月の大火において駒込の正仙寺(一説に円乗寺)に遭難したが、寺小姓の生田庄之助(一説に左兵衛)と情を通じ、恋慕を諦めきれず、再び彼と会いたくて放火をしたのだ。鈴が森の刑場で火炙りにされたのだが、西鶴がこのリアルストーリーを脚色して「好色五人女」等で演目として評判を呼ぶ。浄瑠璃や歌舞伎の演目にこのストーリーは小姓を吉三(吉三郎)として脚色されて広まるのだ。浄瑠璃「八百屋お七」(紀海音作)、「伊達娘恋緋鹿子」(菅専助ほか合作)、歌舞伎「お七歌祭文」といった作品がある。(広辞苑参考)

 このある種、解放的であった庶民のパワーは薩長がヒーローとなって明治政府を開設して以来、廃仏毀釈とか様々な措置によって次第に影に隠れたものとなっていくが、それが一気に個人の情念として噴出したものが例の阿部定事件(1936)<八百屋お七の事件より二百五十四年後>であろう。

 この事件は大島渚監督によって「愛のコリーダ」となって世界中で大きく評価された。チャタレー裁判、コリーダ裁判といったことさえ今となっては懐かしい。日本初の前張りなし本番撮影に臨んだのが、松田英子と藤竜也であった。この映画には監督夫人の小山明子も出演しているし、殿山泰司や、芹明香とか中島葵といった懐かしい女優も出演しているが、野坂昭如による作品を映画化した伝説的映画監督神代辰巳の代表作の一つである「四畳半襖の裏張」に大きく影響を受けていると言われている。

 戦後のジプシーローズといった存在を今リアルタイムで知っている方がいらっしゃったら、その方は八十代以上だろう。小向美奈子氏が再起を図って浅草ロック座に出演したことが大きく報じられたが、庶民というパワーはある意味ではこの国から葬り去られたことがなかったのだ。

 私自身はシェーンベルグもバルトークもジョン・ケージもカールハインツ・シュトックハウゼンもスティーヴ・ライヒも音楽だし関心があるが、憂歌団や宇多田ヒカルも絢香も、懐かしい存在としては尾崎豊、X‐Japanといった存在も音楽であれば、石川さゆりも都はるみも音楽であるとだけは言えるし、そこに何ら壁は存在しないと思う。

 私の好きな曲は ちあきなおみ が唄った吉田旺作詞、中村泰士作曲の「喝采」である。ところで坂本冬美が歌って、ジェロもカヴァーした「夜桜お七」は完全に 林あまり氏 の歌詞からして八百屋お七の亡霊に対するオマージュである。

 

  庶民という言葉の意味、大衆という言葉の意味とは何なのだろうか?私はそのことを真剣に考え始めている。

 実は極めて興味深いことには、誰も自分が庶民であるかとか大衆であるかと問われれば「そうではない」と思うということである。例えば私は自分のことを庶民であるとか大衆であるとか思ったことは一度もない。勿論だからと言って、自分のことを貴族であるとも支配者であるとも権力者であるとも思っていない。

 要するに庶民とか大衆という言葉はあくまでそれを語る時自分を除外して語っているということである。別に権力者や実力者ではなくても庶民とか大衆という言葉は使う。

 例えば先に出てきた坂本冬美氏はポップスやバラードのような音楽が好きだそうで、社会的役割として演歌歌手であるだけで、それはあくまで一つのロールプレイングなのであり、それ以外に本当の自分があると考えておられるのだろう。つまりそういう風に考えれば、あくまで「私のような庶民は」と枕詞のように誰か語る時もそれはあくまで社交辞令上での意識的な対自己アイデンティファイなのであり、本意ではないのだ。そこには巧妙な謙りと共に何らかの本意の隠蔽という心理が働いている。

 例えば全ての犯罪者たちは恐らく自分だけは世間一般で犯罪者として捕まった人とは違うと思っている。要するに何が犯罪者を犯罪者であると自覚させるかと言うと、それは端的に逮捕され、罪状を裁判所において判決を受けることによってである。だからたとえ悪いことをしていても、刑が確定するまでは自分だけは違うと、全ての犯罪者たちは自分以外の犯罪者を差別的に意識するだろう。

 例えば政治の基本は悪である。しかも人気のある政治家は押し並べて善のイメージを作ることの出来る悪である。そのことはマックス・ヴェーバーの考えを待つまでもない。

 我が国のある民放は常に野党贔屓であることは誰もが知っている。またどこかの省庁で辞任した大臣がそういう結果を得るには背後にどのような人物の圧力がかかったかということも大体皆知っている。

 しかし恐らく世界にとってもっと関心が注がれたこととはそんなことではなく、今回のイランの大統領選挙を巡る混乱であろう。何故ならそのことに対応した各国の首脳の態度によって未だに一向に冷戦など終わってなどいないということが判明したからである。

 要するにイランを巡る見事なまでの二分された態度は、私たちにとってある命題を連想させる。例えば金正雲氏が中国に歴訪して胡主席と会談したとか、金人民武力相(あんな面相の恐ろしい人も珍しい)がやはり歴訪したということが伝えられたが、かの国がいいということではないが、私たちはそもそも民主主義が一番正しいと思いがちであるが、今まで述べてきた音楽フィールド、あるいは文学にせよ、アートにせよ、映画や演劇にせよ民主主義で成立しているわけではない、それが好きな人は関心があるけれど、それに一切関心がなくったってどうということのない世界であるが、国だって同じではないのか、ということを。

 国で言えば、ブータンなどは民主主義国家ではないけれども、国民の笑顔から察するに不幸であるというわけではないだろう。職業、階層といった役割分担がはっきりしていて、それでいて国民は不平がないかのようにかつて取材された番組を見た時に私には見えた。(本当はあるのかも知れないが、それはあくまで西側先進国の人々が固有の悩みを抱えるのと同じレヴェルだろうと思う)そういう意味ではバチカン市国もそうであるし、チベットもそうである。勿論だからと言ってかつてある進化学者が王政を世界中で復古されるべきだというような意見を本で書いていたが、それが正しいとも思えない。

 しかし少なくとも民主主義だけが正しいということもある種一つの幻想でしかないものである。其れはクラシックだけが正統な音楽であると言うのに似ている。

 またある意味では全てのデモクラシーの国において必ずしも常に健全にデモクラシー自体が機能しているとも言えない。だからと言ってそれらが常に病理的であるとも言えない。デモクラシーの精神という意味で日本よりはアメリカの方がある部分では徹底しているが、それだからと言ってアメリカに問題がないとは言えないように。

 例えば日本では大宝律令以降、一切官僚システムは変わっていないと考えている学者もいるだろう。その横の連携プレーの巧みさ。それらがかつての防衛省から今日の厚労省の問題を生んだとも言える。つまりその変わりなさ自体があらゆる文化、伝統、異なった様式が林立し、共存しているがために何をチョイスすればよいかという感性を生んでいるようにも思える。つまりかつてのヨーロッパのように日本人は民族が必ずしも流入したり、混合したりすることが多かったとは決して言えないどころか、極めて少なかったということである。一部DNAレヴェルで言えば宮崎県の人々にポルトガル人の末裔や新潟県の人々にロシア人の末裔が確認されるといったことを除けば、あまり流入混合はなかったと言ってよい。

 それが歌謡曲からJポップに移行してもそう本質は変わらないという感じを持たせるのだろうと思う。

 私たちにとっては、デモクラシーの可能性と限界、官民の在り方の模索、司法と行政、立法との関係、また真の意味での表現の自由とは何か、そして何より個と集団とは一体どういう関係にあるのか、そのことに対して実は一切明確な答えなど見つかってはいないということである。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年6月16日 (火)

作曲・聴覚・印象/友情・本音・性格的自己同一性

 

 オーケストラにおいて全ての楽器を演奏前に調律するのに、木管楽器であるオーボエの音を基準に行われるということはつとに知られた事実である。それはリード楽器であるオーボエが最も天候、湿度とか温度に左右されやすいという事実に起因している。

 音楽家にとって楽器との出会いとはある意味では極めてセレンディップな事実である。それは運命的出会いと言ってもよい。

 それは作曲家にとってもある曲がどのような楽器で演奏されるべきであるかということの決定にも大いに影響を与える。

 例えばギターの名曲「アルハンブラ宮殿の思い出」をピアノで演奏しても、作曲家の作曲を促したモティヴェーションは伝えられないだろうし、ショパンの名曲、例えば「別れの曲」をギターで演奏しても何かしっくりこないものしか伝わらないだろう。

 どういう楽器を使用するかということは常に音楽家、作曲家にとっての運命的至上命題である。かつて60年代においてロックが華やかであった時代においていち早くインド音楽の楽器シタールに着目したのが、ビートルズのジョージ・ハリスン(故人)と、やはり同じイギリスのロックバンドであるローリングストーンズのブライアン・ジョーンズ(故人)だった。

 このインド音楽のシンボルでもあるような楽器の音色の印象は不思議と、アメリカ南部が発祥のブルース等によく使用されるドブロ・ギターと似ている。ジョージ・ハリスンもそうだったし、その親友であるエリック・クラプトンもまたドブロ・ギターの名手である。

 

 哲学者ピーター・フレデリック・ストローソンは主著「個体と主語」において聴覚とは視覚と違ってある音がどれくらいの距離から聞こえてきているのかということにおいて、例えば視覚的によく見えるものが音を発することによって、その音がどれくらい自分と離れた地点で発せられているかということが理解出来るようなケースを除いて、極めて曖昧であると述べている。

全盲の辻井信行氏が優勝したことで一躍注目を集めておられるが、氏の場合、視覚が失われているためにより聴覚的な感性が脳科学的にも研ぎ澄まされているからこそ、一度聴いただけでどういう曲もある程度弾けるということなのだろうが、恐らくどの音がどれくらい離れた箇所から発せられているかということも私たちのように視覚能力における健常者よりも恐らく鋭く知覚し得るのではないだろうか?

 私たちにとって視覚能力によって得られる情報や意味内容の把握があまりにも大き過ぎるので、ややもすると聴覚は全て印象的なことで知覚されがちだ。勿論プロフェッショナルなミュージシャンたちは違うことだろう。しかし私のようなあまり優れていない聴覚者にとってドブロ・ギターの音の印象は兎に角シタールに似ているのである。

 つまり一般の人にとって音とは須らく印象的な耳障りとして脳に送り込まれてくる。だから音を発するものの正体を知っている時には安心だが、そうでない時には極度に不安になってくる。

 

 バッハにせよ、ベートーベンにせよ、ショパンにせよ、ドビュッシーにせよ、偉大なる作曲家たちは恐らくその種の不安そのものに対して極めて敏感であり、その不安を解析し、哲学的なまでの認識を一音に与えて生命を賭けて作曲していったのだろうと思う。彼にとって一音の醸す意味とか世界のありようとは恐らく印象とかそういった類のものではなく、一つの生命なのだろうと思う。

 いつになく音楽家というものの才能と偉大さに羨ましさを感じることが多い昨今である。何故なのだろうか?恐らくそれはこのように先行きが不確実であり不安な時代には、唯一音楽が私たちの心を癒してくれるということに対して素直に受け入れる姿勢を多くに人々が感じ取っているからなのではないだろうか?

 私には最も若い人では19歳、最年長者では73歳まで親しい友人がいる。他にも六十代、五十代の友人がいる。しかし私はどの人に対しても全て共鳴し合えるわけではない。従ってどうにも理解し合えない考え方や感じ方がある。

 しかしそれにもかかわらず彼ら全員がその時々で必要なのである。いっぺんに必要なのではなく、ある時はA、別のある時はBという風に必要なのだ。

 しかも極めて興味深いことにはAに対して私が語れる本音とBに対して語れる本音は全くその内容も性格も異なる。いやそれどころか相互に突き合わせれば(かつてある首相が突合などということを言っていたのも懐かしい)矛盾し、対立することさえある。

 つまりことほどさように、私という存在における性格論的な自己同一性とは曖昧でとりとめのないものなのである。

 私は常に幾つもの全く異なったベクトルの本音を携えている。その全くもって不統一なまでの様相を敢えて一つに纏めようとすることそのものが何らかの言語行為である。そのことをジョン・ラングショー・オースティンはパフォマティヴ(行為遂行的発言)と呼んだのかも知れない。

 私は情緒的な根拠から確かに幾つかの重要な友人との間の友情を欲している。そしてそれぞれの友人が持つ固有の性格や思想に対して、私自身それぞれに異なった本音で接する。そしてその全ての本音の間での矛盾を一番よく知っているのは私自身であり、且つそれは一切私の中では公言する気などないし、その必要性も感じない。

 人間にとって友情とはその数だけ異なった本音が私たちの中にトグロ巻いていることを知っている私たちによる独自の矛盾解消法であるのかも知れない。私自身の内部において、私の自己同一性とはさして大きな意味を持たない。何故ならそれは端的に私にとっては極めて恣意的で、戦略的な対外的なポーズでしかないからである。

 私は恐らく内的な幾つも矛盾し合う本音を悟られたくはないために、敢えて外部から半ば強制的に纏わされる「自己同一性」を鎧のように身につけて生活しているのである。そうしながらもいつの間にか私たちは友人に対して相手と自分の対話がどこかしら異なった楽器同士の合奏のようにも思えてくる。それがいかにも不思議である。

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月15日 (月)

コーヒーとお茶・フィロソフィアならぬ自国の哲学

 

 日本人にとってお茶はなくてはならない嗜好品である。本来お茶とは儀礼的な意味では茶道に則ったものだった。しかし勿論それは千利休以降のことであり、それ以前にはやはり中国から渡来したものであろうお茶の歴史はあったわけだ。

 つまり利休によって芸術にまで高められたという意味ではお茶はフォーマルな文化であるが、同時に極めて庶民的な嗜好品でもあり続けたのだ。アメリカ人にとってはコーヒーが、そしてイギリス人にとっては紅茶がそれに該当する。

 私たちが好むコーヒーは日頃アメリカ人たちが好んで飲むような薄味のものではなく、あくまで濃いものである。アメリカ人にも何らかのコーヒー道のようなものはあるのだろうが、要するにアメリカ人にとって庶民の日常的嗜好品としてのコーヒーは日本人からすればあまり美味しいものではないだろう。同様に日本文化通のアメリカ人やイギリス人にとって日本人が日常的に嗜好するお茶はフォーマルな茶道で出されるお茶と違ってあまり美味しいと感じられないかも知れない。

 つまり外国の文化に対して我々はフォーマルなものから入るので、どうしても、それが自国民にとって庶民生活においてどのように定着しているかということになるとズレが出てくる。だからそのこと自体が一つのカルチャーショックとなって立ちはだかる。だから逆に本当に外国の文化に溶け込み日常的なことから精神的にその国の人になりきるということから言えば、当然アメリカ人やイギリス人にとっては日本という国は、以前自分が日本に興味を持って茶道を勉強し始めた頃の感覚から離れて、徐々に日本人が日常的に口にするお茶を飲んでそれが美味しいと感じることからであるし、日本人にとってはニューヨーカーであるビジネスマンたちが愛飲する薄味のコーヒーに慣れてきて、それが飲みたいと思えるようになる、ということであろう。

 アメリカから日本に帰国して、日本人の好む相変わらず濃い味のコーヒーを口にした時、日本人好みのコーヒーにある懐かしさを感じるということもあるだろうが、同時にそれに再び慣れ帰っていく時、ニューヨーカーのアメリカンもまた飲みたくなったなあ、と感じた時その者はアメリカ文化に親しんだ者という風にアイデンティファイされ得るだろう。

 要するに文化とは多分に相手に対しては誤解に基づいているのであり、そして自国民にとってそれはある程度閉鎖的であり、他国民にとって理解して貰えなくても一向に構わないものでもあるのだ。だから文化の相違を超えてある普遍的共通性に関心がある私にとって文化とは克服すべき魅力ある対象である。

 

 哲学という学問は最初ギリシャ語、そしてラテン語へと翻訳されていき、ヨーロッパでドイツ語(あるいはイディッシュ語とかヘブライ語)、フランス語、英語等に定着していき、以外の言語ではなかなか語られない。例えばデンマーク人の哲学者(例えばキルケゴール)などもドイツ語で考えたわけだ。だから当然本当は所謂フィロソフィアではないにしても、ベトナムにもパラグアイにもザンビアにもそれなりにフィロソフィアとしての哲学が移入する以前には欧米では哲学に該当するものが存在した筈であり、その中にはプラトン、デカルト、カントに匹敵し得る存在もいた筈だし、また自国民の間ではそういう存在が欧米の哲学者以上に大きな存在であるということもあるだろう。そういう存在に対してまで私たちが真に関心を抱けるほど私たちは未だ精神の自由さにおいて普遍化していない、私自身はそういうグローバリティーは現代人にとっては必須であると考えるが、反対する意見も多いだろうと思う。

 私自身は欧米人の猿真似ではない形での真の日本人にとっての自国民的な哲学、しかもそれはかつて禅が欧米人にとって理解し得るものとしてのグローバリティーを獲得することが可能だったような言語であり得るようなそういうものを持つべきではないか、と考えている。それは私たちにとって茶道で出てくるお茶もお茶であるが、日常愛飲するお茶もお茶であるような意味で、既に日本人にとって愛されているカントとかフッサールとかと十分両立し得るのではないか、とも考えている。

 

 私自身はビートルズが好きなので、ビートルズをよく知らないような国の人がいれば、教えてあげたいとも思うが、そうかと言ってあまり彼らが関心を持てないのであればそれはそれでそのままでもいいと思っているような意味では、あまりフィロソフィア的伝統的所作に則った哲学に詳しくない国があったとしても、その国の人にそれらを無理強いする必要などさらさらない、と考えている。

 逆にそういう国に伝統として根付く何らかの欧米での哲学に代わり得るものの正体を知りたいと思うし、それが私にとって受容し得る価値のあるものであると認識し得たのなら、それを取り入れたいとも思っている。

 そういう意味では今日でも文化人類学的認識は十分有効であると思っている。脳科学ばかりが席捲している昨今ではこういう意見も必要ではないだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月14日 (日)

他者の存在②

6月14日夜

 六十代以上の人でゴマキとホマキの違い、ヒッキーとフッキーの違い、アッキーナ、ユッキーナ、モッキーナの違いが分かる人がいたとしたら、よほど努力して意志的にテレビを見ている人であろう。ショコタン、エビちゃん、モエちゃんといったこと全部をきちんと理解しているのなら、アラカンの東浩紀と言われるかも知れない。

 さて私たちはニュースを見て聞いて、その時たまたまアナウンサーが七十年代に活躍したある政治家の死を伝えたとしよう。そのアナウンサーはまだ二十代前半であり、当然彼はリアルタイムでその政治家のことを知らない。しかもそれがニュースなので、あたかも知っていることが当然かのような表情で責務的に偽装してそう伝える。

 もし彼が「実は私はまだ二十三歳なので、この政治家のことに関する一切の知識を持っていなかったのですが、このニュースを見ている人は大勢いて、当然中高年に知っている人々もいるわけでありまして、ですからして私と同じくらい若い方、そこら辺をご理解下さい」などと真意を告げたのなら、視聴者から即座に怒りのクレームが電話やメールで放送局に届くことだろう。

 つまり国家・社会・共同体とは、一切の個人的事情を考慮することなく、その集団内で通用する概ね周知な事実に対して、一切の個人差を無視してかかる、そうでなければ個人的なバイアスがかかってしまうということを了解済みのこととして、あくまで集団成員全員に対して公平であるように振舞う(本質的にそんなことは実現不可能であるのに)ことを暗に求められることとして運営されていて、それを求めるように私たちは振舞う(それもまた欺瞞以外のものではない)のだ。

 要するにアナウンサー自身が伝えるために読むニュース原稿の登場人物全員を彼が個人的に知っていたかどうかなどと言うことは大したことではない、と言うより一切無視された事項なのである。つまり公的な認知事項とは、個人的事情を一切無視しているわけだから、当然それが「私たち」にとって必要な認知事項であるという触れ込みになっているが、実際は個人毎に勝手に選択していけばよいものであるが、同時にどの選択肢も一応無視してはならないという触れ込みで公的な放送局は運営されているし、全てのマスメディアはそういう風に運営されている。と言うことはマスメディアとは一切の個人的な性格を持っていないようでなければいけないのだから、そんなタイプの実際の人格があったとしたなら、それは人間の生な血は通っていない、ゾンビ的な存在であるということになる。

 にもかかわらず、私たちは何故そのものの流す情報を信じてしまうのだろうか?

 このことは実際一度真剣に熟慮されて然るべき命題であるにもかかわらず、一切これまで無視されてきた気がする。しかしそれはあるいは根拠のないことではないだろう。

 何故ならそういう風に真剣に命題化するということだけがマスメディアが忌避して一切アンタッチャブル(ノータッチ)であるべきことのようだからである。それは内実的には完全なるゾンビであるにもかかわらず、集団内の各成員たちがゾンビであるようになっていくのは、マスメディアが流す情報を一切信じないでいることなのですよ、という触れ込みを前提として運営されているものがマスメディアだからだ。

 しかしある意味では全ての集団内成員は相互に社会成員として関係づけられ、自己同一性を与えられている限りにおいて実は全成員例外なしにゾンビなのである。だから時として一切の主観のない成員がいて、彼(女)がマスメディアの流す情報だけを全て鵜呑みにしてしまうような態度でいると、周囲の成員に対してのみ気を遣うある種の思い遣りの溢れた人であると公的には理解されるだろうが、個人的には一切そういう人とは付き合いたくはないとそう思う人が多い筈だ。何故なら彼(女)はゾンビであるということを隠蔽したマスメディアに同調しているのだから、必然的に永井均氏が言うビンゾ的存在であることをアピールしていることになる。

 しかし私たちは私たち自身を公的にアイデンティファイする時既にゾンビ化されているわけだから、その現実・事実に対して欺瞞的であることは、逆にゾンビであるのにそうではないかのように振舞うゾンビということになってしまう。

 似非ゾンビ、擬似ゾンビとは端的にビンゾを価値肯定的に生きる欺瞞的生き方以外のものではない。私たちは仕方なくゾンビであるというより、価値肯定的にゾンビであるべきなのだ。と言うよりゾンビなどという概念が必要とされた背景を考えるべきなのである。 

それは恐らく<機械の中の幽霊>というように例えばギルバート・ライルが述べたように私たちの存在自体に対して一定の特化された意識を拭えないということに対して認識していった哲学の歴史において必然的に現出した命題論的根拠であるということを忘れてはならない。

 すると私たちは希望を持たないが絶望もしないというアルベール・カミュの謂いを守って生きていくしかないということにもなる。私は恐らく機械以上に高等である部分ではその開きがどれくらいであるかはいざ知らず、全ての動物と等価であり、しかし全ての動物のことを私たちから見た像からしか判断出来ず、それこそ「コウモリであるということはどのようなことか」(トーマス・ネーゲル)で述べられているように、コウモリに生まれてこなかった以上私たちが捉えるコウモリ像は全て我々による意識の産物以外のものではないということである。

だから必然的に意識は人間にしかないという判断もそれはそれで正しいことである。

 しかし動物にも人間とは違うが別の我々にとって意識に該当するような私たちが言う意識そのものではないものの、我々の意識に代わり得る何かがあるかも知れない、と考えることもまた正しいということになる。意識とは要するにアナウンサーがどんなニュース原稿でも全て「心得ているもの」として伝える(原稿の読み方とか表情とか口調で)のと同じように、それは人間である限り「どの成員でもあるものである」として認知された命題=認知事項なのである。

 するとひょっとしたら本当のゾンビ(私が共同体内での意味連関的な意味でゾンビであるということではなく)がいるのかも知れないという哲学者の思いも全く無意味ではなかったのかも知れない、という思いが募ってもくるぞ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

感動の本質・差別することと神格化すること

6月14日 

 「セックスをする」という語を仮に「ソックスする」と誤って覚えていた少年がいるとしよう。彼は靴下を履く時、足をそこに突っ込むことから、人がセックスすることを「ソックスする」と言っているのだ、と勝手に解釈していたとしよう。しかしある日それが自分がただ誤って記憶していたことに過ぎないと気づいた時、性行為をすることを「セックスする」と正しくは言うのだから、当然それまで誤って覚えていた「ソックスをする」ということから「実に巧いことを人間は表現するものだ」と感心していたことが一瞬にして吹き飛んでしまう。それはある意味ではサンタクロースなど本当はいないのだ、ということを両親に諭される時の人生における諦念の最初の第一歩であるかも知れない。つまり現実は自分が想像するよりは遥かずっと味気ないものである、ということを知るという意味を知るということにおいて。

 ここにあまり多くJ‐ポップを聴かず、従って一切の楽曲の知識がない人がいるとしよう。彼(女)がたまたま聴いていたある曲が、ラジオに流れ曲が終了するとDJが「谷村新司の「昴」でした」と言ったのを、聴き間違えて「ツバル」だと思ったとしよう。そしてその曲がやがて地球温暖化が極まって一つの島「ツバル」が海底に沈みこんでしまうことそれ自体を憂えて唄った楽曲であると勘違いしてしまったとしよう。しかも彼(女)はその発想自体に感動してしまったのである。何て美しいメッセージの曲であることだろう、と。ではその曲に対して彼が感じ取った感動とは果たして真実に感動と呼んでよいものなのだろうか?

 

 そのことに対する回答は幾つかの別の問いの後で考えてみよう。

 

 ところでデカルトが天才哲学者であったから私たちはいつまでたっても、彼の考えたコギトに拘っているのだろうか?

 そうではないだろう。彼の考えたコギトは私たちが拘ってしまうからこそ彼自身天才たり得るのである。だから逆に私たちがコギトに代わり得るもっと説得力ある命題を発見し得たのなら、その時デカルトはただ単なる歴史的存在へと後退するだろう。ある人が提出した考えとかに対して道筋をつけたいが故に、私たちはある考えや作品を示したり作ったりした人を天才と呼ぶのである。もし誰かが天才であるが故に圧倒的に多数の人々を惹きつけるある考えや作品を作り出すことが出来るのであれば、それだけ彼(女)は神に近い人間であるということになる。しかし恐らくそのように意図的に示したり、作ったりしているのはあくまで部分的なことであり、もっと多くの部分はもっと偶然的な巡り合せであると、私は思う。ただ天才はある偶発的な出会い(セレンディピティー)を発見し、それが偉大なことへと発展し得る可能性を悟ることにあざとく、即座にそれを必然化させるようなアイデアを素早く察知して提出することが出来るということなのだろう。

 先に述べた「昴」を「ツバル」と聴き間違えて感動していた人にとって、その思い違いによって得た感動も、感動には違いないだろう。それは偶然的に間違えたのだ。しかしひょっとすると偶然的に我々はただ間違えずにそれを「昴」と聴いているのかも知れないのだ。確かに素晴らしい思い違いに満たされた人生も考えようによっては充実した幸福かも知れない。

 しかし私たちは偶然聞き間違えずに、しかもその曲を「昴」ときちんと覚えて、しかもその「昴」が人々に与えるような感動を呼び起こす楽曲を作り出す人を天才と呼び、一方それを「ツバル」と聴き間違えて勝手に一人で感動している人を、それを聴き間違いであると認めないでいつまでも拘っている人を狂人であると呼ぶのだ。

 そしてその時前者を私たちは天才であるとしてその彼の発見した偶然を必然化し、神格化するのであり、そして併せて後者に対してはそれを差別して忌避するような態度を採るのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月13日 (土)

他者の存在①

 近代哲学の基礎を築き、あるいは数学、光学、物理学、化学、解剖学、天文学、医学といったトータルな学究の徒であったデカルトは1596年に生まれ、1650年に死去した。彼の言葉として有名な「我思う故に我あり」はその後の哲学史に長く問題視されてきたが、あまり指摘されないこととしては、彼より十年後に生を受けた画家にレンブラントがいるということである。レンブラントが数多くの自画像を描いたことはつとに知られた事実である。レンブラントがデカルトのことを知っていたかどうかは定かではないが、デカルトは一時オランダにも旅しているから、あるいは同じ時期彼等がどこかですれ違ったということも全くあり得ないことではないだろう。

 この二人の自我そのものを見つめたようなタイプの仕事の内容は、その後のヨーロッパの歴史を俯瞰するととても興味深いものがある。レンブラントはデカルトと晩年の不遇という面でも似通ったものがある。デカルトはスウェーデン女王クリスチーナの繊細さを欠く素行に結局翻弄されることになる。死因は姉の看護で移された肺炎によるものである。サンヴィクトワール山の風景を嵐の時に描いていたことによって風邪をこじらせ死去したセザンヌは自分の仕事に倒れたわけだが、デカルトはあくまで他人から災いしたものである。(因みにセザンヌはダーウィンより丁度三十年後の1839年に生まれている。そしてダーウィンとリンカーンは同年生まれである。)そもそもクリスチーナの強要する過酷な労働によって身体の抵抗力を失っていた時に得た肺炎によって死去するのだ。レンブラントは晩年それまでの浪費癖も手伝って借金返済も滞り(1856年)工房も手放し落ちぶれ果て、失意の内に1669年に死去する。

 デカルトの場合病弱であったために両親から大事に育てられたという事実に対する反動としての軍隊生活がかなり過酷なものであったということも大きく死や生について考える契機となっている。レンブラントの陰影の印象的な絵画世界には、世界像としての人物という観念が付き纏っている。そしてそこにも死というものに対する宗教的、哲学的なまでの透徹した眼差しが宿っている。

 

 デカルトの死から84年後、レンブラントの死から55年後、カントが生まれている。彼が生まれた時ヨハン・セバスチャン・バッハは39歳だった。カントが生まれた1724年の前年にバッハは聖トマス教会のカントル(音楽監督)に就任している。つまりカントが生まれた時にバッハは最盛期だったのだ。そしてバッハはカントが26歳の時、1750年に65歳でこの世を去っている。バッハの生まれた1685年の前年日本では徳川吉宗が生まれており、彼はバッハの死んだ翌年1751年に死去している。

 カントが独自の批判哲学をこの世に送ったのはバッハの死より三十年くらい後のことである。そしてカントが青年期に色々な社会経験をする上で、彼の哲学のエキスとなったものの内にあるいはバッハの音楽があったかも知れない。近代の楽理を完成させたと言われるバッハの音楽が哲学者の人間形成期に無意識の内に忍び込んだと想像することは実に楽しい。カントは芸術一般に疎かったということは中島義道氏の「モラリストとしてのカント」(後に「カントの人間学」と改題)に触れられている。しかし私はその当時の趨勢の音楽がバッハであったということと、カントの人間学的な哲学の醸成ということはどこかで関係があるように思えてならないのである。つまり私はそのような時代背景的なエピソードを考えることを通してある偉人として歴史に残っている人たちをもそこら辺に歩く普通の人と変わらず彼らもまた他者という生き物に翻弄されていただろうと言いたかったのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月12日 (金)

アートとデザインの愛憎関係と偶像

 アートとデザインの関係は常に微妙なものであった。確かに19世紀までは多くがデザインはアートの反逆精神に対して、一定の商業資本主義のルールに則ったものだった。装丁しかり、服飾しかり、プロダクト然りである。しかし20世紀中盤(尤もその萌芽は例えばバウハウスやアール・ヌーボーやアール・デコにあったのだが)になって様相は一変する。要するにデザイン自体が主張するようになっていったのである。アートは一方で額縁などの登場によって印象派以降確実にサロンを獲得し、一般市民によっても絵画が購入出来るようになっていった。そのことを助長したのがアート・ディーラー(画商)たちである。そしてブルジョア絵画が定着していったが、他方アートには常に反逆者の精神で闊歩する一群のアーティストたちがいたので、そのムーヴメントが例えば表現主義とか象徴主義とかフォービズムとかキュービズムといったスタイル上、表現理念上の革新的なトライアルが続き、後にダダイスムやシュールレリスム、そして戦後抽象表現主義やポップアートやミニマルアート、コンセプチュアルアートといった潮流が席巻した。しかしその際に起爆剤になったものの多くは商業デザインの領域での様式等だった。勿論そこにはバウハウスやアール・ヌーボーやアール・デコといった様式が先鞭をつけたという側面も忘れてはならないが、要するに大衆のニーズに沿ったモード自体がアートに反映し始めたのだ。そしてデザイナーとアーティストの境界も曖昧化していき、アート然としたものの方がニッチマーケットに堕して行った。つまり大衆にとって神秘化された偶像は最早デザインを反映したものの方であり、アート固有の一点性(作品が一作だけであるということ、つまり複製性がゼロということ)が障害となって立ちはだかるのである。

 つまりアートにとって隣人であり他者であったデザインは既に19世紀後半には端的にアート自体に侵入してきて、次第に様式的な差異はどうでもよくなっていったし、事実デザイナーがアーティストと名乗ることの方が多くなっていった。つまり他者としてのデザインの偶像性はアートのドメインでは既に無価値なものとなっていったのである。そしてそれと同時に大衆にとっては寧ろデザイン的な発想やモードの方がずっと偶像化された、要するにその正体がよく知られないがために好奇をそそるものとなっていったのである。その内実を知っていたのはプロフェッショナルなアーティストやデザイナーたちだけだったというわけだ。寧ろ彼等にとっては大衆のニーズの方が偶像であったことだろう。常に生き馬の目を抜くような過当競争という現実に遂にアーティストたちさえ晒されたのだ。

 要するにアートにとっての他者内偶像性が実像に取って代わり、そのトレードオフとして大衆の欲求はかつて印象派の画家たちに対して抱いた憧れを、寧ろナビ派とかエコール・ド・パリといった一群の人たちはアーティストとして積極的にデザインにかかわったが、彼等に注いだ。ロートレック(彼は世代的には後期印象派くらいであるが)、ミュシャ、ビアズリー、シャガール、フジタといった人たちがそうである。ムンクやピカソも積極的にデザインに関わっているし、デザイナー出身のアーティストとしては戦後世代ではアンディー・ウォーホールやロイ・リキテンシュタイン等が代表である。三宅一生は「20世紀は紛れもなくデザインの時代だった」とかつてアート紹介番組で述べていた。

 ここにはアートがかつて宮廷お抱え画家たちが跋扈した時代に、彼等の生活自体が宮廷から宮廷への放浪であったことから、風景画などを描き始め、次第に宮廷から遠ざかっていったことの内にあるアーティストの内部のアンチ・ヒーロー志向が次第に今度は商業資本主義自体のヒーロー志向に取り込まれていったということを示している。そして現代では寧ろアーティスト以上に評論家や文学者の方がよりアンチ・ヒーロー志向(アウトローといってもいいが)へ転換を余儀なくされている。

 尤も本質的にヒーローに一切なる気のない非商業資本主義的アーティストも常に共存しているのだが。しかし私は一応それで生計を立てている人のことをアーティストと呼んでいるのだ。つまり生計を立てているということ自体も、ヒモとして文学者であると自称して生活している人のことも含むのかと問われれば返答に窮してしまうのだが、要するにプロフェッショナルと言えばよいだろうか?勿論セザンヌもゴッホもそういう意味ではプロフェッショナルではあったものの、生計を絵画で十分成立させていたかと言えば、セザンヌはかなり資産が予めあったからよかったし、ゴッホは弟テオからの援助があったからこそ絵画を続けていくことが出来たのであるが、それでも後世においては、他のその当時売れていたどの画家よりも歴史的に残っている。つまり趣味で絵を描いている人は仮にそういう仕方でアートに関わることが仮に自分では一番尊いと考えていたとしても、それをプロフェッショナルとは呼べないということである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月10日 (水)

親しみのあるものを呼ぶ時

6月10日

今日、国立科学博物館に大恐竜展を見に行った。そのついでに特別企画展以外の地球館と日本館も観覧して楽しんだ。その時屋上に上がり、ジュースを飲んで喉の渇きを潤していた時、興味深い子ども(恐らく三四歳くらいの三人)の会話を聴いた。三十代くらいの母親が座って飲んでいた時周りに駆けずり回っていたのだが、その時その中の一人が階下に臨まれる上野駅の電車を皆で眺めながら、「ねえ、常磐線いた?」と別の一人に聞いたのだ。まるで人を探すように「いた?」と聞いたことが面白かった。

言葉を習得する過程で、自分にとって親しみのあるものは全て人間のように「いた?」と聞くということが新鮮な発想に思えたのだ。

私たち大人なら恐らく「常磐線見えるか?」とか「常磐線停車しているか?」とかそう聞くことだろう。しかし恐らくそう聞いた子どもたちは常磐線に乗ってそこまで来ていたのだろう。言語習得の過程で理解しやすいように言い、じきにその言い方がそれぞれ家族、他人、著名人や歴史上の人物、あるいはものや道具に対してそれぞれ固有の言い方があることを学んでいくが、その最初に抱いた親しみのあるものを「いる」と擬人化(勿論彼らにとっては擬人化という意識はない)することがごく自然であること自体が一つの発見であった。

私たちは親しい人でも他人に対しては一定の敬意を示すような呼び方をするし、有名人とか歴史上の人物に対しては公共的価値から呼び捨てにする。そのような区別自体を学ぶのにあとどれくらいその時にいた子どもたちに必要なのかは分からない。勿論個人差もあるのだろう。私は大体においていろいろなことを他の子どもたちに教えてもらってきたタイプである。でもそれでもある時期から異様にそういう言い方に対して自覚的になっていった気がする。もうあまりにも昔のことなので、大分うろ覚えになってしまっているが。

言葉に対する感性は恐らく一回そういう感性を全て失ってからもう一度取り戻すということにおいて才能がいるのだろうと思う。

かつてあるゼミに参加した時、そのゼミは現代アートの理論と実践のゼミだったのだが、今では故人となられたある主催者は私たちゼミ参加生に対して「一度失ったものをもう一度取り戻していく作業がアートだと思います」と述べておられたことを昨日のことのように思い出す。

文学や哲学にもそのような性質があるだろうと思う。つまりある言葉自体に対してその成り立ちや、その言葉に接する時のこちら側の感性、クオリア、ニュアンスの把握の仕方といったことが鋭敏であることを求められるのだ。

確かに恐竜にはある親しみを持てる部分がある。そしてそれは私たちにとって馴染みのある動物の祖先であるという感覚もあって見ることが出来る。しかし全ての生命には共通したコードがあることを知ると、また違った見方を恐竜に対しても持つようになる。何故人間の十数倍の長さ君臨してきた生命がそんなに短期間に絶滅したのか?

だからそれは私たち人間にも当て嵌まる。それは親しいものを私たち自身のように呼ぶ子どもの発想から考え直す必要性を物語っているようにも思われる。

別に私はエコ的な発想でそう言っているわけではない。あと千年たったなら、南極さえ溶け出すそうである。そして三メートルくらい標準海水面が上昇するそうだ。その時人類は恐らくその時なりの自然に対する対応をしているだろう。あるいはもっと早く人類は絶滅して、イルカのように頭脳の優れた動物の中から人間の立場に近い地位まで進化し続ける種が登場するのだろうか?そんなことはあり得ないと考えている脳科学者の方が多いだろうが、別のタイプの進化学者ならそういう可能性も考慮して未来図に臨むかも知れない。

それでもその時人間くらいに進化した高等知性生命体がいたとしたら、タイムマシーンに乗ってその時代に今から行けるものなら、彼らと話してみたいとそうも思う。

そういう考えってどうですか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 8日 (月)

差別表現の語彙への忌避を生む負のクオリア

 6月8日

 言葉自体は一切それを使用する人を差別しない。例えば語彙自体はその語彙を使用する人を差別しない。

小学校一年生が「H君が私に対する嫉妬に狂って私が思いを寄せるK君をぶちました」などと担任の先生に告げたとしたら、恐らくその先生は恐るべき子供たちだと思うことだろう。そのようにある語彙をある年齢の人が使用すること、あるいはある語彙をある職業の人が使用することに対して、「たかが~のくせに(の分際で)」とか「あろうことか(こともあろうに)卑しくも公務員であるにもかかわらず不謹慎な」とか言って、そういった語彙を使用することそのものに対する差別をするのはあくまで人間の側であって、言葉自体、語彙自体ではない。インテリではないとあるインテリによって思われている人が、高度な哲学的命題の概念を知っていて、それをそのインテリの前で口に出したとしよう。そのインテリが一定のレヴェルの知性と理性を持っているのなら、「自分がその人に対して見縊っていたのだ。そういう風に人間を表向き(見てくれ)で判断することはよくない」とそう思うだろうが、慢心していて、傲慢なタイプの人間なら「たかが~のクセに高度な概念を使いやがって、どうせ知ったかぶりに決まっている」とその語彙を語った者に対する差別をやめることもないかも知れない。その場合その者は真にインテリの名に値しないと言える。

しかし少なくとも語彙自体は、言葉自体はそれを使用する人を嫌がることはない。動物なら動物が嫌いな人というのを直観的に理解し、その者がたまたま動物好きな人の前で社交辞令的に犬や猫をあやそうとしているとすぐさまその擬装を見抜き、拒絶反応を示すだろうが、語彙、言葉は違う。

要するに言葉や語彙を差別するのは人間の方なのである。例えばかつてデブと言ってからかうことがあったが、最近ではメタボリック・シンドロームという語彙が定着すると、「あいつは少々メタボ気味だ」とか言って差別用語的扱いを受けたデブを忌避することを通して語彙自体が社会的なイメージとして通用する事態そのものを忌避しようとする。要するにそうすることを通してその表現が持つイメージを想起することを相互に忌避しようという暗黙の約定に従っているのである。

何故そんなことをするのだろうという疑問は愚問かも知れない。何故ならそれはそういう言葉、例えば「売女」とか「人非人」とかそういう語彙を使用することで、その語彙を特定の個人に対して適用しているという事態を認識されることで齎される自己に対する不利益を、その語彙を使用することを自己に戒めている人は予め忌避しているからである。だからある一定の限度を超えて(この判断が意外と難しいのであるが)不必要に差別語を回避していることを目にすると却って意識してそれを使うまいとしていることを見抜かれ外から見たら不自然であり、却って意識していることが判明してしまうということが想像以上に多くある。つまり必要以上に気を遣い、ある言説やある語彙、表現を使用することを回避している場合それをされる側はあざとくそれを見抜いてしまうのだ。

それはその語彙や表現、言説自体に対する差別感情を、それを使用することを忌避している側の人が濃厚に意識しているということだから、それを自分の前では回避される側からすればその語彙や表現、言説を差別的に使用されるのならいざ知らず、そうではなく自然に時たま使用することがあった場合よりも寧ろ自分が内心では差別的に見られているということに気づいてしまうだろう。つまり内心の差別を必死に「理性的にそれはいけないことだ」と考え、その言説一切を封じ込める意図が見え見えなのだから。

だから人間がある言説や表現自体が持つ伝達的メッセージに対して敏感であることは、それを使用することが「こういう場合には適切である」とか「こういう場合には不適切である」といった判断を意識的に認識させずにはおかない。つまり親しい間柄においてなら尚更その種の気遣いとか心配り、あるいは気配りといったことは、必要以上であると却って差別に繋がるということが言える。

そしてそれを重々承知であるからこそ、多くの成員がこういう言説やこういう表現は慎みましょうという暗黙の約定がかつては多く存在し、頻繁に使用されていた語彙を差別語として締め出してしまうという異様な事態へと発展しているのである。これはある種の忌避論的なファシズムである。それを誘引しているのが負のクオリア、しかもそれが自分の内心でそう思うよりも、他人に言ってしまったならまずいとそう思うような負のクオリアなのである。

 しかし捕捉的に付け加えておけば、負のクオリアにおいて好例である形容詞でも動詞が変化した形容詞は然程ではない。例えば「嘆かわしい」とか「煩わしい」のような語彙は、原型が動詞なので動詞自体に負のクオリアの実感が吸収されてしまうからだ。しかし例えば「いじましい」とか「おぞましい」とか「せせこましい」とか「ややっこしい」といった少なくとも現代においてその原型である動詞が隠れていてその発祥が分からない形容詞の方がより、負のクオリアが実感され、原型に起因する抽象的観念性が剥奪されている分だけ切実であり、眉間に皺を寄せさせる趣を持つ。ネガティヴ形容に関する語彙には微妙な心理的差異が実は息衝いている。

付記 

今日はあの秋葉原連続無差別通り魔殺害事件から一周忌に当たる日である。そこで簡単に所見を述べておこう。

私は言葉自体とは人を差別しないが、その言葉の力が一定の個に対する呪縛力を持つと考える。つまり加藤容疑者は端的に言葉に呪縛された即自的行動に走ったのだ。敗者、やり場のない不満といった全ての言説が彼を犯行へと駆り立てた。そして私は権力や権威自体には向かわず、このようなタイプの全く権力や権威とは無関係な図式である一般市民に対する猟奇的事件はこれからも多くなると予測するからだ。何故そう思うかと言うと、権力や権威の構造の正体が益々見え難くなっているからだ。それは通常の権力者にしてからが同じだと思う。つまり彼から見ても大衆とか民衆というものが極めて見え難い存在なのだ。そしてその権力や権威に対する見え難さ(や大衆や民衆の捉え難さ)自体を招聘している事態こそマスメディアの野放図な猟奇的好奇刺激性と、ネット社会の無法である。それも私たちの欲望が自然と生み出している。

しかし恐らくそれを私たちは一定程度しか変えることが出来ないだろう。だから一定程度の自己防衛力が言説的にも肉体維持に関しても要求されてくる世界となっていくだろうと私は思う。そして小浜逸郎氏の指摘される(「癒しとしての死の哲学」他より)ように死に対する隠蔽はマスメディアにおいては益々顕著になっていくだろう。つまりマスコミやマスメディアとはあたかもそこに不条理や労苦や疾病がないかのようにニュース報道やヴァラエティーを享受する側の受け手に対して「今日もお元気でよかったですね」式の前提を突き崩すことなど無いだろう。それが所詮マスメディアの限界なのである。しかしそのことに対し少しでも自覚的であるか否かによって大きく世界自体に対する対応が変わってくる。つまりそのようにマスメディアが垂れ流す幻想性に自覚的であることだけが唯一言葉を自分の武器としながら、その呪縛から自由であり得る条件であると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 6日 (土)

選考性と意味づけてしまったことに対する変更の困難さ

6月6日

人間にはかなり克服の困難な二つの思い込み(哲学的には誤謬と言うことも多い)がある。

その一つは人間とは相手が同じ人間である場合その外見で判断してしまうということである。

ある部分では人間の外見とはその者の内心をこれ以上に表現してしまうものはない。だからある相手に対して敵意を抱いている者に対してある相手自身はすぐにそれを見抜くし、嘘をついている時の表情というものは、真実を告げている時の表情以上の説得力を持つことはあり得ない。

しかしそういう意味での外見ならいざ知らず、もっとその人間の骨格とか人相とかそういうことになると、その者の内心の本質を必ずしも百パーセント示しているとも言えない場合もかなりある。

しかしにもかかわらず人間は外見の、特に美観に囚われてしまう。そのことを茂木健一郎氏は「化粧する脳」においてかなり意識的に記述している。そしてその顕著な例としてかつてエレファントマンと呼ばれて映画化された実在人物についての記述において示そうとしている。

要するに人間とは自分にとって選好性(特に社会生物学(進化心理学)者たちが多く使用する概念である)から逸脱する人相や顔立ちの人に対してなかなか「人を外見で判断してはいけない」と思うことが難しいのである。それは公的な場ではそうしようと決意しても、私的な部分では執念深くその思いを温存させることからも明白である。

しかしもう一つの思い込みはもっと執念深く、厄介で悪質でさえあるが、克服がずっと難しい。それはある意味づけをしてしまったものを、その意味づけ以前の状態へと戻すことの困難さである。

そのことをまざまざと見せ付けてくれた出来事こそ菅家利和氏の刑務所からの突然の釈放であった。菅家氏は十八年前の足利市幼女殺害事件の犯人として日本初のDNA鑑定であるという捜査当局の触れ込みがあったために、菅家さんが釈放後のインタビューで述べられていた「決して許すことが出来ない」と言われる(それは当然であるが)刑事たち自身が、相手は凶悪犯であるから心して捕まえ、心して取調べをする必要があると任務に忠実にそう思っていたのだから、「自分や自分の家族に対して謝りに来て欲しい」と菅家氏が主張されたとしても、恐らくそう容易には誰も謝罪に来ることなどないだろう。

何故ならある菅家さんがご出演されたワイドショーでレギュラーの著名なタレントが「菅家さんをお近くで拝見した時私はこの人はとても人を殺せる人ではないと思いました」と告白していたが、実際それは刑務所から釈放されたからこそそう思うのであり、逆にその時そう思えるということは、氏が釈放されるまでは恐らく他の多くの国民同様凶悪犯であるという思いを拭い去ることが出来なかったということを示してもいる。事実私も例の45歳時の氏が連行される映像を見ては凶悪な犯人らしい風貌であるとそう思い疑いを差し挟むことがなかったのである。つまり人間はある言説、それが例えば「この者が凶悪殺人犯である」という説明を一旦与えられると、その指示を与えられた写真や映像の人に対して普段そういう説明を与えられていない場合にどういう反応(選好性的な意味での)をするかにかかわらず、その説明によって意味づけされたバイアスに従って判断するということである。「そう言われると人相が悪いわね」とそう思い込んでしまうのである。しかもそれが日本初のDNA鑑定であったという科学の進歩に対する妄信と捜査当局の威信だったのだから尚更である。従ってそれを誤っていると主張することはかなり佐藤弁護士たちにとっても困難な道のりであっただろう。ともあれ私はそういうこともないと思うが、もし菅家さんと対話する機会に恵まれたのならそのことを謝罪したいと思うが、そういうことがない限り私は氏に態々謝罪していくことなどないと思うからである。

この種の司法と科学の過ちはその進歩に対する過信と、権威を守ろうとする意識がなした集団的犯罪であり、全ては責任転嫁の極度の形態を示している。それは人間とは通常自分にとって関係のない事態に対しては静観するという態度を、とりわけそれがニュース映像などに関しては決め込むということである。冤罪とはそれを冤罪であると主張しない全ての権威随順者たちによる集団的犯罪なのである。そしてそれを誘引することとして顕著なこととは、安易な顔つきや人相に対する個人的な選好性という殆ど理性論的には根拠のない判断があることだ。しかしこの直観的判断を全く私たちから取り除いたのなら、その時私たちは自己防衛の一切の能力を奪われることにもなるから、万に一つそういう誤りがあったとしてもその能力一切をなくすことが出来ないということが最もそういう誤りを発生させることの前の困難として立ちはだかっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 4日 (木)

説明原理が立ち上がるということとクオリアと意識、あるいは新たなそれら

6月4日

前回には理性的行為がなされることが実利的ではない結果を招聘する時、理性的判断が実利的行為を誘引するように心がけることで結果論的に理性が遂行され得るようなケースについて考えた。今回は再び前々回の問題に立ち戻って、意識やクオリアとはどういう風に捉えられていくのかを考えたい。

意識は覚醒していて睡眠していなことを指示するために儲けられた説明原理である。そして「私」は意識が私自身にも同一性を求めて、と言うより殆どそれ以外には無いように信じて、そう言っているのだ。「今」はその「私」が意識している、と言うより何かに注意が向けられていること自体を時間論的に把握した時に立ち上がるに過ぎない。それらは共に同一性と自‐他の相関を理解し証明するために自然と立ち上がる説明原理なのである。

例えば私は敢えて「私」を持ち出さなくても常に私であり、私は常に何かしている時は「今」を持ち出さなくても常に今ここにいることは自明である。にもかかわらず私たちは「今ここ」であることを特化して考えたくなる。

だが私はその全ての私に関する事実を他者の存在によって相対化せざるを得ない。つまり他者の存在が私を「他者ではない」と意識させる。しかしそう意識させるのも私が他者との間に何らかの約定として何かを説明する能力を備えているからだ。つまり指示も名辞もその説明能力が理解させている。つまりそもそも何かを理解するということ自体が自己内の自分に対する説明能力の内的な行使以外の何物でもない。

しかしこの説明能力の行使はその多くが二分性(デュアリティ)によって誘引されるが、これがクオリアや意識を切実なものとして立ち上げてもいる。

つまり説明原理を立ち上げること(立ち上がることが私にとってであるが、それは私の身体的能力でもあるし認識的能力でもあるから恣意的なものとして明示する)→説明原理の常套化→クオリアや意識の特化→その特化自体の説明原理への還元→新たな説明原理を立ち上げること→その常套化→新たなクオリアや意識の特化→その特化自体の説明原理への還元・・・・・・。その反復である。

 勿論その都度の説明原理も意識もクオリアも差異が備わっている。つまりドゥルーズ的に言えば、差異と反復においてこれらは条件づけられている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 2日 (火)

理性と直観

6月2日 夕方

何かするとしよう。その行為が果たして理性的な行為であるかどうかはどのようにして考えればよいのだろうか?

例えば若い人が大股で電車の椅子に腰掛けていて、つめればあと二人は十分座れるのに、その人のお陰で近くに立ったままでお年よりが座れなくなっている場合、その人に注意すべきかどうか誰でも考え込むだろう。

しかしその人に注意してその人が注意した時の態度に対して逆上して周囲に憚らず大声を張り上げてしまったとしたなら、その人に注意した行為は決して結果論的には効果的な行為ではなかったことになる。勿論悪いのはその人であることは承知の上でである。

理性的行為とは、それ自体いいことであるのか悪いことであるのかとは関係なく、それが理性的行為であるかどうかということ自体が結果論的に語られる時確かにある行為が好結果に結びつくという効果覿面であるかどうかということに大きく依存しているように思われる。

つまりどんなに考え抜いて出した結論でもいい結果に結びつかないような行為を理性的であると呼んでよいのだろうか?

つまり先の例で言えば、若い人の態度は確かによくない。しかしその場においてその者に注意してしまったが故に逆上したその者によって周囲の誰かが危害を加えられたのなら、その注意するという行為は理性的判断に基づいていたにしても、決して効果的なことではなかったのだから、当然注意して聞くようなタイプの者であるかどうかを判断することにおいて適切ではなかったということにならないだろうか?

つまりある行為が理性的であるかどうかということにおいて仮に理性的であることがある場合に正しいとしても、その行為がいい結果に結びついた限りでその理性的行為は遂行する価値があるとは言えないだろうか?

つまり理性的行為によって齎される恩恵がどのように達成され得るかということに対する判断の適切性という要するに直観的な類推がこの場合重要となってくるわけである。

するとあまり理詰めでは考え過ぎず、勘を働かせて即座に判断することが求められるということもまた判断論的には真理であることになる。

つまり熟慮したからと言って好結果に全て繋がるとは限らない場合もあるということである。

しかしだからと言っていつもそのように結果ばかりを気にしていて一切の理性的行為を差し控えることだけが正しいとも言い切れないということも言える。そこが極めて難しいのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 1日 (月)

思い出と価値

6月1日

ある思い出がある。それは固定化されていていつまでたっても変わらない。変わるのは自分だけ、ということがある。

しかしこれは嘘である。

何故なら自分が日々刻々変わっているのに、思い出だけが変わらないように思えるというのは、変わっている自分にとっていつもその思い出だけが変わらないように思えるように思い出の方が常に変わっているからである。もし自分の方はどんどん変わっていっているのに、思い出だけが変わらないのだとするなら、思い出として記憶されていること自体に対して我々は日々刻々、その印象を変えている筈だからだ。

つまり思い出とは常にその意味を変えることによって変わっていく自分に対応させているだけである。つまり自分が変わるということを知っているから私たちは無意識の内に「変わらない価値」として思い出の方を美化しつつ「変わりゆく自分にとって変わらないように思えるように変えている」のである。

これは私たちが自己同一性というものに価値的に取り付かれているからに他ならない。そんなものはないのだ、と言い切ってしまえば一切の社会的責任を追及する術を我々は失ってしまう。しかし少なくとも外部的状況に対応するために我々は固定化した自己同一性を保持していく必要があって、自己同一性などないということは哲学者たちの想念に任せておけというわけである。

しかし時として我々は念頭においておいた方がいいことがある。それは個人的であると思えること、つまり誰にも踏み込まれないような領域にこそ実はかなり大部分において他者とか、社会の掟とかが忍び込んでいるということである。

だから思い出もそうである。我々は記憶されたことの実存を真に問うことを怠りながら実は「変わらない価値としての思い出」に縋り付いて日々刻々他者や社会の掟に自己を縛っているのである。記憶されたことがどんどん過去へと遠のいていくのに変わらない価値があるように思えるのなら、それは端的に「生きているということはそれだけで価値である」という思い込みが我々にあるからかも知れない。

しかし私は敢えてこう言おう。生きていることは確かに価値かも知れないが、価値があるとかないとか問う余裕があるくらいなら、何かしている、そのしていることの是非を問わない方がずっといいかも知れない。没我とか、忘我とか言う状態を獲得するのではなく、それしか出来ないようになるということが生きていることの価値を問わない理想かも知れない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »