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2009年10月

2009年10月31日 (土)

日本人、あるいはアウトローの系譜①滅びの美学

 前回までの「言葉・時代・世相」において私は日本人の言葉をなし崩し的に軽視するムードを魔女狩りと中島氏や竹中氏が言っていることを引き合いに出して、批判的に書いて来た。これは偶像崇拝的逃避である。

 しかしこの偶像崇拝的逃避の心理は惰性的な保守主義にも転換し得るも、実際日本の歴史においては突発的なアウトローを多く生んできたという要素もある。その中にはいい意味でも悪い意味(善悪的区分け、そんなものがあるのだろうか)でもヒーローを生んできたと言える。だからそう単純ではない。日本とはライトウィング、アナーキスト、レフトウィング全てに突発的なアウトローを多く生んできた国である(大体、卑弥呼も親鸞も同じ日本人なのである)。それは一大人気を獲得する坂本龍馬に対して贔屓してきたのと同じくらいに新撰組を贔屓してきたこととか、四十七士を贔屓にしてきたことと関係がある。

 古くは寧ろ敗者的美学に、それはただ単に判官贔屓とかそういうことだけではなく、謀反者にある種の魅力をずっと私たちは感じ続けてきたとも言える。源義経がそうだし、源義仲(木曽)がそうだし、新田義貞とか、山中幸盛(鹿之助)とか、要するに最後は敗退していった武将とか英雄に特別の感情を持ち続けるというところがあるように私には思える。

 勿論宮本武蔵のように最後まで破られなかった人もいるにはいる。そして彼もまたヒーローである。しかしやはり生き方というレヴェルではアンチヒーロー的な存在であると言っていい。

ところで武蔵が巌流島で佐々木小次郎を打ち破った年は、諸説あるが、もし定説通り1612年(武蔵28歳くらい)であるとしたら、その年、由比正雪は七歳だった。彼は紺屋の息子だったから、色々な客たちが出入りしていただろう、その中には武蔵の決闘のことを話していた人もいたかも知れない、などと想像することは実に楽しい。彼が軍学者である楠木正成の子孫である楠木正辰を知り合うのは17歳で親類に奉公した先のことだから、あるいはこの武蔵の決闘といったことが何処か彼の深層意識において沈殿していて、正辰の娘婿となって徐々に頭角を現していくことになると考えることも強ち間違いではないのではないか。

 つまりこの当時の日本人は風の頼りという意味では現代のような白けきったマスメディアのやらせ性とは違った意味合いがあったように思うからである。

 また正雪が乱において命を落とした年とされる1651年(彼は1605年生まれ)彼は46歳だったが、それよりも三十年前彼が十六歳の時に益田時貞(天草四郎)が生れ、時貞が十六歳で彼が島原の乱で1638年に打ち破られた時彼は三十三歳だった。つまりこの島原の乱もまた彼に何か心理的な影響を及ぼしているのかも知れない。

 比較的安定した時代において時代を撹乱したようなタイプの人たちとして武蔵、天草四郎、正雪といった人たちは位置づけられる。

 少し時代が下っていって、吉田松陰が1830年に長州に生れているが、彼がやはり七歳の時に大塩平八郎の乱が起きている。平八郎は47歳で死去している。これもまたその後松下村塾を開いて弟子たちを育てた後安政の大獄において処刑されるわけだが、彼の人生に何か決定付けることとなったと考えても強ち間違いではないだろう。松蔭は処刑された時三十歳だった。

因みに同じく長州出身の乃木希典が十歳の時である1859年に松蔭は死去している。坂本龍馬と共に暗殺された中岡慎太郎は松蔭よりも八歳若かった。彼が龍馬と共に刺客によって打たれた年(1867年)希典は18歳であった。当時の十八歳と言えばかなり大人っぽかっただろう。希典が二十歳の時に土方歳三(松蔭より五歳若い)は1969年函館五稜郭において討ち死にしている。そうした出来事は後に自決する乃木の精神に何らかの影響を与えていないとも言えない。

 その後の日本の大陸進出から太平洋戦争を誘引することを決定づけることに暗躍した大勢の人たちがこの後続々と生れている。乃木よりも十歳若い荒尾靖は1859年に、それより少し早く頭山満が1855年に、そして杉山茂丸が1864年に、北一輝は1883年、正力松太郎が1885年に、そして甘粕正彦が1891年に生れている。

 乃木が自決した年は1912年だからその年に荒尾は五十二歳になっていたし、頭山は五十七歳、そろそろ頭も禿げ上がってくる年である。杉山は四十八歳、北は二十九歳、正力は二十七歳、そして甘粕は二十一歳ということになる。

 そう考えていくと日本史において何か年代論的な意味で、あるいは時代とか世相ということにおいて奇妙な前後関係的な符号性があるように思えてならない。

 荒尾は1896年に台北で没し、頭山は終戦の前年、八十九歳に御殿場で亡くなっているし、杉山は七十歳の誕生日を約2カ月先にして六十九歳で死去している(1935年)。その二年後に盧溝橋事件が起きている。北が刑死したのがその年である。盧溝橋事件は37年の七夕に起きているから、その約一ヶ月後の8月19日が彼の命日である。甘粕は終戦の終戦記念日である15日の五日後の20日に自決している。

 ごく大雑把に日本史における突発的な滅びの美学を年代的な符号性から見てきたのだが、何せ私は日本史家でも、歴史家でも、ましてや学者ではない。そこで感覚的にしか現在までのところ捉えられないのであるが、何故か幾人かの戦後を代表する人物にこれらの敗退者的立場を運命論的に背負った時代の仇花的存在理由と共通したイメージを見るのである(昭和の右翼の大物は比較的長く生きているが、そのことは彼らの存在が仇花的であることを止めない)。勿論中世と近世、明治期から現代とはいささか時代的には異なった状況とか背景があることは分かっている。しかしそれでも尚ここには日本にしか見られないある種かなり特殊なタイプの行動パターンがあるように私には思われるのだ。

 このシリーズは少し長く続行させていきたいので、今回は概略的にだけ述べておく。一つは日本戦後史を彩る幾つかのスポーツ選手たちに見る滅びの美学である。例えばボクシング、プロレス、野球、ゴルフといった選手たちの何人かを考えてみたいし、それ以外では政治家、そしてミュージシャン、お笑いタレントたちを考えてみたい。

 この滅びの美学において一方では強烈なファン層を獲得しているのにもかかわらず、大嫌いであるという人も大勢いる存在を考えてみたい。例えばそれは小泉純一郎氏、北野武氏、坂本龍一氏などである。

 

 尚、乃木希典に関しては司馬遼太郎氏による「殉死」という傑作がある。この本には思い出があって、私が二十一歳の時あることで死にかけたことがあって、病床に十九年前に死去した私の父がこの本を読みやすいということで持ってきてくれた。私は殆ど一気にこの本を読んだ記憶がある。父の死去後最近書斎からこの本を取り出して私の自宅に持ち帰っているので、今度時間のある時もう一度ゆっくりと読んでみたい。この時ジャン・ジュネの小説「薔薇の奇跡」など二冊、そしてサルトルの「聖ジュネ」も父に買ってきて貰い貪り読んだ記憶があるが、またもう一度これらの本も読み直してみたいと思っている。

 それにしても死にかけている状況でよくこのようなタイプの本を貪り読んだと思う。

 私にとって元来それほど日本史は得意な分野ではなかった。しかし私たち日本人はどんなにカントやヘーゲル、ニーチェ、フロイト、フッサール、ウィトゲンシュタイン、ハイデッガーなどをドイツ語の原文で読んでもドイツ人にもオーストリア人にもなれないのである。ベルグソンやサルトルをフランス語で読んでもフランス人にはなれないのである。そのことを日本の学者諸氏はどうお考えなのであろうか、と常々私は考えているのである。

 そして私はそういった日本のインテリと呼ばれる学者先生たちの固有のスノビズムに対してある種の反発心もあって、このブログでは他のものとは全く違うスタンスで論説していこうと考えたのである。それは日本人として生まれ、日本人として死ぬ以外の選択肢を持たない私自身の立場から見た日本人像ということである。だからある時には日本人もまた国際的視野に立たなければならないと思う意図で書いて来たし、これからもそういう視野も大切にするつもりだが、私自身の中にナショナリティもある。そこが私自身、例えば中島氏とも違うところなのである。勿論氏にも日本人であるという、そういった部分はあるだろうが、私から見ればやはり少し違うのである。それは日本人を例えば中島氏は上から目線で眺めておられるのである。そういったところが氏は学者先生なのである。私は中島先生のようなお立場の方から見れば大衆そのもの、言ってみれば氏の言われるマジョリティの立場からしか日本人を見ることが出来ないということなのである。それは、そう、恐らく私の作家的感性における直観的日本人像なのである。

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言葉・時代・世相③

 日本人は言葉を自分では持たない。これはそうすることでお上というものを確固とした前例なきもの排除主義を作ることに多大の貢献をしている。つまり東大官僚、私に言わせればこのブログでもよく登場する全ての東大出身学者(それでも彼らの持つ影響力は少なくとも若者にとっては爆笑問題よりも小さいとは言えるが)たちを雲の上の人に仕立て上げている。自分の言葉などエリートにしか持てるものではないし、持ってはいけないという不文律がこの国には支配している。だから私のように東大出身のエリートでもなければ、格別の称号、例えば博士号とかそれに類するものを持たない人間が自分の言葉で語ろうとすると、途端に狂人扱いする。

 マスコミやマスメディアとはごく一握りの指導者層、管理者層によって全てが決定されている。だからこそネット社会ではもっともっと自由に皆は意見を言っていい筈なのである。言葉は確かに面倒臭いところもある。しかしある意味ではごく一握りの文化人とか教養人たちが出版界を殆ど独占している。しかしその全てのパワーもテレビなどによる売れっ子タレントやコメンテータほどの影響力もないというのがある意味ではこの国の実情である。つまりマスコミやマスメディアで目立つことが即この国の世相とか時代のムードを決定しているということそのものが実はかなり危険だし、恐ろしい。魔女狩りのようだという意見は竹中氏も中島氏も述べている。私自身は必ずしもこの二人に対して好意ばかり抱いてはおらず、かなり批判的な眼差しも持っているのだが、日本に蔓延するこの異様な自分の言葉を持たない主義にはこの二人に対する批判さえ一旦止めて協調しなければ、とさえ思えてしまう。

 この自己による言説を大事にしないということは一体文化的な様相としてはどこから来るものなのだろうか?太古から日本人がそうであったとは私には思えない。

 それは恐らく戦後民主主義以降なのではないだろうか?つまり歪んだ形で摂取した民主主義において自己言説圧殺主義を形成したものとは、かつてそのことを言ったがために辞めさせられたある大臣の謂いではないが、ある教育関係の組合なのではないか?

 それに文部科学省、文化庁といった官僚たちではないだろうか?それは文学に対する日本人のスタンスや芸術や音楽に対する固有の歪な形でのスタンスを生んでいる気がする。

 その一つは歪んだ教養主義、そして未然に青少年の犯罪を抑止するような予防措置的保守主義、官僚的お膳立て主義などである。つまりこの国ではそつなく何かをこなすことが求められていて、率直に言って冒険心を持ってはいけないし、野望とか野心を持ってもいけないのだ。そのことを助長してきたのは、今挙げた私が協調しようと言った著名人をも含めた団塊の世代である。出る杭は打たれるという不文律ほどこの国を歪んだ形で規制させているものはない。要するに夢のない国民にしてしまったのは、官僚だけではなく全ての公務員たちである。この公務員という語彙は、恐らく放送局の職員から、民放や新聞社の社員たちも含めてよい。彼らには自己言説自体を持つことが許されていない。要するに完全に常にいつの時代でも一握りの指導者層、経営陣、株主たちの意見にのみ追随してきているのだから。

 その証拠に相撲審議会とか野球連盟とかそういう組織において重要なポジションにいる人は限られているし、幾つもの組織に名前を連ねている。勿論そこに旧態依然的政治家たちも含まれる。

 あまりこんな過激なことは言いたくはないのだが、敢えて固有名詞を挙げるまでもないくらいにそのことを皆知っているのに、誰も異を唱えようとしない。もうはっきり言ってこの国は上から押さえつけられているだけの雰囲気なのである。だからそういう部分では幾ら政権交代をしても、それは表面的なことでしかないのではないか、という絶望感が多くの民間には蔓延しているのではないだろうか?

 その典型的な日本人の考え方は、端的に実力のある指導者層とか経営者層に思い切った権力を対個人としては付与を絶対にさせないという不文律である。つまり一切が友愛(どこかで聞いた語彙だ)主義であり、協調主義なのである。横の歪な連携プレーなのである。互助的なのである。競争とか切磋琢磨はこの国では少なくとも経済レヴェル、意志決定レヴェルではいけないことなのである。そこから真にフェアネスの精神が育まれるのだろうか?

 私は早くこの国が一部の毒舌的文化人や教養人自体を批判することが出来るくらいに自由になっていって欲しいと思う。本当はそういう人たちと協調したくなんてないのだけれど、どうしても羊のようにミーク(meek)な節度ある態度だけを愛する国民性なので、私のように自己の言葉を持ちたいと願っているタイプの市民が浮いてしまうのだから。

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言葉・時代・世相②

 今日午前十一時から一時間の番組である「週間ニュース新書」における竹中平蔵氏のインタヴューーでの指摘は興味深かった。そしてその中でもとりわけ政治家の中で政策がぶれない人が二人いる、と、その二人は小泉純一郎氏と亀井静香氏である、と。全く相反する政策であるこの二人を挙げるところがなかなかの着眼である。そして要するに民主党政権自体が全く相反する考えにおいて司令塔が不在であるという意見にも頷ける。

 小泉政権において真に負の遺産であるのは後期高齢者医療制度と障害者自立支援法であろう。しかしデフレ対策とか官から民への移行という考え自体は間違いではなかっただろう。しかし今の政権では郵政民営化見直しにおいて政策がぶれていることは否めない。つまりたった三人で切り盛りしている国民新党に振り回されているということである。その竹中氏の指摘に対して田勢康弘氏も共感していた。今の政権は、手足はよく動いているが、頭がないという指摘も興味深い。しかし竹中氏は可能性も見据えていた。

 さて経済成長自体はやはり明確な政策をするべきであり、竹中氏の指摘のように前原国土交通大臣のハブ化などは目を見張るものがある。問題なのはやはり言葉の問題だろう。

 例えば今回の選挙結果自体は確かに自民党を一回下野させたという一定の意味があったと思う。それくらい自民党自体が小泉構造改革以降ぶれてしまったからだ。

 しかし一番問題なのは政権交代とか、政治主導といったキャッチフレーズ自体が一人歩きしてしまい、要するにその内実的な査定を国民全体が担っているような状況にはないということだ。それでいて現在三百議席以上獲得している民主党はそれだけでも独裁的傾向を強める可能性も十分にある。つまりそれに対する批判勢力とか、批判的スタンス自体を一定程度育んでおかないとやはりそれはそれでかなり片手落ちであろう。つまり付け焼刃的な福祉政策が一定の将来的展望へと結びついていかなければやはりそれはそれで危険である。一度徹底的に日本を共産主義国家にしてしまったなら、いっそかなりいいことかも知れないとさえ思えてくる。また増税をすることを本当に国民に対してコンセンサスを求めているようにも現政権は見られない。

 でも以前も言ったが、そのように安定さを欠いているということ自体は、ある意味では批判勢力を温存させていくという意味ではいいことかも知れない。まあもう少し見守っていく積もりで私もいるのだが、実際今の民主党政権が本当に真価を問われるのは、政権発足後約八ヶ月ではないだろうか?つまり来年の四月の終わりくらいから5月くらいまでに一定程度の景気回復、あるいは国民の平均収入が増加していないとなると、野党だけでなく国民全体がざわついてくる気がする。実はそれは先頃ノーベル平和賞を受賞されたオバマ大統領にも全く言えることなのである。受賞と言う事実に対して冷ややかに見ているアメリカ国民はかなりに登るだろうと思う。

 中島義道氏の「人生、しょせん気晴らし」において「言葉は人を傷つけるから私は絵を描いていく」と哲学をやめていった塾生のことについて氏は触れておられるが、絵は確かに言葉のような意味では人を傷つけない。つまりもっとそういう意味では無力だからである。しかしその無力さを言葉はもっと学ぶべきかも知れない。つまり実(まこと)しやかな言説自体が飛び交っているが、それは私たち国民一人一人の実利ではなく、あくまで政治家とか官僚とかエリートたちにとっての実利である。だからこそ冷静に彼らの言説を見極めなければ私たち自身がとんでもないことになる。つまり言葉とは触れ込むことではなく、私たち一人一人が武器として利用すべきものである。それは必要な時にだけ利用すべきものである。しかし前回の記事でも触れたが、言葉はある意味ではそれ自体一人歩きし過ぎてしまっている。爆笑問題は確かに才能豊かな言葉の才能の人たちであるが、かなりデマゴーグ的な影響力を若者に与えてもいる(特に反米感情を煽っている)。しりあがり寿氏は茂木健一郎氏との対談(「笑う脳」より)においてお笑いの芸人とか落語家といった人たちが政治にかかわってはいけないというようなことを言っているが、それは正しいであろう。笑いは茂木氏によると、この世界で男性が闘争的、攻撃的役割を担ってきたことの解毒剤として作用しているのだそうだが、それはそれだけ笑い自体が毒にも薬にもなるということである。そして女性の方が笑いに関してはクールであるらしい。それも頷ける。

 要するに格差は確かに開いたし、竹中氏にも小泉氏にも責任はある。あるいはそれ以降の三人の首相たちにももっと責任はある。それに自殺をする人がこれだけ多いということも重大な問題だし、派遣社員の首切りも問題である。だがやはり一番問題なのは、一々の言説に振り回され来た私たちの言葉に対する慎重でなさであろう。言葉はかなり強大な力があり、危険なものなのである。特にマスコミにまるで自然のように飛び交っている安易な言説である。そのこと自体に批判的であるということが大事だと私は思うのである。

 美術はお金がかかり過ぎるし、絵も依然として高過ぎる。これはもっといけない。私は景気が戻るまでは絵は描かない。絵を描くということは余程の才能の者のみ許される行為だろう、特にこういう時代には。私が見る限りそれだけの価値のあるアートは現時点では一つもない、と言ってよい。確かに言葉よりも安全である部分はアートにはある。しかしアートはやはり権威主義と見栄を作るものでもあるのである。つまり安易な価値評定という言説が飛び交うことによって、関係者全員に権威主義を付帯させてしまうのである。

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2009年10月30日 (金)

言葉・時代・世相①

 私たちの生活上でマスメディア自体が流行させた言葉によってある時代が語られるということがある。例えばコムスンやウェルグッドにおいて問題化された例の社長によるお立ち台で有名になった「ジュリアナ東京」はしかしそれ以前に「マハラジャ」という存在があったと言う。そしてパラパラが言葉としては流行った。

 それより二十年くらい遡ると、シェー(「おそ松君」より赤塚ギャグの最先端だったイヤミの十八番の台詞。ジョン・レノンがビートルズとして来日した時に加山雄三の前でしかとかしないとか)、教育ママ、ボイン(月亭可朝が懐かしい)、わかるっかな、わからねえだろうな(松鶴家千とせ のギャクの台詞)、少し飛んで八十年代初期の「殆どビョーキ」という言葉、例の江藤淳が否定した語尾の癖である「じゃないですか」(NHKの上田早苗アナウンサーがしきりにこれを言っていた)、最近では「空気が読めない」(YK)、私は最近「なので」と言う接続詞が流行っていると思っているが、以前よりも使用頻度が高くなっているのではないだろうか?私はだから敢えて「ですから」とか「よって」とか「従って」を使用することにしている。皆と同じ謂いをするのは、あまり創造的であるようには思えないから。

 要するに広辞苑にかつてこういう言葉も遂に載るようになったかと言われたものとしては「だめもと」「ださい」「ダントツ」などである。これらはあまりにも大人から青少年から子どもまで普及しきってきたので、敢えて加入したのであろう。そういう意味ではどんどん日本語は変わってきている。そして「ら」抜き言葉自体も、もしそういう言い方を遠慮する人たちよりも使用する人たちの方が多くなっていったなら、別に文法自体を改正したったいいと私は考える。

 中島義道氏は「凄い大きい」という言い方は文法的にはおかしいから「凄く大きい」と書くべきだとしているが、私は確かにエクリチュールの際にはそれが正しいと思うが、これも喋り言葉においては何ら不自然ではないということの方が使用頻度として大きくなっていったなら、改正して「良し」としても差し支えないと考える。

 要するに言葉とはある意味ではかなり時代とか世相によって影響を受ける。例えば言語学者の大野晋氏は「来ない」というのを「こない」と言う人と同じくらい「きない」と言う人が多くなったのならそういう風に文法を改正してもいいとまで述べられている。事実そういうタイプの変化を気にしない人も大勢いる。

 70年代のCMに懐かしさと郷愁を感じる人にとって「オオ、モーレツ」とか「のんびり行こうよ、俺たちは」とか、あるいは「巨泉・前武のゲバゲバ九十分」をご覧になっておられた方にとって「あっと驚く為五郎」辺りは印象的ではなかったか?だがハナ肇の次の流行言葉にしようとした奴は頂けなかった。

 因みにゲバゲバとはゲバルトとか内下ゲバとかの語呂から採用していて、小林信彦氏の命名だそうである。そういう観点からすれば茂木健一郎氏は氏自身の命名ではないが、「アハ!体験」とか「クオリア」とか「偶有性」といった語彙をすっかり日本に定着させた。

 正岡子規は全ての野球(この言葉は勿論)用語を定着させたわけだから、日本人にとってその時代に受けている文化人とか、最新鋭のインテリたちによる言説はある意味では後世から「ああいう語彙が流行った時代だった」ということになる。最近ではホリエモンによる「想定内、想定外」が懐かしい。するとやがて「政権交代」とか「政治主導」という語彙も「抵抗勢力」とか「突合」とかと同じように過去の言説化していくのであろう。

 私自身は中島義道氏の「感性のエゴイスト」とか永井均氏の「<私>」とかも入れたいところだが、依然一部の人からだけの支持であることは免れないであろう。

 「気配りのすすめ」とか「声に出して読みたい日本語」などもある一時代を画した語彙と言っていいかも知れない。両方とも語彙そのものも言った人もあまり好きではないけれど。

 言葉が時代とか世相を映すということは、「ええじゃないか」とか「文明開化の音がする」とかが日本でかつて大流行りしたことからも、日本人の言語感覚的DNAに合致しているのであろう。四文字熟語的世界が定着していったのは明治以降よりは少し早い江戸期かも知れないが、大宝律令とかかなり古い時代から日本人は四文字熟語の語呂が好きだったようだ。

 つまり流行現象というものさえ、実はかなり用意周到に仕組まれたお上による伝統的な文化コードである可能性もかなりあり得る。例えば戦後世代にとって懐かしい「ビフテキ」という語呂、あるいは今ではすっかり死語となってしまった「原っぱ」あるいは「ライスカレー」といった響きは、「Always 三丁目の夕日」などの映画がヒットすることになって再び人々の意識の俎上に載せられるかも知れないし、ゴア氏による「不都合な真実」とか元大統領クリントン氏による「不適切な関係」といった語彙もある種の懐かしさを伴った英語のnot appropriate inconvinient truthといった形で語彙化されいくかも知れない。また数字では古い世代にとっては12.8、最近のことを知る世代にとっては9.11などは固有のイメージを発散し続けるだろう。それは日本国内的規模のラングと、そうではなく世界的規模のものが共存してこの国でもずっと言われ続けていくだろうという予感がある。

 いずれ西洋とか東洋、あるいは欧米とか日米、IT化社会といった語彙、あるいは既にそうなりつつあるヒッピーなどという語彙そのものが「それ一体どういう意味?」と孫たちの世代によって聞かれる時代も来るだろう。「クルクルパー」などといった語彙も私が幼少の頃はあったし、「けちょんけちょん」という現代では差別用語的ニュアンスがあって言われなくなった言葉もあった。「バラバラ事件」とか「通り魔殺人事件」といった犯罪タイプを示す語彙もまた徐々に全てが移行していくのであろう。次の時代において本当に定着していく語彙自体を占うということもまた、それなりに楽しいことかも知れない。

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2009年10月29日 (木)

整理について

 今日は整理について考えてみたい。とは言っても私はお世辞にも整理が得意な方ではない。何故ならいつもあまりにも部屋が乱雑になっていくので、時々思い立ってすっきりとさせたいと願い、部屋を片付けたいと思って付け焼刃的なだけの整理をするのだが、一旦少し整理されたと思うと、もうそれ以上徹底的に整理するのをやめ、次第にまだ元のように散らかっていくのであるから。

 哲学者の中島義道は二十畳以上ある広い部屋に一万冊くらいの本も巧く整理して、どの本がどこにあるかを即座に理解しているというから整理の名人なのであろう。そう言えば氏の本での文体とか文章全体もよく整理されていて、いつもすっきりと明快である。恐らく永井均氏も整理が得意なのではあるまいか?

 私が哲学対話をする相手であるK氏のご自宅に訪れたことがないので、彼のことは分からないが、彼と知遇を得たきっかけとなったある英文読解のサークルの長だったケミカル関係の元会社員も整理の名人だった。どの本がどこにあるかとすぐに分かるようにしておられた。

 若い頃一時期親しくさせて頂いた現代アート作家の原口典之氏は天才的な整理の名人である。氏は自分が作品を作るための工具から、自分のあらゆる所有物を巧く配置して、仕事しやすいように、部屋全体を寛ぎやすいように設える天才である。

 故・池田満寿夫氏は晩年にはなかなか整理が上手になっていたようだが、若い頃から中年に至るまでは整理があまり得意な方とはとても思えなかったし、茂木健一郎氏もまたご自身の本の中で整理が下手であると告白されている。そう言えばこの二人、そして私も髪の毛を見ればとても整理の名人であるとは思えない。

 しかし整理とは勿論部屋だけではない。部屋の整理が基本であることは分かっているが、やはり情報の整理ということが現代社会では特にビジネスでは求められる。

 あるいは生きていくこと自体が整理をしていかなければならないと言える。ドイツには「人生は整理である」という諺があるそうだが、要するに人間関係さえも整理していかなければならないのだ。

 つまり本当に必要なことと、あまりそうではないことを区分けしていくということが人生全体に求められているのだ。

 しかしこと人間関係ということになると、あまり理路整然に整理し過ぎないことの方に魅力がある場合も多い。例えば漫画家で昨年亡くなった赤塚不二夫氏は明らかに人間関係対人関係を整理したくはないという感じであられたようだし、画家の平賀敬氏もそうであったと最近あるギャラリーで知遇を得た壮年の画家が言っておられた。

 あるいは借金に借金を重ねて生きるような生き方をしている二進も三進も行かないタイプの人生の人さえある意味ではそれはそれでそういう生き方があったって、いいと思う。それはどうせ人間はいつかは死んでしまうからである。少し中島義道氏的な言い方になってしまうが、本当にそうである。どういう風に自分の部屋を整理するかということがその人独自の仕方とか個性があるような意味で、実は自分自身が摂取しなければいけないと思う情報内容の摂取、つまり整理の仕方から、対人関係、人間関係的な整理の仕方というものもまた、その人独自の選択であり決心なのであるから、他人からとやかく言われる筋合いのものではないのだ。

 例えば旅行に行くとして、どういう日程でどういう場所を訪れるかということに対する決定とか選択もまた一つの整理の仕方である。つまり時間の使い方自体が一つの大いなる整理であり決心なのである。

 モーツアルトは34歳で亡くなったし、ショパンも37歳で亡くなった。ガーシュウィンも39歳で亡くなったいるから、そのように夭折の天才にとって音楽創造をしていったということ自体が時間を有効に使いきったということだろう。だから本質的には若い人であれ、未だ私は若輩だからとかそんなことを悠長に言っている暇はないのかも知れない。だっていつ死ぬか誰も分からないのだから。

 そういう意味では整理とは整理自体が仕事の人も(世間での大半は整理自体が仕事である)クリエイティヴな仕事に携わっている人にとっても等し並に脳内整理をしていることである、と言っても過言ではない。今日どういうことをして、それらが終わったら次は何をしようかということに対する予定を立てたり、決定したり、あるいは何か不測の事態に見舞われ即座に変更をしたりする機転自体が、人生全体を整理している、と言っても過言ではないのだ。

 あるいは哲学や言語学、あるいは自然科学の各分野、数学など学問全般に至っても、それらは実は全部整理の仕方自体が理解することであり、アハ!体験なのであり、要するに把握することから、他人に説明することから、今の自分の実力を知るために理解するために論文を纏めること、今こうして私がブログに文章を書いていること自体も、全部整理することに他ならない。だから「これでいいのだ」と言って全ての人を拒絶せずに、反体制であると声高に一切叫ぶことすらなく、しかし生涯を整理などしなくていいというような態度であっけらかんと貫かれた赤塚不二夫氏は実は本当の意味では整理の大天才だったのかも知れない。何故ならあることを整理することが出来たからこそ、人間を誰でも来る者は拒まずでいられたのかも知れないし、また一切整理などしないということに対する決心もまた整理の名人にしか出来ないことかも知れないからである。

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2009年10月28日 (水)

大きな目的、意図、善・小さな目的、意図、善・悪とは非意図的なことである

 私は常々人間にとっての悪とは意図して行うことよりも、非意図的にいつの間にか発動してしまうことである、と思っている。その意味ではホッブスの考えも適用出来るが、カントの根本悪ということも適用出来る(中島義道氏著「悪について」岩波新書を参照されたし)。つまり人間は本質的に悪辣な意図を持って行うことも、それはそれでよくないことなのだが、それ以上に自分がいいことをしていると思っていて、しかもその善意が決してそれ自体は悪いことではないような場合なのに、それらが集積されると一大悪となって顕現してしまうということの内に人間の最大の問題点があるように思われる。

 これは私がしている別の論文ブログ「意図論」(このブログのプロフィールの左をクリックされたし)の少し前の記事に私は、我々は小さな意図をその都度完璧にこなしていると、逆に大きな非意図が発生してしまうと論じた。つまりそれは現在の政府がやろうとしている公務員改革にも通じることである。

 恐らく官僚とはその個々の意図という意味では善良な人々が多いであろう。しかし中島義道氏が常々言っているようにマジョリティの善良さとはそれ自体はそんなに悪辣ではないからこそ逆に曲者なのである。その点でも中島氏は竹中平蔵氏と共通したスタンスを持っている。(河口ミカルの読書日記に掲載しているので参照されたし)

 つまり自分では他者に対して最大限の配慮をしていたり、気を利かせていたりしたつもりが、そういった善意が集積されると途轍もない悪意を全体として生んでしまうということは家庭内で相互に助け合う姿が対外的には悪を発動させるような事例も社会にはこと欠かないということからも明白であろう。つまりそういうような必要以上の他者に対する配慮がかつての自民党を没落へと誘ったのであるし、そういう談合主義、派閥調停型政治に対して終焉させるように思い切ったリーダーシップを行ったのが小泉構造改革だったわけだが、その後自民党はリーダーシップを不在にしたまま政権運営したことが瓦解を誘ったのだ。

 トップリーダーはだから時として全体を取って部分を削減するような思い切った決断が必要である(八ツ場ダムに関してもそうかも知れない)が、そうではない人たちにとって心得ていなければいけないこととは、端的にあまり小さな意図とか小さな他者に対する配慮などに感けずに、ある時にはそれらに対して一切怠惰になるということが求められている。つまりあまり真剣に細かいことに心を砕くことを一切やめること、そして大望だけを重要視することである。

 つまり細かい日常的なことにおいて完璧にこなしたり、他者から点数を稼ぐタイプの成員は、いざとなった時案外役に立たなかったり頼りにならなかったりするものである。つまりここぞという大望とか大きな意図を常に優先すべく小さな一つ一つの注意とか小さな意図をあまり気にし過ぎないということが案外重要である。

 勿論日々小さな努力を怠らないことも同時に重要であるからこのことはなかなか難しいことなのだが、人間は必要以上に他者に配慮し過ぎると徐々にその他者から悪を発動されるということも大いにあり得ることである。つまり尊崇姿勢が権威主義的傲慢を生んだしまうというわけだ。だから二十代そこそこの官僚に対して先生、先生と持ち上げたりすることが官僚に不必要な知恵をつけさせてしまったという意味では公務員改革をしなければいけなくなった日本政治の一番大きな責任は我々一人一人の善意にあると言っても過言ではない。

 人を殺傷したりした場合その犯人を罰すればいい(勿論被害者の親族にとってはそういう単純な問題ではないにしても、社会全体としては)かも知れないが、自分ではいいことをしているつもりの意外と多くの行為が全体としては決して善として作用していないという現実において我々は常に大きな意図、目的、善をこそ優先すべきなのであり、小さなことにあまり拘り過ぎないようにしなければならないが、そのことと日々小さな努力をすべきということと両立させなければならない。つまり小さな努力とは部分部分であまり最大の力を注がないように常に全体を配慮するという知恵だろう。

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2009年10月27日 (火)

旅の計画を立てること

 友人のK氏と共に七回くらい一泊旅行をしてきたが、やはり一人旅は一人旅なりの良さがある。去年の十一月に行った京都旅行はもともとその時が初めてだった哲学者、永井均氏の講演を京都朝日カルチャーセンターで聞くことが目的であったが、今年5月にも氏の講義を聞くために京都へ行った。勿論その際には講義だけでなく京都の観光をその度に兼ねている。二回目の5月の旅行では京都で知遇を得た京都哲学道場なる面々の中でも一番若いある十九歳の青年に色々な場所を案内して貰った。 

 来月の22日の夜、夜行高速バスで京都まで行き、早朝向こうに到着して、その後私は、今回は永井氏の講義等など一切なく(来月の28日に新宿朝日カルチャーセンターにおいて氏の哲学塾があるし、私も参加する)純粋に観光目的でまず初日は大原を中心に訪れ、二日目は5月の旅行で中に参拝することの出来なかった大徳寺と、嵐山方面にある仁和寺(最初の旅で前を通り過ぎただけであった)を訪れ、しかもこれまでは京都で一泊するだけであったが、今回は二泊して、計三日丸々京都へ滞在することになる。最後の日には鈍行で三時間かけて天橋立を訪れることにした。

 高速バスは比較的乗り心地がいい方で、乗車予定日より1ケ月と一日早く電話で予約を受け付ける。今回はすんなりと朝十時過ぎすぐに電話をかけて、往復ともチケットを取ることが出来た。電話で申し込んだ後に今度は最寄のコンビニで発券して貰い、お金もその時に払うというシステムである。兎に角便利は世の中になったと思う。

 これは若い世代の人にはそういう風に便利なことが当たり前になっているから、なかなか分からないだろうが、私が幼少の頃の日本は確かに夢が社会に漲っていたが、兎に角不便だった。第一コンビニなどというものは私が大学生になった頃にようやく出来始めたものだったのだ。勿論携帯電話もないし、パソコンなんて夢のまた夢だった。私が三十歳くらいになった時ようやくビジネスツールとしてパソコンがようやく定着しつつあったわけで、それからの世の中全体の加速度的な便利さの進歩はやはり目を見張るものが、私たちの世代にはあったが、私自身は団塊の世代よりも一回りから十歳くらい年少であり、新人類と呼ばれた世代よりは半回りくらい年長であり、アラフォーとか所謂そういう流行り言葉を一切私たちの世代は享受してこなかった。要するにそういう時代の波自体と常に無縁に生きて来たということである。

 確かに今の若者の方がずっと私たちのような世代よりもパソコンとか新しいツールに馴染むのは早いだろうし、飲み込みもいいだろう。しかし本来こういったコンヴィニエンス自体は全ての世代の人々に対して開かれているべきことであって、第一身体がまだ躍動している若者にとってヴァーチャルな世界よりもリアルな世界の方が本当はずっと学ぶべきことは多い筈だ。だから却って老人のような世代ほどパソコンなども活用する有用性は高い筈なのである。しかし六十を超えた世代では未だにそういったツールに馴染めないままでいる人も大勢いる。これは実はかなり気の毒なことである。

 兎に角便利な世の中になった恩恵で私もまた深夜高速バスで京都に三回目の旅に来月22日から帰宅している26日の早朝まで赴いている。その間は再びこのブログも恐らく休止させて頂く(パソコンを持って行ってもいいが、出来る限り荷物を軽くして行きたいと思っている)が、またその報告を兼ねて色々なことが書けるだろうと思う。

 旅はどういう風な日程で実行するかと考え始めた瞬間にもう始まっている。

 

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2009年10月26日 (月)

傘と猫

私は傘をなくす名人である。例えば午前中雨雲が立ち現れるといそいそと傘を持って出かけ、少しでもぱらぱらと霧雨でも降ろうものなら、すぐにそれを差すが、会社とか何処か出かけたところに置いてある傘立てにそれを差すと、帰りに日が照っていると、その日傘を持ってきたこと自体をころりと忘れてしまい、そのまま傘の所在を巡って何処に置いたのかを忘れてしまうというありさまである。

 しかしそういう風なものだから、当然傘自体に対する愛着のようなものは一切なく、要するに雨を凌げればよいというだけのことであり、必然的に例えば以前あるコンビニに買い物に来た時に恐らく忘れたままになっているだろう、と思い出して、今度はその店へ行くと、自分の傘がどんな風だったか自体を忘れてしまっていて、どれかなと思いあぐねていると店長が私に「そこに置いてある四本の傘皆誰かお客さんは置きっぱなしにしていった傘で、随分長い間誰も取りに来られないものですから、どれでもご自由にお取り下さい。」などと言うものだから好意に甘えてそのまま二つほど頂戴して帰る。そんなこんなで十本くらいの傘がいつも洗濯機の脇に抛り込んである。そしてそのメンバーは時々また私が何処かに忘れて、何処かで誰かから貰うものだから、変わるのである。しかし十本以上にはなかなか増えない。

 そういう体たらくなので、私は傘所有自体に未練がないし、いつも傘なんて全て国民の共有財産にして勝手にどこかの施設とかビルにいつも置いてあって、それを自由に使って、別の場所に行ったら、そこにそれを置くという風な習慣にしてしまったら、どんなにいいだろうに、つまり傘をなくすとか忘れるということに配慮する必要がなくなるから、そう思うのである。

 しかし私自身がそういう風に傘を所有することに執着がないとしても世間ではそういうことが常識にはなっていない以上世間の方に私が合わすしかない。

 しかし世間に自分の流儀だけで全てを押し切ろうとする輩もいて、そのことを村上春樹氏は「1Q84」で描いたわけだ。女性の方の主人上である青豆は私設の殺し屋であり、要するにドメスティック・ヴァイオレンスとかインシスト・タブーをしている悪い奴をこの世間から葬り去ること自体を治外法権的に使命と感じてしている登場人物である。

 私自身あまり好きな小説ではなかったが、そこで描かれているものとは端的に自分の行動に対する判断は終局的には自分でなすしかない、ということで、それをどういうレヴェルで「それがいいけれど、これはいけない」と判断するかということが問題なのだと言いたいのだろう、と私は勝手に解釈している。

 私自身は世間が傘なんていつも誰から借りて、誰かに貸すということだけにすれば、まあ本当に高級な傘を持ちたい人だけが所有をすればいいのであって、後は公共的な所有にすればどんなにかいいのに、とそう思ってもそれは私にとって世間とはこうあって欲しいということだけなのであり、私がそういう自分の価値判断を糧に勝手に他人の傘をいつでも持っていくとしたなら、私は犯罪者ということになってしまう。

 そういう意味ではペットというのは、一旦飼ったのなら、最期まで面倒を見るというのが一応良識ある人間の取る態度であろう。

 私の母は私が未だ大学生の頃に飼い始めた猫をその後17年と八ヶ月くらいの長きに渡って飼っていて最期は老衰で看取った。長く生きた順に言えば、私の母はそれ以外に12歳まで生きた猫、そして父が未だ生きていた頃には野良猫出身だったので、最期は人に看取られるのを忌み嫌い、一匹山に行って死んだ猫は10歳で死に、そしてやはり十歳くらいで血を吐いて死んだ猫(その猫は山で死んだ猫を仇のように思っていた。全部で五匹くらい飼っていた時もあった)も飼ったし、そして山で死んだ猫の娘で最期は交通事故で死んだ猫は三歳半くらいまで生きた(この猫は可愛かった。だから私が近所のおばさんから教えられ猫の遺骸を引き取った時のことは今も忘れられない)。

 今母は七十八歳にもうじきなるので、これから猫を飼うと、本当は飼いたいという気持ちがあるのだけれど、自分の方が先に死ぬ可能性がある、と言って飼うのを諦めている。自分の方が先に死んだ場合、私のマンションは猫犬一切禁止、いいのは鳥だけであるから、駄目だし、私の弟は極度の喘息を持ち、アレルギーだから駄目である。その息子たちも未だ独立するのには時間が大分あり、駄目である。

 要するに今のペットは猫にしろ、犬にしろ、餌が格段に良質となっていて、なかなか死なないのだ。しかもペットのコレステロールとか肥満といった問題さえ出てきている。つまり人間社会と同じような様相が彼らにも見られるというわけである。その内ペットの心身症などということさえ出て来るのかも知れない。

 そもそも猫が食べる餌自体が、猫がもし自分だけで何かを捕獲するとしたら、絶対獲得出来ないようなものが多く入っている。栄養満点なのである。

 例えば私が食べているステーキを猫にやるとすると、まさに人間に飼われないのであれば終ぞ食べることなど出来なしない大型の哺乳類の肉さえ飼い猫や飼い犬は食べることが出来るのである。ただ一方では人間に終生飼われることが運命づけられ、他方は食肉としての運命を背負わされている、その違いだけからなのである。

 このことはよく考えてみればかなり残酷な運命であろう。どこの豚や牛や鳥たちが自分が好き好んで人間に食べられることを望んで生れてこよう。ほんの人間の嗜好に合うか合わないかによって動物の運命は百八十度変わる。

 しかし人間だってとどのつまりは同じような運命に翻弄されている、と言ってもいいかも知れない。何故なら昨今では殆ど使い捨てのように解雇されたり、派遣社員だったのだが、仕事がなくなってリストから外されたり、人間自身が自分たちで作った社会から翻弄されているのである。つまり我々は我々自身を使い捨てでいいと思っているような私にとっての傘とか、食べるのに丁度いいから食べるために育て、可愛がるのに丁度いいから愛玩物としてペットにするような意味で自分たち自身を使い捨てにして、ペットにしている、と言っても決して過言ではないのである。そして人間社会においては、いつか他者に対してどのように扱ってもそれは自由裁量であるという不文律が横行し始めると、途端に人類全体の生存が脅かされていくようになるだろうとだけは現時点で私にも未来に対して推察出来る気がする。

 私自身は出来る限り世間から使い捨ての傘のようになりたくはないが、それは結局自分の心がけ次第かも知れない。私自身が他者をそういう風に安易に扱わない限り、私自身や私自身のしていることを目にとめてくれる他者も現れるかも知れないが、それもまた運命であると言えるだろう。

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2009年10月25日 (日)

考え方と性格

 私たちは他人と交際する時その人間の人間としての性格的相性から友人として選んだり決定したりしている。しかしその人間の考え方自体が自分と著しく合わないとなると、やはりどんなに性格的相性がいいからと言って、やはり気まずい思いを抱くことが多くなりあまりそれまでのように親しくすることが出来なくなるという経験をしているのではないだろうか?

 このことは他者を評定する時に性格的な愛嬌さとか人間的な魅力という極めて曖昧な基準だけで何らかの役職とか社会的地位を与えることを危険な行為として位置づけている。つまり性格的な癖とかその人間の対他者観といったことだけでその者の真の社会的な価値とか位置づけを決定することは確かに頗る公平を欠いているし、事実それは責任倫理的発想ではなく、あくまで心情倫理的捉え方である。

 しかし他方そのように私たちは理念的にそれを正しいと考えていても、尚人間性ということがある部分では極めてその人間の考え方自体からも大きく影響を受けているのだ、ということをも認識している。つまり暮れ暮れもある人の主張を性格的な傾向ということだけを軸に判断することがいけないと知りながらも、同時に極めてその人間性自体がある考え方を誘引するということもある、ということをも知っている。人間性自体の一つの考え方であるという見方さえ成り立つ。

 昨今の政治状況を見ていると、ある考え方、例えば郵政民営化を巡る是非とか、改正していくべき道筋などを論議している政治ヴァラエティ番組などでの出演者たちの意見を聴いていると、端的に政治とは本来考え方同士の尽き合わせであると同時に、極めて個々の考え方を携えた者同士の人間性同士の突き合わせであることを思い知らされる。要するに政治ゲーム全体が理念と理念の衝突であるように思っているところが、実は極めてそれ自体が人間的性格同士の衝突であることを自覚していくという経験を私たちは多く持つことを知るのだ。

 つまり公平性とか理念、責任倫理とかいった考え方自体が、その内奥からはある人間に固有の性格とか資質、あるいは人間的魅力といったそれ自体だけを取り上げると極めて曖昧な要素が相互に複合化された成立しているということを我々は覚醒するのである。

 このことはある偉大なテクストに対して、そのテクストが偉大であるのは、あくまでテクストに書かれた言説それ自体にあると言いながら、その言説自体が、言説を生んだある個人のパーソナリティに大きく依存している、という極めて矛盾した堂々巡りを我々は体験してしまうのである。

 一般の科学はそういった人間性を、ある偉大な発見とか法則に適用していけないという倫理基準がある(それをディタッチメントと言う)と我々は通常しているが、これさえ、実はある発見を齎した動因とか作用因ということを科学的に考えてみても、恐らく意外とその発見者のキャラクターに大きく依存しているかも知れない、という矛盾した真理を見出せるかも知れない。

 つまり私たちは一方で何かと何かを個別のものであると認識しなければいけないと思いつつ、他方それらは常に密着しているとは言えないものの、無縁であるとも言い切れないとそう判断もするのである。

 しかしこの問題それ自体はかなり困難な命題かも知れない。あるいは哲学とか思想とか科学とかそういった一切が、常にこの二つの立場を揺れ動き、苦悩してきた、という風にも言い得るからである。

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2009年10月24日 (土)

ミュージシャンとスポーツパーソンにとってのセックス

 前の記事では音楽家を楽理という普遍性に対する寄与という形で捉えたが、実際音楽家は演奏家であるなら、演奏のテクニックとは端的に俗っぽい言い方を許して貰えるなら、固有の魂から出た音であり、個々の音の出し方なのである。それは声楽家にしても歌手にしてもそうである。それらは一般的法則も勿論あるのだが、それだけではない。

 そして彼らは特別な私生活を送っているわけではない。だから必然的に普通の人以上にストイックな面もあるだろう。要するにそれだけ必死に音楽に取り組んでいたのなら、決して日常生活の他のことに感けているわけにはいかないからだ。

 それはスポーツパーソンにしても同じだろう。彼らは何より音楽家たちが音楽が好きであるような意味でスポーツ自体が好きなのである。だから必然的に日常生活において趣味などというものはそこそこにして大半をそういうことを考えているだろう。

 音楽家とスポーツパーソンに極めて共通しているところとは、身体的なリズムとかバイオリズムと極めて密接であるということである。それは率直に性を彷彿させる。しかしそれらは音楽やスポーツに熱中しているから、逆に実際の性行為に感ける必要さえないくらいに身体的なエネルギーは燃焼されている。

 だからセックスを実際には多くしていないのに、彼らの表情はスポーツや音楽自体が性行為のようなものであるから、どこかかなり性的魅力を湛えている。つまり彼らのエクスタシーはセックス以上に激烈でありながら、爽快なのだろうと私は思う。そのストイシズムは端的に知性溢れていて、それでいて単純である。そこがいい。

 だからある部分では音楽家とスポーツパーソンとは身体的な律動を感性そのものへと転換するエリートである。それは爽快さとは何かを我々に教えてくれる。つまり私たちは彼らの固有の歪んだ形ではないストイシズムにある種の健康的な生の喜びを伝えられる。だからこそ爽快な性的魅力を彼らに感じる。もっと歪んだ形のストイシズムは軍服とか制服に私は感じる。つまりそれは何とかフェチと呼ばれるタイプのものである。ビジネススーツもそうである。テレビ東京など特にそうであるが、女子アナウンサーの男性性にはそういう感じを私は受ける。

 つまりそれは情報的な知性だからである。そつなく業務をこなすエリートだからである。現代社会のある種のストイックな情報管理性とは端的に民放を中心とする女子アナウンサーの男性性に象徴されている。彼らの性的なフェティシズムは野球選手と多く結婚している彼女らが、存在としてはかなりのレヴェルで男性と対等であることを我々に知らしめて、男性全体を企業戦士とかとして鼓舞して送り出している。

 東欧諸国ではニュースで女子アナウンサーがヌードになっていく演出のものが多い。それはそういう風にして国民全体に対して業務遂行を巡って慰安を与えつつ、義務へと管理しているのである。日本でもかつてはかなりエロティックな深夜ヴァラエティー番組が多かったが、その当時の日本は世界へ追いつけ追い越せであったから仕方なかったのだろう。今から見ればセクハラと言われるような内容のものも多かった。「イレブンPM」「トゥナイト2」「ギルガメッシュナイト」「アルテミッシュナイト」「ミニスカポリス」などが懐かしい。テレビ東京系列とかテレ朝系列とか日本テレビとか色々あった。

 つまりそれは端的にビジネススーツに身を包んだ女性が本当は彼女らもメンスもあるし、排泄もするのだが、どこか男性性を強調しているが故に、そういう想像を許さないようなストイシズムがビジネスコンテンツ的にあるということだ。男女平等、民主主義社会において、ファミリー友愛以外の局面ではそういうことを一切漏らさないように国民全体が心がけている。だからこそ逆にその充満したストイシズムに対する捌け口としてかつてノーパン喫茶とか、イメクラとかオナニークラブといった風俗が流行した理由である。

 端的にSMの世界もそうである。サディズムやマゾヒズムは、欧米ではかなり抑制されているところもある。アメリカではその手のものは極めて少ない。それは要するに奴隷制度がかつてあったことによって少しでもそういうことを彷彿させることを抑止しているからだ。日本史には奴隷制度というものがあるにはあったのかも知れないが、それほど民族的な葛藤として陰湿な形では存在しないからであろう。

 しかしそれでも尚、スポーツは戦後、神道的なことから解放されて、柔道や剣道や相撲のようなものでさえ、大分グローバリティを獲得してきた気もする。

 しかし音楽も、勿論宮中の雅楽とかそういう類のものもあるのだろうが、実際多くのものは最初から精神を解放させるような作用を持っている。従ってそこでは抽象的に性的世界(つまりリビドー的な表現)が音楽的秩序に昇華されているので、音楽的感動の中に性的バイオリズム自体が溶け込んでいる。だからこそ音楽には固有のエクスタシーがあって、性以外の最高の興奮を我々に提供してくれる。それと同じような作用がスポーツにあるのは、現代社会自体が情報化されて、各スポーツの持つゲーム的特性自体に対する一般市民の好奇心を満喫させてくれるからである。それは囲碁や将棋に対する熱中と似ているところもある。

 だからスポーツの持つ健康な解放性と、音楽の持つ固有のエクスタシー性とが我々に想起させるものとは、段階論的なリビドーに対する処理的工夫であり、それはかなり歪曲化されているビジネススーツフェチ的世界から、アーミールック、柔道着・・・・そしてビーチバレーのコスチュームなどかなりエロティックなものに至るまで種種雑多である。つまりそれらのユニフォームに身を包むことを通して精神分析的には抑圧された性欲的世界を、別の形で昇華させようとする配慮自体が我々を別種の想像力へと誘うのだ。それが現代社会の無意識的なメディア誘導型の情報摂取と、ユニセックスであるが故に逆に性差ということを彷彿するようなシステムとなっているのだ。

 それは別種の知的快楽主義であると同時に、原音楽的な「合わせる」ことなのである。しかし何をフェティシズム的に感じて、何を健康的エロティシズムに感じるかということになると、メディア自体は管理しようとするだろうが、実際上個々の感性、個々の感受性、受取り方、拒否感情までは管理することが出来ないということが現実であろう。案外政治の世界での右左、保守革新、ハト派・タカ派ということも、そういった段階論的な差異があり、それが我々個々の成員に固有の贔屓感情を構成させているのかも知れない。

 兎に角私にとってはスポーツパーソンとミュージシャンたちには固有の爽快感を感じる。それは同じエンターテインメント界においてもお笑いとか演劇人たちともやはり少し違うように思われる。お笑いの人たちとか演劇人たちは燃焼している、というのとも少し違う気がするからである。

 勿論スポーツにも音楽にも知性とか戦略はある。しかしそれでもしていること自体が楽しくて仕方がないということは文章を書いたり、人を泣かせたり、笑わせたりすることともやはり少し違うように思われるのである。

 そして私はそこに性的な魅力を感じるということだ。

 

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習得・感受・創造・把握・理解

 端的に哲学・思想・宗教は習得することではない。勿論それぞれに知の体系があり、そういった意味では習得があるわけだが、それは一番重要なことではない。それは中島義道氏が「人生に生きる価値はない」においても述べている。

 文学は作る(創造)か、感受するかのどちらかであるし、アートもそうである。しかしアートには固有の習得が付き纏う。これは数学(定理・公理)にも化学(化学式・元素記号)にも、あるいは自然科学一般に付き纏う。生物学には学名ということがある(リンネの考えた)し、物理学にも色々な法則があるし、音楽にも楽理というものがある。これらは国際標準である。

 それらは全般的に習得である。しかし一旦かなりのレヴェルで習得してしまえば、後はかなり創造と感受があるだろう。

 また哲学に戻る。哲学では明らかに人生を生きていること総体がモティーフとなっているから、必然的にそれは言語を習得した後の人生において各時期に固有の哲学があってよい。つまり中学生くらいになれば哲学的思惟は持てる。従って高校生、大学生くらいの年齢からそれ以降各世代毎に人生経験があるわけだから、その時期固有の理解があってよいし、理解出来ることに早いとか遅いということは基本的にないだろう。

 思想だってそうである。これは端的にルールがない。勿論イスラム教世界に固有の思想というものもあるだろうし、キリスト教世界固有の、ブータンに固有の思想、チベット民族固有の思想はあるだろう。しかしそれら総体を理解することにルールはない。

 宗教もまたクリスチャンが仏教徒に改宗するとかいうことはあるだろうけれど、基本的に理解のレヴェルにルールはない。例えば化学では水はHOだから、水素二つに酸素一つという物象的な証明がなされており、それを変えることは出来ないが、実際上宗教や思想はそういうものではない。

 すると問題となるのは、哲学である。哲学にはそれぞれの考え方に固有の諸派の傾向というものはある。現象学にはそれ固有の、分析哲学にはそれ固有の、プラグマティズムにはそれ固有の、生の哲学にはそれ固有のという風にである。そうなってくると、理解ということのレヴェルにおけるルールの有無ということはあまり哲学においては意味をなさなくなってくる。

 勿論科学者でも物理学者、その中でも物性物理学者とか量子力学者とかの相違とか、化学者の中でも専門毎の見識の違いというものは横たわっているだろう。

 例えば進化のことに関して古生物学者や地学者といった人たちと、集団遺伝学者や動物行動学者たちの間ではかなりの違いも見られる。あるいは遺伝子に関する見識でも遺伝子工学者と分子生物学者と生物分類学者の間ではやはり違うことだろう。

 理解ということはそれなりに理解するということ、そして自分にとって詳しいこと、関心のあること以外はそう易々とは理解出来ないのだ、という前提があり、要するによく知っているということと、あまり詳しくは知らないが、ある程度なら知っていると、全く知らないということがあるが、最期のものは知らないとさえ言えないことであることは既に述べた。

 例えば英語やフランスを学習していれば、ある程度スペイン語とかポルトガル語は検討がつく部分もあるし、習得もある程度までなら英語やフランス語の知識の全然ない者よりは早いかも知れないが、それはあくまで最初の内だけで、最終的にはあまりそういうことは関係ないと言える。英語に関しても翻訳をしている人の中でも専門毎に全く知識の在り方が異なっている。つまり学術的専門書を読めるということと、オバマ大統領の演説が聞き取れるということと、アメリカ映画を字幕なしで見ることが出来るということと、技術翻訳が出来るということは全て微妙に異なっている。勿論ネイティヴな人であるなら、どれでも早くある程度までなら習得出来るだろうが、それから先はやはり関係なく才能の問題ではないだろうか?

 アートの場合、音楽家と同じで、最初からプロレヴェルで食っていけるタイプとそうではないタイプははっきりと分かれている。それは恐らく全ての分野で同じだろう。小説家も詩人も同じだろう。しかしそういう世界にはかなり大勢のプロではない(私も含めた)予備軍たちが犇いている。そして彼らは把握している、自分たちはプロではない、ということを。しかしプロのする仕事を理解することくらいなら出来る。それはかなりなレヴェルで理解することの出来る人とそうではない人にも差があるだろう。そういう意味においては哲学者もそうであろう。まず実際にプロとして活躍している人とか、歴史に残っている人の業績とか、その業績に対する認識を得ること自体もかなり難しい。

 実は音楽家もアーティストもその点では全くそうなのであるが、なかなか趣味でしている人はそこら辺が理解出来ないらしい。つまり自分が好きなアートとそうではないアートという区分けしか持てないということだ。しかし本当のプロなら自分とは全く異なった資質や傾向のものも同じように自分と同じプロであるということにおいて素人が理解するような理解とは異なった理解の仕方をするだろう。そのことにおいては全てのプロとはそういう存在なんだと思う。それはただ単に把握しているのではなく、理解しているということである。そういう風に理解しているからこそ、丁度石川遼がギャラリーで他の選手たちのプレーを見ていて、自分が二位であった時、反省材料として他のプレイヤーたちの技術を理解しているように、全て只漠然と把握しているのではない筈である。だからこそ彼はプロなのである。そしてそういう風に理解出来るということが、要するに感受して理解出来ることであり、自分のプレーにも応用出来るということなのであり、従ってそうすることによって自己のプレーを創造することが出来るのだろう。

 その点では哲学であれ、文学であれ、アートであれ変わりはないとは言えるだろう。

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2009年10月23日 (金)

理解の心的メカニズム・尊敬心と親近感

 友人関係で一番難しいのは、相手に対する交際することで得る気安さが、あまりにも度を越すと、今度は相手に対して本来あまり親近感を抱いていなかった時にはあった尊敬心を見失ってしまうということから起因する相手に対する鬱陶しさを感じてしまうということにある。要するに人間はこの親近感とか尊敬心とかによる異なった心的作用を共存させて、相手毎にこの相手は敬遠しつつも尊敬心は見失わずに交際しようとか、逆にこの相手にはあまり尊敬心はないもののある種の親しみやすさがあるから、気休め的な慰安をメインにした目的で交際しようとか思うようになる。

 しかし尊敬心も敬遠的であり過ぎると、要らぬ儀礼性を演出してしまい、相手に不快な印象を与えることもあるし、逆に親しき仲にも礼儀ありということをつい見失ってしまい相手に対するいい意味での遠慮をなくしてしまうということがある。

 重要なこととは人間は本当に自分によって理解されたものが、相手に伝達されているかという不安と恐怖が常に支配しているということだ。例えばあることとかものに感動したり、憤りを感じたりした時、そのことに関して同じような感想を持つ他者と共感し合うということはよくあることだが、では本当にこの相手と同じ理解に達してそういう気持ちになっているのか否かは終ぞ確認しようがないとも言えるからだ。

 そういう意味では全ての理解とは底辺には真理として断念すること、つまり真に百パーセント理解し合うことなど出来はしないのだ、という諦念が介在している。

 しかしにもかかわらず、ある意味ではかなり妥協的措置でもある手打ちをその都度人間は社会において行っている。その最たるものこそ経済と政治である。つまりある価格のものがあって、それを購入する人にとって同じ商品は全ての人にとって多少の不良品とかそういうこともあるだろうが、概ね同じ条件で購入され所有されるが、実際その有用性ということに関して言えば、全ての個人にとってその商品の持つ価値は異なり、従って同じ価格においてある者にとっては極めて安いということが言えても、別のある者にとっては高いという印象を持たれる。しかしそれを同一の価格で商品が売られるということは、一方では安く感謝しているという気持ちを与え、別のある者には不満を植えつけている。それは全くある法案を巡っても同じことである。つまりある法案が可決した時その法案が可決されたことで恩恵を得る者と、損失を出してしまう者とがいるということだ。

 例えば確かに人間社会はどのような成員においても理念的な等しい権利がある。しかしある職業においてヴェテランと殆ど素人同然の若者とが同じだけの権利主張をすることなど実際上は出来ない。しかしその出来ないということが逆に権利の上では平等であることを唄われているわけだ。だから若者と年配者に同等の権利が与えられているということはある意味では社会に親近感を基準に考えているとも言える。つまり親近感という底辺の思想によって逆に人間個人の尊厳という形で理念的尊敬心を個々に与えているというわけだ。それは良心的措置である。しかし実際上実力社会であるから、同じ重責を担う仕事となると、我々は対人的に必ず差別する。

 つまり社会とはとどのつまりある規約とか決定事項自体が持つ効力というものが、概ねということ、つまり平均値とか絶対的多数派に対する配慮という形でしか手打ちし得ないということなのだ。それは個人的な付き合いである友人に対して、個々のケース毎にこの友人に対しては尊敬心よりは親近感を重要視し、別のある友人に対しては親近感よりは尊敬心を重要視するといった相対的な差異を持っている。そしてそれでもそれら全員に対して例えば私なら私なりの一定の平均的な友人対人関係論的査定基準がある。つまりそれが社会においてであるなら、規約とか決定事項の全ての人に対する等価に享受する権利と主張することを妨げられない人権が保証されている、ということである。

 つまりそれは経験知とかそういうことと密接に関係がある理解において、今のところこれこれこのことに関してなら、ここら辺で理解し得たということにしておこうという、個人内にある親近感と尊敬心とが共存した他者に対する感情と同じように手打ちにする段階に対するその都度の判断、つまり断念の強度のレヴェルにおいてなされている、と考えてもいいだろう。そしてその断念のレヴェルが強度を持っていればいるほど制度的理解ということで、我々はある種の致し方なさを抱いているのだし、そうではなく断念し得ることが極めて希少である場合には、我々は親近感と尊敬心をある友人に極めて両方とも充足して認知している場合のように満足度が高いということになる。しかしそういう本質的にかなり理解していることというのは、ある個人の内部においては極めて希少である、と言っていいだろう。

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2009年10月22日 (木)

世論・世相・政治・司法・マスコミ・人間の死

 2009年10月23日に報道されたニュースの幾つかはかなり興味深い内容だった。と言うのもそれらが端的に現代社会の様々な問題点を炙り出していたように思われるからである。

 まず政治動向から。西川社長が辞任表明した郵政社長に、旧大蔵省ОBである斉藤次郎氏が起用された。さてこの天下りと渡りの象徴であるようにマスコミで指摘されている人事について、私は端的にこれでよかったのではないかと思っている。何故か?それは元総務大臣である竹中氏が批判しているが、そのように現政権に対する批判勢力に一定の批判的口実を与えたということ自体が、ある意味ではデモクラシー維持の観点から健全な状態を維持することを可能にしたからである。もしこの人事をまるで自民党も、元郵政民営化関係者にさえ溜飲を下げる人事であったなら、その時こそ民主党政権が本格的に初心を忘れて独裁体制へと移行していくきっかけを与えてしまうからである。事実議員獲得数に関して民主党政権は独裁へと移行しやすい条件を揃えている。しかし元構造改革推進派全般へ批判的口実を一切与えないような政治、あるいは人事を実現したなら、その時こそ民主党独裁は現実化するであろう。それだけは少なくも防げた。その意味では亀井郵政見直し、金融担当大臣のこの件以外の破天荒な政策さえ歓迎すべき事態であると言ってよい。つまりこのようにあまり完璧な支持を世論に与えないままでニュートラルに批判勢力にさえ口実を与えつつ政権を維持していくこと自体は決して悪いことではない。

 斉藤氏人事に関して一部ではマスコミで小沢氏の采配を指摘する声も上がっているが、それが本当だとしても、あるいはただの憶測であるとしても尚、それが結果的に民主党政権全体への批判的眼差しを緩めないという意識を野党に与えたなら、それはそれで好ましいことである。

 それから足利市幼女殺害事件に関するマスコミの報道について。これは端的にマスコミが視聴者の好奇を煽る形でいる限り、一切の事件関係者、あるいは司法関係者たちは氏に謝罪することなどないとだけは言える。もしこのように加熱するマスコミ攻勢の中で司法関係者が謝罪でもした日には、司法全体へに不信が一気に加速して世論は大混乱を来たすだろう。そしてそうなってしまうこと自体は司法全体にとっても、国民にとっても決して実利のあることではない。またそうなったところで、気の毒ではあるが、菅家氏の人生が決して失われた十七年を取り戻せるわけではない。だからマスコミ自体も菅家氏を掻き立てることを即刻やめるべきである。世論がやいのやいのと言っている段階では決して当時者たちは自ら進んで生贄になることを選ぶ者はいない。これは断言してよい。ただやはり菅家氏の願望のように、どうしてこのような悲劇的な冤罪が形成されてしまったかということ自体は徹底的に検証すべきではあろう。テレビ朝日のニュースステーションでは当時の最高裁判所長官にまでインタビューしていたが、端的に彼ら自身、当時の世相とか社会全般からの要請に従っただけのことなのである。寝耳に水ということは、ある意味では菅家氏と同様なのである。私自身は冤罪を未然に防止する最大の方法の一つは、決して自白しないこと、それはかなり辛いことであるが、それしかないのではないかと思うのである。つまり依然この社会は自助努力、自己防衛的強度が個人に求められているのである。

従って菅家さんには気の毒ではあるが、一定のマスコミの影響力が沈静化した然る後に初めて善意の欠片を残存させた個人によってのみ、関係者の内部で謝罪に訪れる人が一部ではあるが、必ずいると私は確信する。しかしそれは全員では決してない。そもそも人間とは弱い存在である。従って謝罪したこと自体が世間に知れて現在携わっている仕事に纏わる社会的地位を脅かしてまで、謝罪に訪れる人は希少である。だから必然的に老齢化した一部の善良な人々によってのみ、今現在の報道の加熱が沈静化した然る後、何人かの心ある「あれは誤りであった」と認識している人たちによる謝罪は実現化するであろう。

これと同様極めてマスコミ全体の論調自体が齎す影響力という意味では酒井法子被告に対する加熱した民放による報道はあたら好奇を視聴者に掻き立てることを自粛すべきである。被告は謝罪するポーズを見せる前に一瞬笑顔を見せた。これはかつてのアイドルは未だ自身のマスコミネタ的な存在理由を失っていなかったこと自体に対する安堵の表情であった。案の定、彼女の実録物の多くが挙って出版された。結局ほとぼりが冷めたら営業を再開しようという商魂逞しい一部の人たちを儲からせるだけである。一切の加熱報道を控え、人々から関心を失わせていくことこそモラリスティックな判断である。尤もそのことはこと民放に関しては言っても聞く耳を持たないことだろうけれども。

 ある意味では民主党政権にとってもう一つの正念場と化しているのは、紛れもなく八ツ場ダム関連の続行か中止かである。前原国土交通大臣自身はかなり今後の政治的キャリアを決定的にするか否かがかかっているが、民主党全体にもこれは大きなことである。関東地方の多くの県知事は反対をしている。これは羽田空港ハブ化よりも深刻である。

 戦後世代にとってアイドル的存在であった南田洋子氏が死去した。認知症の介護の末の死去だった。認知症自体は、そうなってしまった人たちにとって恐らく幸福も不幸もないとしか言いようがない。つまり本人は既にそうなる以前の人格を完全に失っている。従って彼らにとっての死とは、一度精神的には死んでしまった人たちによる肉体的死、身体的実際死以外のことではない、ということだ。ロボット工学者である前野隆司氏は積極的に忘却する人間の力について力説している。そういう観点から言えば、認知症になってしまうという事実自体も一概に不幸とばかりも決め付けられないとも言える。前野氏などは積極的にそう考えている。私も勿論自分が愛する人たちがそうなってしまったのなら、それはそれでかなりショックだろうが、生れて来て、死ぬのは人間の定めである。老いても尚若い日と同じように魅力的な人間など実際には一人もいないと私は思うから、認知症になってあまりにも長い間周囲の人間に介護させること自体が強ち不幸であるとは言えない、いや決して言えないという観点に立てば、亡くなった方には誠に気の毒ではあれ、自然なことではないかとさえ思える。

 死ぬこと自体をあまり過剰に理不尽であるような態度全般に対して自粛する態度もマスコミもそうであるが、個人においても心がけるということも意外と大事である。従って加藤和彦氏の自殺もかなりショックな出来事ではあったが、自殺した人全員が必ず不幸であるという見解もまた慎まねばならない、と少なくとも私のような人間はそう思う。私自身は今のところ死にたいと思わないが、いつ何時そういう気持ちにならないとも限らない。そういう時にあたら「死んではいけない」と諭されること自体いいことであるとも思わない。少なくともキリスト教徒ではない私はそう考える。死ぬ自由があったっていいじゃないかとさえ思う方である。つまり自殺を止められて、本当にその後幸福になれるかどうかということは端的に人次第であるし、その人の性格とか、運にも拠るだろうからである。

それはある部分では中川昭一氏のような死去の仕方をした人たちに対しても同様である。人の死に方とは百人百様であっていいし、理想的な死に方などこの世には決して存在しない、というのが私の信念である。だって死ぬということは周囲の人にとってはとどのつまり他人事なのだから。あくまで死とは死んでいく人にしか分からない感覚なのである。

 つまりこういったことを昨日の夜までに一日賑わせたニュース全体から私が想念したことなのである。

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2009年10月21日 (水)

「見分けがつくことと意味の違いを理解出来ること」と「そのこと自体に対して不思議がること」

 今日、午前中に他のブログとか投稿する原稿を整理してから、一息ついてテレビをつけてみたら、韓国ドラマが放映されていて、ある場面で別のドラマで下層市民の役をしていた俳優が、そのドラマではずっと地位の高い役で、逆にその別のドラマではその俳優が下層の役をしていた時、ずっと高官の役をしていたある俳優が、つけて放映していたそのドラマではずっと下層市民の役だったものだから、最初はちょっと以前見た別のドラマのイメージと違うので戸惑ってしまった。しかし人間は顔を見て記憶する部位というのが脳内の特定の部位によって支えられているらしいのだけれど、そういう作用があるから、私もその俳優の顔を覚えていたのだが、以前の高官のイメージがかなり強かったので、一瞬そのドラマで下層市民の役をしていた時見覚えはあるけれど、どこで見たのかさえ思い出すのに少し時間がかかった。こういうことっていうのはよくあることである。特に海外のドラマを見ている時などは。

 つまり顔自体が見分けがつくということ、即ち個々の顔の特徴を一瞬で記憶に焼き付ける能力と、その顔がではどのような社会的役割を担っているのかという認識とは別のものである。だから俳優のように始終、社会的役割を変えて色々な役をする仕事だと、顔自体は見分けられても、社会的役割とかその役者本人の人格的イメージはとんと固定化されていかない。尤も日本のように役者が生活苦なので、ヴァラエティーなどに多数出演するようになってしまうと、役割としてのイメージ以前的に、市民としての個のパーソナリティが知られてしまい、その「本当の姿」の方に役自体の選別基準で、その実像に合わせるように仕向けてしまうとしたら、それは人工的に意図的に役になり切る役者としての本文から言えば不幸なことではないだろうか?

 つまり役者とは真の姿があまり大衆に知られない方が役者性としては神秘性がある。そういう意味ではタモリ氏の出演している「笑っていいとも」における電話のコーナーは役者の実像を知るための視聴者の好奇心を満たすコーナーになっている気もする。

 ともあれ顔の見分けということと、言葉を聞き分けるということもどこか似ている。例えばここに不遇な兄がいて、つい生活苦から成功している弟に金を無心に来たとしよう。弟には長男がいて、独身でいつまで経っても夢を追っている兄の不遇を心配して「そろそろお兄さんも腰を落ち着けて、現実に沿った生き方をしてみたら」と提言したら、兄はこれまで必死に頑張ってきて成功しなかった者として「俺みたいな敗者の気持ちがお前に分かってたまるか」と言ったとしよう。するとすかさず弟の長男である兄から見た甥が「伯父さんって、歯医者さんだったの?」と聞いたとしよう。

 これは音を聞き分けているのだが、意味を噛み分けていないということである。

 あるいは我々大人は色々なドラマを見て色々な役者が演じている姿を楽しむわけだが、ある部分では俳優たちの顔自体を見分けて楽しんでいる。しかし同時に前に演じた役と正反対の役をしている俳優を見ると、どこかおかしいとも感じてしまう。だからあるメロドラマを見ていた父親の隣で幼児がいて、やっと日常会話くらいは覚えたての彼が「あれっ、このおじさんって、前は別の女の人とキスしていたよ。どうして今度は違う女の人とキスしているの?」と素朴に尋ねたとしよう。こういう時父親は息子にどう説明すればいいのだろうか?

 「ドラマっていうのは、要するに虚構、そんな難しい言葉じゃ君には未だ分からないだろうね、そう作り事なんだよ」

とそう言ったとしても、もう少し経たないと彼の息子はそこら辺の事情を完全に飲み込むことは不可能かも知れない。しかし少なくとも彼の息子は顔をちゃんと見分けることくらいなら朝飯前なのである。要するにそれを社会的ロールとして認識して理解すること、つまり意味の世界へと判断の基準を持っていくことが未だ出来ていないということだけの話である。

 しかしそれが出来たとしても、今度は不倫をするドラマを見ていた小学生低学年の純朴な少年にとって、この前見ていた違うドラマと今見ているドラマ自体は別のドラマなのだから、別の女性とキスをしている場面があったとしても、そのこと自体は(つまりキスをしているという行為に対してではなく、キスをしている相手という意味で)何ら不思議ではなく、この前と違う女優と共演していることは理解出来たとしても、同じドラマにおいて家庭を持ったある役を演じている俳優が、奥さんではない人とキスをしている場面を見ると、何か特有の不思議な感情に襲われるかも知れない。流石に中学生くらいになれば、そこら辺まで十分に理解出来るようになっている。つまり不倫関係自体は、不倫とか浮気という言葉を仮に知らないにしてさえ、理解することは出来るようになっている。

 これは異星から来た人にとっても、仮にその星では一切ドラマも、不倫という行為もあり得ないとしたなら、違うドラマで違う女優とキスをするある俳優の行動から、同じドラマで違う女優とキスをする俳優の行為両方とも二重の意味で理解出来ないに違いない。少なくとも中学生は、我々地球の文明というものを知っている。だからたとえ少しメロドラマを見ること自体が年齢的に早かったとしても尚、何とか「こういうことではないか」ということを理解することは可能だろう。つまりそのように知らないことであって、多分こういうことではないのかな、と想像する力自体が意味を理解するということの起源だからである。つまり顔を見分けることとか、音自体を聞き分ける能力と、それを意味へと結びつける能力というものは、恐らく脳科学においても発達心理学においても、異なった段階の、異なった脳によるプロセスを要するのだろう。

 しかしただ単に大人は、その手続きを何の疑問も持たずに、咄嗟に重ね合わせられるということを意味するが、ではその重ね合わせること自体を自覚的である大人などそう多くはいるものではない。と言うことはつまり、自覚的ではない大人とは、子どもが未だ持ち合わせていない能力を携えるようになる過程で少しずつ知っていく喜びとか、理解することとか認識すること自体への感謝の気持ちが大分薄れてきてしまっているということをも意味する。つまりこれが酷くなると、何を見ても感動しなくなってしまう。これこそが老化ということに他ならない。つまり意味自体に対して「しかしそれは一体何故なんだろう」と想念することを段々無意味と感じるようになっていってしまうということなのである。

 脳科学的には思い出しながら何かを書きとめることが脳にいいらしいということは昨日「プロフェッショナル」において茂木健一郎氏が述べていたことであるが、ある意味では当たり前のこと、つまり極めて常識的な意味の世界自体に対して、「でもそれは一体何故なんだろう」と素朴に疑問を抱くという気持ちになれるかなれないかということが老化を防ぐことにも繋がるのではないだろうか?

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2009年10月20日 (火)

兎に角何もかも巧く行かないことばかりだったが

 前回、前前回にも述べたが、私は五十歳にもなって依然全く社会的地位も、仕事的成功も、家庭も、経済力も一切獲得しないままで生きてきている。このことは一方で常に何かに全身で取り組んできたものの、その割にはあまり成果も上がらなかったし、第一誰からもこれといって目に留めて貰えなかったという事実によってかなり生活自体は困窮したものであり続け、大変だった。それは他方そのように努力してきたということから一定の精神的充実感ならあった方かも知れないが、男性の場合好きなことを追求していっても、そのことでなされる事柄を仕事として正当に評価されない限り、少なくとも他者からそれなりの配慮を得ることも困難だし、第一恋愛だってまともに出来るものではない。よく私の知人のM氏は経済力なんて恋愛には何の関係がないと仰るが、それはご自分が若い頃にいい恋愛をして、経済的にもリタイア後それなりに安定していて現在も奥さんがいらっしゃる方のご意見である。

 要するに私の人生は幸福であったかと、今の時点で問われるならば、明らかにそうではなかった。しかし楽しいことが全然なかったとは言えないが、やはりどちらかと言えば辛いことの方が多い人生であった。それはある程度私自身の行動や性格といったことがしからしめた結果であろうと思う。それに自分で思っているよりは、トライした何事においても然程の才能にも恵まれていなかったということなのだろうとも思う。

 しかしある部分では人間とは自分の能力の限界とか、要するにしていくべき行動とか目標が絞られなければ何も成就しないということも言えるのではないか。つまり何でもしようと思えば出来ることは出来るのだが、何を特に焦点化してトライしていくべきかということは個人毎に備わった能力は資質によってある程度限定されていくものである、ということも確かなことである。しかし同時にだからこそ、その絞られているという現実を有効に活用すべきなのかも知れない。それは盲目の人が聴覚に全身の神経を注ぐことが与えられたギフトであるような意味で、ある意味では新たな可能性の開示なのかも知れない。

 出来ないこと、不得手なことの限りなく多い私であるが、それでも尚、あまり大きな希望は最早持てないものの、ひどく絶望することもなく今後も生活していけるとしたなら、それは私の中の限界を知ることによって開示される可能性へ着眼していくことであるかも知れない。何しろ私は未だ死んでいないのだから、私が取り敢えず出来ることと言えば何をしても巧くいかなかったという私自身が歩んだ人生であったことを味方にして行くことだけだからである。

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残された時間

 50を過ぎると残された時間を如何に有効に過ごすかということが案外重要となってくる。多くの中年以降の男性は多く得ているものがあるために、それを失うことが恐ろしいということがあるのだろうが、私は前回にも述べたように何一つ得ていない。仕事での成功、家庭、財産、社会的地位その一つとして私は得ていないので、それを失う恐怖は一切ない。しかし日本の男性の多くは、ある組織とか法人とかからリタイアして後もずっと自分が歩んできた経路に対して愛着とか執着があって、なかなか残された時間を有効に過ごすことだけに集中しきれていないというのが実情ではないだろうか?

 つまり一度権力とか大きな実績を獲得した人は、その栄誉とか栄光が忘れらないのである。これもまた記憶の執着である。しかしそういった意識は「これから」における如何に過ごしていくべきかということに関しては何の支えにもならない。後悔があろうとなかろうと、一度過ぎた時間は二度と戻っては来ない。

 要するに常に我々は不確実な未来へと向けてしか何も考えることが出来ないである。それこそが死ぬまでは生きるしかないということに他ならない。

 最近は目も視力が落ちてきて、遠視気味になってきたし、歯は大分前から具合が悪くなってきている。しかし思考力だけは以前より冴え渡っていると言える。最近ツイッターを始めて、出来る限り、あまり露骨ではないものなら内容まで克明に記録するようにした。その時々での自分の精神状態が或る程度把握出来る。最も140字以内だから、要点だけを記していかねばならない。でも数分おきに書き込んでいる人もいるということは、彼らは一体どういう生活をしているのだろうか?

 そこには現代人の孤独の実態が反映されているようにも思える。どうなのだろうか。私たちはそんなに孤独であることが空しいことなのだろうか?虚しいことなのだろうか?

 そもそも誰かにメッセージを寄せるという目的で文章を書く人と、そうではなく自分である時に記したことを確認したいために文章を書く人とでは全く違う構えとメディアの利用の仕方があるかも知れない。

 私は圧倒的に後者である。まあ誰しも残された時間を常に押し寄せてくる今を食い尽くして削っていくわけだが、有効な時間の過ごし方はある程度年齢を重ねないと理解することが難しいかも知れない。未だ遣り切れていないことばかりが頭に上ってくるが、遣り終えたことの方がずっと少ないということにも気がつく。恐らくその遣り残したことの内でも本当に価値のあるものはほんの些細な部分でしかないのだろう。

 どんなにあることを自分が試みてみようと決意しても、それが本当に価値であることであることというのは意外と少ない。私は寧ろ殆ど全く予定していないことがその時々の衝動で遣りおおせられるかどうかということの方に期待していて、意外と予定を組んですることには関心がない。つまり残された自分の能力を見極めてみたいのである。

 だから過去において私がしてきたことは私自身にとってはさして大きな意味などない。それは私以外の人で私の過去を知る人にとって多少意味があるくらいのことであり、またその人たちにしたってさしてそのことの存在理由は大きなことではないだろう。どうせ私が死ねば私のことを思い出してくれる人など一人もいなくなるのだから、残された時間を好きなように使って悪い筈がない。下らない付き合いも全て切り捨て、自分にとって本当に価値があると思え、そして一定程度それが実現し得ることのみに時間を割いて生活していきたい。

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2009年10月19日 (月)

私のような生き方とか人生はある人々から見たら甘いことらしい

 私が住む町の近くで大きな祭があって、それを見に行ったついでに、あるギャラリーに出向いてそこで馳走を振舞われたが、ある年配男性の二人(一応面識はあるが、さほど親しいというわけではない)から、色々と説諭めいた話をされた。要するに私がいい年をして独身であり、自由業であることが気に入らなかったのだろう。そして独り身でいる人から、一人で行動する人、一人で仕事をしている人に至るまで単独行動主義の人とは、要するに集団で行動している人がいるからこそ生きていられるという風な主張だった。

 この考え方はある意味では典型的な一般的日本人の、とりわけ会社や役所といった組織や集団に属している人、あるいはそういう生活を生涯の大半に渡ってしてきた人の本意だろうと思う。そういう人からすれば哲学者である中島義道氏が自著において展開している考えなど持っての他ということなのだろう。

 人間はある意味ではかなり過去の自分だけの経験とかそのことの記憶に拘っている。例えば仮に私が今まで何度となく訪れた観光都市に、私が別の友人に「~っていいよ」と言ったとして、彼が実際にそこへ行って、電車かバスから降りた瞬間のちょっとした隙に置き引きにあったとしよう。すると彼は恐らくその観光都市旅行の幸先の悪さから、ずっとそれから暫く厭な思い出を彼の地に対して持ち、思い出したくないこととなるかも知れない。実際もしそうなってしまったのなら、彼にとってもその町にとっても不幸なことである。あるいは私に対してそこへ行くことを勧めたことを「あいつのお陰で」とそう思うかも知れない。

今挙げた例はたった一回のことであるが、要するに人間は生涯の長いスパンにおいて経験してきたことから得る教訓からはなかなか自由にはなれない生き物のようである。それは私が知る多くの年配者を観察しているとよく分かる。

 でも先ほどの二人の年配男性から私が受けた主張には、どこか単独行動主義全体への憧れとか羨ましさがあって、だからそれが却って屈折した、と言うより屈曲した正当論になっていた気もする。尤も私自身は他者から何ら羨ましがれる部分など持ち合わせてなどいない。寧ろもっと得るものがあってもいいとさえ思っている。しかし恐らく世の中の既得権益者たち(その二人の年配男性も私よりはずっとそうである)の多くは、何も得ていない私のような人間をこそ最も攻撃対象としているのかも知れない。つまり得ていないということの身軽さとはそれだけで既得権益者たちにとっては価値のように映るのかも知れない。

 それにある青年(四十一歳だが、現代ではこれくらいの年齢を青年と呼んでも差し支えないだろう)の知人が私をその場で哲学者と紹介してしまったものだから、私自身は職業哲学者ではないし、第一自分ではそう名乗っていないので、予想外のことだったので、少々戸惑ったのだが、彼が細君と帰宅した後、その二人の年配紳士の方は私を哲学的ではないと評していた。これもなかなか興味深いことだった。

 と言うのも哲学的であるとか、芸術的であるとか、政治的であるとか、要するに「~らしさ」ということは、一切その世界の実力とか仕事の能力とは関係ないと私は思っているからだ。このことについては既に何度となく述べたが、えてして「~らしい」人というのは、どの世界でもそれほど大物ではないということだ。

 例えばアーティストらしい人というのは、アーティストの世界に精通していても、ただ憧れていても、アートを愛しているということだから、意識においては外側から考えているに違いない。本当にアートを追求している人であるなら、そう安易に「アートを愛している」などとは言わないだろう。要するに何かに真剣に打ち込めば打ち込むほど、そのものに対する愛憎相半ばする感情へと至る筈だからだ。だから当然結婚生活を長く続けている人にとって、結婚生活は幸福も勿論あるだろうが、やはりそればかりではなく、厭なこととか、我慢しなくてはならないことが多くあるに違いないから、そう安易に「結婚生活が好きだ」などとは言わないだろう。だからこそ寧ろそういった苦難の道を歩んできた人にとって私のようなタイプの現在までの生き方自体が、甘いとそう映るのかも知れない。あるいは義務を果たしてはいないとさえ映じるのかも知れない。

 しかし結婚する出会い自体がなかったこともあるし、そういう気持ちになる女性が私の前に出現しなかったということもあるのだが、恐らくそういう人を自ら主体的に出会うようにして、努力してでもそういう生活を手中に収める義務がある、と二人の紳士はそうお考えになっていたのだろうと思う。

 まあ私はそうやって努力したとしても出会えないこともあるだろうと思うし、努力しないでもそういう風に人生が展開していくこともあるとそう思っているのだけれど。

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2009年10月17日 (土)

人間の価値と人間にとっての価値

 現在日本で大きな問題として考えられていることの一つは雇用問題である。つまり失業者が一向に減らず、自殺者も増大し、その一番の理由は雇用削減からである。

 時は民主党政権時代へと突入した。そして鳩山内閣が誕生した。政権交代を国民が望むくらいに全国規模で深刻な経済不況がある一方、スポーツでは石川遼や宮里藍が活躍し、石川のライヴァルとして池田雄太が期待され、体操界では内村航平が躍進し、金メダルを取って、世界的第一人者であることを印象づけた。クルム伊達君子も活躍している。

 しかしスポーツだって全ての競技が公平な立場にあるわけではない。野球やゴルフの一部の選手は年に数億と稼ぐが、体操などはそこまではとても稼げないだろうし、それでも世界でトップに立てるということだけでも、それはそれで幸福なことなのかも知れないし、就職もままならない若者に比べればずっと幸福なのだろうとさえ思う。

 しかし成功している人間の間でも成功者と挫折者の差というものは歴然とある。民主党初の首相には鳩山氏が就任されたわけだが、小沢一郎氏、菅直人氏、岡田克也氏いずれも一度くらいは首相を経験してもおかしくはないくらいのところまでは行った人たちである。小沢氏は西松建設の一件で秘書が逮捕され、代表の座を追われたし、菅氏は今では懐かしくさえある未納三兄弟追及の件で、報告ミスで代表の座を追われ(そういう意味では偽メール事件の責任で辞した元前原代表もそうだった)、岡田元代表は郵政解散選挙での大敗で座を追われた。ほんの些細な偶然で、ある者はトップになり、別のある者たちは敗退する、ということは全ての世界であることである。

 私をも含めて多くの人々は生涯そういうトップレースに参加することなく死んでいく。しかしだからこそ成功者の中で挫折するくらいなら、いっそ成功しないでいつまで経っても野次馬に徹する方がましだ、とそう自分を誤魔化しているのである。

 そのことをよく理解していて、尚世の中においてトップで活躍する人々のことを追いかける。つまりこれこそが偶像崇拝的逃避的行動である。自らのなし得ないことに対する代理感情が、そういう人たちの中に特定の贔屓的存在を見出し、その贔屓と敵対する人を自らも憎む。そうすることであたかもそれらの闘争に参加しているかの如き幻想を脳内に描き、溜飲を下げているのだ。考えてみればかなり惨めなことを知りながらである。自分とは殆ど何の関係もないことを脳内に充満させて喜んでいるのが一般大衆の実像である。次の大会で石川遼はまた活躍出来るだろうか、とか宮里藍はどうなるだろうか、と気を揉むわけだ。

 しかしそういった興味を持ち続けているものの、一切の格差とか自らの生活上での状況が改善されるわけではない。寧ろ益々格差は開いていくばかりである。つまり格差があって所詮トップになるなれるわけがないという大半の人々による諦観そのものが却って代理感情を益々大きくしていき、偶像崇拝的逃避に拍車をかけるという寸法である。つまり「お前もあまりくよくよしていないで、一緒に野球でも見ようよ」とか「ゴルフを観戦してみようぜ」ということになるのである。また小沢氏にしても、菅氏にしてもすんでのところで首相には現在までのところなれなかったこと自体を、まるで自分のことのように、もし彼らに対して贔屓であるのなら、悔しがったりするわけだ。首相になれなくたって、幹事長とか、副総理兼国家戦略担当大臣、経済財政大臣なのだから、十分成功者たちなのであるが、その成功者同士のトップレースに思いを馳せて喜んだり悔しがったりするのだ。

 だから前原国土交通大臣の提言に対して森田千葉県知事が怒り心頭に発したマスメディアの前での態度さえ、翌日に大臣と会談した時の様子を振り返ると、テレビでも識者が述べていたが、ポーズだったのではないかとさえ勘ぐりたくなる。つまりパフォーマンスが更に加速化されていき、終いには演劇的な遣り取りを我々は見せ付けられているだけという状況を呈してくる。

 つまりそこでは一個の人間の価値といったものが甚だ軽視されて、あたかもそういった深刻な問いはこっちに置いておきましょう、それよりもこんなに皆の目を惹く事柄がありますよ、と言って、絶えず個の実存の問題は等閑にされてきている、というのが現実である。つまり私も含め全ての市民において雇用もそうだし、生活が少しでも改善されてきているかということを問うとなると、いささか溜息をつかざるを得ないというのが率直なところである。

 確かにマスコミやマスメディアはそれなりに巧く活用し、利用していけばよい。しかしマスコミで深刻な顔をして何かを叫ぶ人の姿を見れば見るほどそういう場に出演さえ出来ない大半の人々の存在を思うと、全てが白々しく感じられてしまう。しかしそういう状況下でも恐らく虎視眈々とこういう時代だからこそチャンスだと思って、次代へと向けて新たな戦略を練っている企業家、起業家、経営者たちはいるわけである。

 つまり現代社会とは一個の人間の価値は軽視され、トップレースのようなマスコミの格好の取材対象だけに多くの人々の関心が集中するように仕掛けられている、そういう精神構造が支配していると言える。つまりそれこそが人間にとって価値なのだ、という触れ込みを、まるで敗者的立場の人間全員がそういう同意を持っているかの如くマスコミは振舞うし、またそれを当然のこととして享受しているのが私たちだ、というわけだ。

 政界やスポーツ界ほど華やかな話題を提供しないまでも、全ての世界で名が出ている人はほんの一握りである。だからどんな世界でも、「私は名もない人たちの味方です」というような態度を取っている人の言うことには警戒心を持った方がよい。

 恐らく現今の不況の波はかつて華やかだった芸能界でもその影響は押し寄せてきているだろうと思う。それにしても私たちにとって最もつまらないものとは、彼らによる新番組宣伝の番組である。「とてもいい雰囲気の現場で」とか皆口を揃えて言う。これなど愚の骨頂である。何故なら現場が和やかであるかどうかなど視聴者にはどうでもいいことだからだ。仮に専制君主的な演出家の下で重苦しい現場であったとしてさえ、その番組の出来さえよければそれが我々一般大衆にとっては全てであり、またそうあるべきなのだから。

 だから日曜日などにある対談番組で芸能人同士のときほど退屈なものはない。全ての番組は作っているスタッフや出演しているキャストのためにあるのではない。端的に視聴者のためであるのである。だから現場などがいい雰囲気であるとかそんなことはどうでもいいことなのである。そういうことを言っているから芸能界は落ち目となっているのである。

 現代社会において、既に若者たちの多くはテレビをあまり見なくなっているし、第一そこで流される情報自体に対して信頼性も置いていない。世の中において価値ある人間であるとか、一般市民にとって価値あることといった基準そのものさえ多くの市民は疑い始めている。つまりそんなものを大上段に振り翳されて、触れ込まれても、所詮それらは既得権益者たちの利益にしか繋がらないのではないかと思っているのである。

 しかしそれでも尚この国が社会主義国とか共産主義国になるということはあり得まい。つまりそんなことは誰も望んでいないのである。だからこそ尚我々は我々の中にある偶像崇拝的逃避的心理をよく見極め、それ自体にあまり絡め取られないように留意しておかねばならないだろう。

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2009年10月16日 (金)

不況にもかかわらず業績を上げている企業もあるのだが

 世界同時不況だとか言いながらも、着々と業績を上げている企業も確かに中にはある。しかしそういった企業さえいつどうなるか現代社会では知れたものではない。だから不況なのに業績を上げている企業があるとすれば、それはマスメディアとかマスコミの垂れ流す情報全般に対して一定の注意を払っていても、必要以上に過大評価せずに、マイペースを保っているということが最大の理由であろうが、かと言ってその仕方がいつまでも巧くいくとは限らない。いつどうなるか分からないのが全ての企業の運命である。

 それは個人においても当て嵌まる。ある事柄に熱中して、それを持続していた間に疎かになっていた事柄を今度は熱中してみる。しかしそれにも飽きて今度は以前少し放り出していたことに再び熱中するという反復は個人においてもよくあることだ。

 しかし儲かるとか、仕事の内容を高く評価されるということは、その都度の偶然的要素にも大きく依存する。つまり熱中したままでいたから却ってそれが幸いして高く評価されることだってあるし、逆に最初に立てた計画とか志を途中で変更したからこそ巧くいったということもあり得る。しかし成功した人間は自分のケースに当て嵌まることを真理として見がちであるし、全く逆のケースの成功例もあれば、同じようにやってそれぞれ失敗したケースも山のようにある。

 だから所詮何を選択しても、巧くいくかも知れないが、同時に失敗することだってあり得るのだ。だから何かを選択して、仮に失敗したとしても、それを選択したことはよかったことである、と思えるのなら、迷うことはないだろうが、そうではないのなら、やはり慎重に考えた方がいい場合もある。しかし衝動的に実行に移した方がいい場合もある。

 要するに何にしろ、一切一般化することなど所詮不可能なのである。だから遣りたいように遣ればいいのだが、遣りたいことをするのには金も暇がかかる。ある程度は必ずと言ってよい。だから計画性も大事であるが、時にはあまり計画通りにしていかない方がいい場合もある。しかし同時にそう言えるためには、概ね計画通りにするという習慣も必要だ。

 またある程度までやり遂げたから最後まで遣った方がいい場合もあるし、そうでなく80%くらいし遂げているのに、途中で続行を中止した方がいい場合もある。

 またやり遂げてよかったと遂げた直後にはそう思っていても、暫く時間が経つ内に、しなければよかったと思うこともあるし、逆にしない方がよかったとした直後にはそう思っていたのに、暫く時間が経つ内にしてよかったと思えることもある。だから選択とは難しいのだ。しかしある意味では反省の仕方自体、あるいは、反省する時の状況とか時節ということも関係がある。つまりある判断とはその判断をした時の感情とか、気分とか、健康状態とか、様々なファクターによって影響を受けているから、同じ反省対象に関しても、別の時に振り返ってみれば、また全く違った判断も成立し得る。

 また楽しいと思えることの大半は、それを背中合わせのように辛いことが待ち受けている。つまり楽しいとか心地よいということを得るためには殆ど辛い、苦しい体験を通過する必要があるのである。それでも尚その瞬間瞬間だけの快楽に生きようと決意する選択肢も強ち全て間違っているとも言えないのである。つまりそういった判断の全てさえ、所詮後日よかったと思えることもあれば、しなければよかったと思えることも存在し得る、としか言いようがない。

 つまりそのように一般化することが出来ないということ自体に、神などいはしないという教説をある程度正しいものとして位置づけることが出来る。しかし苦しい時の神頼みとか言って、必ず無神論的信念だけが功を奏するとも限らない。 

 いつ頃経済が好転して、景気が戻り、人々に明るい表情が戻ってくるかは、現時点では何とも言い様がないが、もし経済が好転してきたとしたなら、その時また現在言われている価値観とは正反対の価値観が見直されてくる可能性はある。だからその時不況なのに、業績を上げてきた企業がそれまでに取った戦略のような意味合いで、今から備えておくという心構えの人とか企業とか集団もまた必ず存在するであろう。

 しかし恐らく一番大事なこととは、人から言われてその通りにして失敗するくらいなら、自分で選んで失敗する方がずっとましだ、ということと、人から言われて成功したとしても満足しないのであれば、最初から人に一切相談などせずに、一人で全て勝手に判断した方がずっとすっきりしていいということである。そしてマスメディアやマスコミの言うことは全て真に受ける必要などさらさらないが、巧く活用していくに越したことはない、ということである。

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2009年10月15日 (木)

世界とはある構えから作られる

 私は昔からキリスト教の倫理とか隣人愛といった諸説に対して一定の敬意を払いつつも、どこか創造説とか旧約聖書の創世記に対しては、恣意的な匂い、つまり聖書編纂者たちの権威主義的な思惑を感じ取ってしまい、完全には彼らの言い分に対して信用出来ないという思いを払拭し得ないできているし、今もそうである。しかし仏教の死生観にはどこか寛ぎを見出すことも出来る。それは恐らく私が日本人であるということも大きく手伝っているだろう。

 しかし考え方においてキリスト教的であれ、仏教的であれ、何らかの共通するところというのは見出し得ると思う。その一つが世界ということについての考えである。

 つまり世界とは世界の中に、只中に私自身がいるという発想をすぐに思い起こすが、実はそれは世界そのものを「知って」からかなり後になってようやく得る認識である。つまりもっと先験的に違う形成があると思われる。

 それは世界そのものを「世界」と名づけることである。つまり世界は「世界」とそう呼ぶことによってある枠組を与えられる。その時に私たちは「私自身は世界の只中に存在する」というように表現出来る。そのように認識する上ではまず、世界そのものが心的に構成されていなければならない。それは私が今日別のブログに掲載するための写真を撮りに近くの森や林に出かけたのだが、森や林を見ていて写真に撮っておきたくなってきた、というのと違って今日森や林に出向いたのは、あくまで写真に収めるためだったのである。

 その時私にとって外出してそこで目にする風景全体を一つの枠の中から認識している。つまり私は世界を写真に収めるために観察していたのである。そこにはある固有の構えがある。それは何かを見る時に、只見ているのではなく、何らかの固定化された目的に下に、つまり目的意識の相貌の下で観察するということである。

 だから逆に絶えずスケジュールに追い捲られているビジネスマンがたまに訪れる休日とか余暇においては、固定化した目的意識の上からではない、もっとリラックスした森林浴とかが精神的に必要であるなどという言説が生じてくる余地が作られるのだ。

 しかしそういった純粋に無目的である時間の過ごし方とは、端的に目的意識の上で知覚するという行為があるからこそ、生じる価値なのである。それは確かにそれなりに大きな価値がある。しかし恐らくそれらの恣意的な目的外的目的とは、一定の枠組において世界を見るという行為全体が持っている範疇の意識から外れるといったことはないのではないか?つまり一方で合目的性といった認識があるからこそ、逆にその固定化されていることが常習的な目的意識を一旦解除していくという必要性が叫ばれるのであって、そもそもそういった固定化へと向けられた欲求自体が不在である世界では、恐らく目的意識の解除などという発想自体が生れ得ないであろう。このことの意味するところは重要である。

 つまり世界というものの成り立ち自体が、信じると信じないとにかかわらず、あるいは好むと好まざるとにかかわらず、既に世界である段階で問題設定されてしまっている、ということを意味するからである。

 問題設定とは、世界をその仮説された問題という相貌の下で、観る以外の選択肢をその認識の下では持てないということである。従って今日私はブログに載せるためのソースを探りに森や林に出かけたが、仮に風景画を描くために出かけたのであれば、それ相応の、写真撮影を目的としてものとは若干異なった問題設定という相貌の下で私はそれらの風景を確認し、知覚していたであろう。

 つまり世界とはある「世界」でしかその都度立ち現れ得ようもない。つまりそれら「諸世界」全体を意識の上で統合したものを通常「世界」と呼ぶ呼び方において我々は収斂させているだけのことであり、所詮我々は個々の瞬間における異なった各世界をその都度生きていることでしかないのである。しかし過去に対する記憶がそれらを一定の秩序の下に理解しようと努めさせる。そこで我々は生活とか、人生といったもっと大局的な相貌を手中に収めることとなるのだ。

 しかし赤ん坊はそういった認識を持たない。持てないということもあるが、それ以前にやはり彼らにはそれ以上に重要なことがあるからだ。それは世界を知覚するということを覚えるということである。世界を知覚することによって、世界を、一定の自分との関わりに中から行為目的的に認識し、世界というものの実在を認識することを彼らは覚える。つまり只漠然と窓の外の世界を眺めていても、その先はどうなっているのか、とかもっと向こうへと行ってみたいとか思うこと自体で、既に世界は目的化されている。つまりそういった認識の積み重ねによって、我々は世界内存在であることを知るに至るのである。

 しかしそれらの認識を我々は大人になると一挙に瞬時構成してしまう。だからその認識を持っていることの有り難味をつい忘れ去ってしまうのである。

 だからこそ時として無目的に森林浴をするとかいうことが価値的に再評価されていくわけだ。しかし恐らくそういった認識の一挙の獲得という生活者としての事実全体を俯瞰しようとすると、必然的に我々は知覚することの喜びの中でこそ世界を発見することが出来る。それは赤ん坊の気持ちになってみることを、敢えて何の変哲もない風景を眼前にすることによって試みることでもある。つまりそういった原初的欲望とか好奇心のようなものを日常生活の中で取り戻すことを意図的に試みることによって世界を理解しようとしているのである。あらゆる政治的意図とか宗教布教的目的とか思惑といったものも全て実はそういった原初的な欲望とか好奇心に内在する世界に対する把握があった筈なのである。

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2009年10月14日 (水)

一人でいる時と、周囲に人がいる時

 私たちはもし都会で暮らしている社会人であれば、満員電車の中でも、空いた電車の中でも、レストランでも知人と一緒にいなければ、一人で過ごす時間である。

 しかし自宅に他に誰もいない状態で一人で過ごす時間においては、たとえ思い出し笑いをしても、一人で何か訳もなく唸っても、そのことで咎められたりすることなどない。

 しかしもし空いている電車の中ででも、一人でくすくす笑っていたら、恐らくそのことを気づいた乗客の誰もが、あの人はちょっとおかしいのではないか、とそう思うことだろう。つまり一人で過ごしている時間でも、それが周囲に人がいるのであれば、それはたとえそこに居合わせた全ての人が他人であっても、我々はそれらの存在を無視することは出来ない。つまり周囲の全ての存在者を端的に他者として扱っているということである。

 だからこそ一人で自宅にいて、家族も誰もいない状態においては、我々はたとえ何か急に笑い出したり、喚いてみたりしても、そのこと自体は何ら問題ではない。

 つまり一人でいるという自由を、逆に周囲に人がいる状況を持っているという事実において、手中にしているのである。ある意味では社会では一人でいる時間があまり長いということを容易には容認しないのである。つまり社会の何らかの歯車の一部であることを必然的に求められる。だからアウトロー的生活をしている人であっても、一旦外出した時には、明らかに世間とか、公共の場という意識で臨む。これは人間の半ば本能的な所作である。そしてだからこそプライヴァシーということが各個人に付与されるのだ。

 つまりプライヴァシーとは真の意味でパブリシティを理解している成員にのみ付与され得るのだ。しかし実際人間は本質的にはやはり一人なのである。たとえ一卵性双生児であっても、母親から受け継いでいる栄養を別箇の心臓によって得て、個人として生を受けるだろうし、死ぬ時も一人である。

 つまりこの誰しも一人で個別の生として生れてきて、個別にある日忽然と死んでこの世からおさらばするということにおいて例外的な存在など一人としていはしない、という厳然たる事実こそが我々を公共性とは何か、孤独とは何かと問わせるのである。

 私は私の不幸も、ある意味では時々得ることの出来る快楽についても誰とも共有し合えない。これは事実である。本質的に他者の幸福とか快を理解することは不可能なのである。そのことは主張してもし過ぎるということはない。しかし我々はいつの間にはそれを忘れてしまう。ヒューマニズムとか友愛とか言っても、それらはそういった個別の生という厳然とした事実、現実の上にしっかりと根を張っていなければならないだろう。

 それはただプライヴァシーの確保ということだけではない。例えば親友同士でも、家族同士でも確かにプライヴァシーというものは確保されていなければならないだろう。しかしそれさえ叶えられない状況においてさえ、我々は個別の生なのである。

 それは人間社会を外部から観察して、一人の成員が死去したとて、何ら社会全体に変化は齎さないという冷酷な事実と隣接している。つまり外部全体を何ら変更をさせないままに、ある日忽然とある成員(それこそ自分かも知れない)がいなくなるということ、それが生きるということであり、社会という現実なのである。つまりどんなに一生をかけて努力していい仕事をしても尚ある偉大な人がいなくなっても、世界全体を変更させることはおろか、何ら社会を動揺させもしないのである。これもまた事実である。

 確かにある人々にとっては偉大な人の死去は大きなことであるが、それは世界全体からすればほんの些細な部分でしかないのである。

 つまり自分がこの世からいなくなること、つまりそれは私にとっては私の世界の消滅を意味するが、そうなったとしても尚びくともしない形でそれまでと変わらずに「世界」は続行し存在し続け、そのことに何ら世界は感傷に浸っている暇などないということだ。

 これは考えようによっては確かにやりきれない。しかしそれが事実である。つまりその当たり前の事実に対して我々はすぐにころりと忘れてしまうのである。だからこそ時々そのことを意識的に思い出す必要があるのである。

 そしてそのことを思い出した時、周囲に人がいることの意味する事実が、それほど重大な意味合いを何ら有していないということを我々は気づく筈である。つまり周囲に人がいれば、厭な感情を周囲の人に与えないように配慮しているだけであり、本質的に電車の中がいかに混雑していようが、個々の成員は、個別の生を引き受けているのである。それはとどのとまり一人で家族も誰もいない状態でいて、思い出し笑いをしていることと何ら変わらないということなのである。

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2009年10月13日 (火)

私が惹かれ続けているアート・記憶の執着によって齎されること③

 向こうから押し寄せてくるものは過去の記憶が中心だが、その中でもとりわけ視覚的情報でありながら、同時にかなりメンタリティへ直接響いてくるものの一つとして、やはり私にはアート表現、アート作品世界がある。

 特に私にとって惹かれ続けてきているアーティストを今ざっと挙げてみるとホイッスラー、ピエト・モンドリアン、ベン・ニコルスン、ウィレム・デ・クーニング、マーク・ロスコー、アド・ラインハート、アンソニー・カーロといった人たちである。それ以外にもバーネット・ニューマンも気になるし、アンセルム・キーファーも気になる。

 要するにこれらのアーティストに共通している点とは、何らかの形で創造のスタンスがかなり焦点化されており、すっきりとした信念の持ち主であり、それは作品世界による立ち現れているということである。

 私は様々な試みをしていても、どこか主観的な一貫性を自然と滲み出させているタイプの創造者が好きである。絵画や彫刻といった空間的営為である仕事の特質は、それ自体言語を直接指示しないということと、想念を我々に強制しないということである。

 しかしだからこそ絵画や彫刻とは、我々にある種の想像力を強いる部分がある。つまり指示ではない形での、つまりいっぺんに全体を俯瞰することが可能なメディアであるからこそ、生の時間の有限性とか、死への不安を我々自身の生が誤魔化しているという事実を我々に逆に想念させるということだ。それは直接的に我々にそれらのメッセージを示すのではなく、作品世界=存在を通して我々をそれらの想念を抱いてきている現実の生という事実へと逆に向き合わせるのである。それは要するに誘引作用そのものであると言っていいだろう。

 つまりアート作品世界には端的に全人生の記憶が縮約され、凝縮されてそこに封印されているのである。一瞬で全体を見渡せるメディアはアートを置いて他にはない。映画、小説、漫画といった全ては時間の経過に伴って全体が現出するが、アートだけは空間的にダイレクトに存在をアピールすることが可能である。

 勿論アートにも動きを応用したものはある。しかしそれらでさえ、「存在している」動きなのであって、時間表現の範疇よりは圧倒的に空間内存在である。

 私自身がどれくらいのレヴェルのアート作品世界を構築し得るかは、一重に私自身の内部に巣食う記憶の執着を如何に対象化し得るかということに掛かっていると言っていいだろう。つまり全人生の記憶を縮約し、凝縮された世界の構築とは封じ込め作用以外のものではないと同時に、生全体への眼差しを要する。それはやはり日々の些細な関心事から、大局的な視野が、それら一切と如何に関わり合っているかという相関作用によるところが大きいであろう。

 私自身の人生のこれからがそのことに費やされていくという予感に私は打ち震えている。

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記憶の執着によって齎されること②・どんな青春であれそれがその人にとってかけがえのない記憶となっている②

 昨日私は夢を見た。それはどういうわけか、何故そんな夢を見たか明確に理由を告げることが出来る夢であった。非宣言記憶というものが脳にはあって、それは他者にその記憶の理由を告げることの出来ないものであるとされているが、その夢はそうではない、宣言記憶の部類のものである。  

 つまり私が大人になっていくプロセスで最初に関わった世界であるアートが内容だったからである。夢に出てきた場所は最初に私が通った美術研究所であった。そして登場人物はまさに私が現在住むある埼玉県の地方都市で26年アートディーラーをしてこられた知人で友人のK2氏がその中心的な一人であり、彼がどういうわけか私のライフマスクを石膏を捏ねて作ってくれたのだ。私は当然ストローだけを口に含み、顔全体をどろどろの石膏に包まれて、熱いその熱気と息苦しさに耐えねばならなかった。「あなたは特別なんだよ」と言って態々私のために氏がどういうわけかライフマスクを作ってくれていたのだ。そしてその私が最初に関わった美術研究所では、私のライフマスクの型を取った後、裸婦デッサン、クロッキーの会となって、皆画学生や絵描きさんたちは、老いも若きも全てスケッチブックとかクロッキー帳を開いてモデルを待っている。モデルは若い女性だ。そして助平なおじさん画家がもっと陰部をよく見えるようにポーズさせるように仕向けて、若いモデルの女性は「おじさん、いやらしい」と言っている。そんな内容である。  

 まさに私がかつて言った(「どんな青春であれそれがその人にとってかけがえのない記憶となっている」」8/24記)ように、自分自身の青春期において出発した事柄が夢に頻繁に登場するようになるとしたら、まさに個人にとって記憶の執着とは好むと好まざるとに関わらず向こうからやってくることを避けることが出来ない性質のものなのだろう。  

 昨日休日だったので、NHKで特番のあったイチローにとって、野球小僧であった彼の青春期においてバッティングの素振りとか球拾いといった事柄が行為として絶えず思い出されるのだろうし、茂木健一郎氏にとって友人たちと数学の方程式とか三角関数を解いたりしているところとか、あるいはウサギの生体を最初に実験のために犠牲にした時のことなどが絶えず思い出されるのだろう。元ビートルズのポール・マッカートニーは少年の頃のジョンとお互いに知らないギターコードを教えあっている夢を時々見るに違いない。  

 私は中学校の頃は通訳とか翻訳家にもなりたかったし、要するに英語が得意で、語学がずっと好きだったし、大人になってから翻訳をしたこともあるので、時々英語で夢を見る。そしてそれらは視覚的である以上に聴覚的内容である。つまり英語の文章がそのまま覚醒後にも記憶に残存しているのである。

 画家の横尾忠則氏は夢日記をつけていることでつとに有名である。氏が五歳の時に巌流島での決闘において構える武蔵と小次郎のイラストを模写したものが残っているが、幼少期から氏を支えたアートの基礎とは端的に模写であると言う。

 私の夢は未だその続きがあって、私は一人偉そうにクロッキーやデッサンをしている画学生や絵描きさんたちを尻目にふんぞり返っている。つまり私はある時期から対象を目の前にして写生するという方法論を捨てた。私が大学生の時既に現代アートが主流となっていたし、ポストモダンの思想などが席捲していたから、当然その時代のムーヴメントに私たち学生も決して無縁ではいられなかった。当時から哲学書を読むのが好きだった。  

 結局三歳くらいから書いていた文章も止められず、未だに文学に大いなる関心があり、またその当時から好きで書いていた絵の世界からも決して離れることも出来ず、哲学的思索からも恐らく一生離れることが出来ないだろう。  

 私は夢日記を敢えてつけていない。それはあまりにも私の見る夢にロマンがなく、生々しい内容である場合が多いからである。それをするくらいなら、潜在的な私の願望とか、思念自体を対象化して小説を書いた方がいい。  

 以前書いた離別した初めて愛した女性と言ってもよい、Hも時々夢に出てくるし、醜い性悪な処女だった女性も出て来る。それは私個人にとってはどんな青春であれ私にとってはかけがえのない記憶なのであるが、昨日の「対応の遅さと民族性」において述べた日本人の競争に対する懐疑心とか変化し続けることに対する忌避感情自体も、実はそれが深く民族全体の記憶となっているために、好むと好まざるとに関わらずそれは向こうから押し寄せて来るものなのである。だからそれは忌避したって仕方ない性質のものだし、回避しようとしたって、勝手に向こうからやって来るのである。それは意志として執着しているのではなく、脳自体が執着せざるを得ないものでありことなのである。

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2009年10月12日 (月)

対応の遅さと民族性

 日本人がシャーマニズム的民族であることは以前「母系社会・父系社会・シャーマニズム・デモクラシー」(8/4記)において示した。どういうところがそうであるかと言うと、要するに対応の遅さに対する意識の低さ、つまり競争が悪であるという観念においてである。今回の広島‐長崎のオリンピック招致の動きに対して、ある広島(だったと思う)市民の壮年の女性による発言「平和を祈念するという意図と、オリンピックの競争とは相反する主旨なのではないか」に顕著に見られる。

 スポーツの競争は確かに勝敗があるが、それまで否定してしまうと文明全体を否定することへと繋がっていく。戦争の勝敗とスポーツの勝敗とは全く次元を異にするものである。また経済的な意味での企業間競争も実はこれはこれで必要なのである。私たちはそうすることによって文明を進歩させて、便利な世の中を作ってきた。勿論そこには弊害もあっただろう。公害、自動車事故といったように。しかしそういうことをもし「だからそれらは全て悪である」と決め付けたのなら、我々は明日から一切自動車もない社会を生活していかなければならない、しかしそんなことが出来るだろうか?

 あるいはITそのものの是非は以前から言われてきたが、今回のあるソフト開発者である東大の助手の方の反転無罪とは端的に、それらの開発が弊害をも齎すことがあっても、それ以上に情報普及の面での可能性の方が大きい場合、それを悪用するものを促進するとまでは言えないという判例基準を示した意味でも意義の大きな判決だったと思うが、ともあれ日本人の奇妙な平和推進過剰論理と、内向き的な意識には実際のところ未来に対して暗い影しか投げかけていないとしか言いようがない。

 例えば前原国土交通大臣と橋下大阪府知事による対談で問題化した、ハブ空港整備問題にしても、やはり日本人は対応が遅い。アメリカでは既にハブ空港の所在を巡って数年置きくらいに変更したりして、常に流動化させてきている。つまり日本人に最も欠けている面とは端的に変化に対する対応の迅速さと、そういう風に変化し続けること全体に対して極度の懐疑主義を持っていることと、意志決定の際に合理主義を援用することに極度の警戒心を抱くことである。そこにこそ日本人に固有のシャーマニズムが息衝いているのである。これは南米のヤノマモ族などに見られる意識と極めて隣接したものである。

 私は未開部族の文明観の全てを否定するつもりはない。しかし我々日本人は既に彼らのような生活全体を取り戻すことは不可能な地点に来ているのである。しかし意識の上で未だに資本主義経済、競争原理に対する極度のアレルギーを抱いている。これはある部分では慎重さを育むというメリットもあるが、度を越すとただ単に現実逃避主義になっていく。

 憲法改正に関してもぐずぐずしている内に掻き消されてしまった観があるが、実際もし軍備を一切日本が今後も断固として拒否し続けるのなら、そうするために必要なグランドデザインを用意しておかなければならない。事実現在民主党政権となって、ハブ空港プランにしてもそうだし、環境問題にしてもそうであるが、給油問題に関しても変更をしていくことだろうが、最終的にはオバマ宣言とも大いに連携していかなければならないだろうが、核廃絶というスローガンをもし遂行するのであれば、徹底してしなければ却ってデメリットだけが肥大化してしまうだろう。つまり本気度に拠るということである。

 つまりここから先が本質的に民族土俗的シャーマニズムを論理や理念に変換し得るのか、ということが問われていくこととなるのだ。要するに私が言いたいことは本当にシャーマニズム的な視座を大切にするのなら、そこまで徹底して、節制し、禁欲的にならなければならないのであり、つまらない競争原理否定主義などで満足している内は世界平和などという理念は実現され得ないだろう、ということだ。ある部分では平和とは血を流すくらいの覚悟が要るということである。勿論江戸城の無血開城ということもあったが、その背後では薩長の血も、会津の白虎隊とか多くの血も流れたわけだ。つまり犠牲をベースにして獲得された価値としての無血という現実があるわけだ。

 本気で対応の遅さを誇りに出来るくらいに腹を括れないのであれば、つまり敵対するアンチ平和主義者と対抗していき、闘争する勇気がないのであれば、いっそ対応の遅さを問題化して、徹底してシャーマニズムを撲滅する方向へとシフトさせて行った方がずっと有益である、と私は言いたい。

 対応の遅さとか変化に対する極度のアレルギーを守るのであれば、それ相応の犠牲が必要とされるであろう、ということである。勿論ここで言う犠牲とは人命のことだけではない。もっと精神的な犠牲とかそういうことである。

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記憶の執着によって齎されること・切り返しの言葉②

 これは社会学者の中でも特にポストモダン系の人、批評家にも、若くて血気盛んで論争好きな青年にもよく見られることなのだが、吼えて、攻撃的に論戦を吹っかけてきて、正論を主張しようとするタイプの人間に見られる一般的傾向として、年齢を重ねるに連れて逆に若い頃とは打って変わって保守的に転じるということである。

 若い時期に極度に年配者たちに対して反抗的なタイプの人間は、次第に年齢を重ねていくに連れて、寧ろ伝統保守的観念に対して従順になっていき、逆に若い頃によく年配者の言うことをあまり反抗をせずに聴いていたようなタイプの人間は、逆に年配になればなるほどチャレンジングになっていく傾向があるように思われる。これは自分というものの中の現在従順な要素と、逆にそうではない要素においても判定出来ることではないだろうか?つまり若い頃私が年長者に対して反抗的であった部分は、今現在は従順になってしまい、逆によく拝聴したことに関しては過激になっているという風にである。

 これは要するに人間の中にある記憶の執着と、そこから派生する反省意識によってである。つまりずっと好きなことばかりしてきていて、人の言うことを聞かなかったことに関しては、人は年を取ると、かつて自分が反抗した年配者のことが懐かしくなり、そういった人たちの言ったことを正論として受け入れるようになっていき、逆にずっと自分を抑え付けて、あまり自己本位には全てすることが出来なかったこと、そして往々にして従順に年配者から伝えられたことを守ってきたことに関しては、これからは少し冒険していこうという気持ちになるものである。

 人間は常に他者から受ける影響とか他者に対して抱く何らかの感じ方といったことに翻弄されずに生活していけるほど鈍感ではいられない。つまりどんなに悪辣な者でさえ彼の脳裏には他者をどれくらい騙すことが可能かという客観的なリサーチを常に巡らされているのである。

 また私たちは恐らくどのようマイペースであって、個人主義とかエゴイズムが徹底した個人であっても、尚他者に対する意識を払拭し得る者は極少であろう。いたとしたら、純粋な性格破綻者とか冷酷な殺人者くらいのものであろう。

 それはある意味では私たちにとって真のパブリシティとは何かという意識に常にではないにしても一切苛まれずに生活していくこと自体が困難であることを示している。だからこそかつて自分が他者に対してどのような態度で接してきたということ自体が過去における記憶想起において極めて重要なコンテンツになっていくのである。つまりだからこそ我々は反抗的であった青年期に対して、これからはそういうことではいけないという判断を多く持つようになるのであって、逆にあまりにも従順であった青年期に対して、これからはそういうことではいけないとい判断を多く持つようになるのである。

 つまり我々はそれだけ記憶というものの執着から自由にはなれないということでもあるのだ。またそうであるが故に未来というものを、只単に想定の下でではあれ、確固たる目的意識とか、目標とか、願望とか、希望を持つことが可能なのである。

 私たちの人生は意外と考えるよりは短い。つまり永遠に生きていけるような楽観的幻想を常に今現在生きている人間は脳裏に抱く。しかしそうしながらある日突然そのまま意識もなくなるし、寝たまま起きることがないということもあり得るし、要するに死が訪れる。だからこそ逆に我々は永遠という観念をどこかで価値として受け入れているのである。

 だから逆にそういった哲学的に短いが故に重要である個の内面に侵略してくるような不躾な他人に対して、我々は常に身構えてもいる。そうである、もしあまり自分に関係のない下らない観念の虜となっていて、その観念を自分に押し付けてくるようなタイプの他人が執拗に自己主張を反復して自分に聞かせたのなら、そういう時に取って置きの言葉がある。それは次のようなものである。

 「あなたの主張はよく理解出来ました。でもそれがこの私の人生に何の関係があるのでしょうか?」

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2009年10月11日 (日)

私の住むマンション(遠方の青い屋根)を少し離れたところから見た風景

014_convert_20091011152406  私の住むマンションは真ん中に見える青い屋根の建物ですが、それを駅前のロータリーの真向かいにあるあるパスタレストランの脇から見ると、こんな風に見えるのです。右に見えるマンションも私の住むマンションの向かいの建物です。この一角は真昼でもこのように影になっています。

 ちょっと角度を変えると、同じ建物なのに、全然違った雰囲気で見えるのです。面白いですね。自分が住む建物を覗く感じで見るのも面白い発見です。

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2009年10月10日 (土)

音楽による共感から考えられていくこと

 今からかれこれ数年前、未だ十年は経っていないと思うが、ある音楽業界のトップ誌が世界のプロのミュージシャン及び音楽業界人たちに「あなたにとって最も魅力的だった曲」という形でポップスとロックを中心にアンケート調査をしたところ、ベスト100曲中五十曲くらいを60年代の曲が、そして四十曲くらいを70年代の曲が占め、80年代以降の曲は僅か十曲くらいだったということがあった。これは何を意味するのだろうか?

 勿論この統計には80年代以降にプロ活動をしてきた人も含まれるだろうから、やはり本当に人々に感銘を与える曲は60年代から70年代へと集中している、つまり人々が感動を得る名曲が生れる時代というものがやはりあるのだ、ということを表しているのかも知れない。つまり時代とか世相というもの自体がいい音楽とか、名曲というものを生むという考えは強ち間違いではないということだ。

 どういう時代にそういういい曲が生れるのかということを考えると、やはり未来に対してそれまでの重苦しい空気を払拭するような希望が持てた時とは言えるかも知れない。

 かつてWe shall overcomeとか「夜明けは近い」とフォークによって唄った時代があったが、それらもやはりそれまでの致し方なさにおいて重苦しさを享受してきた時代の人々による未来への希望を託した、その希望が近い将来に持てるという確証はないにしても、少なくともそういった希望の火を絶やすまいという気運がある時代には、確かにいい曲というものが生れるということは言えるかも知れない。

 そういう意味では現代社会において今の時代は何か新しい空気を呼び込むことには相応しい雰囲気を持っているとも言える。何も政権交代をしたからとか、オバマ大統領がノーベル平和賞を授与されたからということだけではなく、人類全体の今後の方向性ということを考えた時意外とこれから数年間は、そういう気運に人類が共通のコードを見出していく時代であるとは言えると思う。

 そうなると音楽もまた、あの60年代や70年代においてシンボライズされるタイプのものと言うと、やはりロック&ポップスということになるが、またその頃にはなかったタイプのものが歌詞に関しても、演奏スタイルに関しても、あるいはジャンル毎の侵犯的な異種交配性にしても新たなトライアルがなされていくに違いない。

 俗に言うイングリッシュインヴェーションとかウッドストックジェネレーションとかが60年代から70年代を代表するムーヴメントだったが、その中にビートルズ、ローリング・ストーンズ、キンクス、ビー・ジーズ、ピンク・フロイド、ザ・フー、クリーム、シカゴ、ドアーズ、オールマン・ブラザース・バンド、ザ・バンド、レッド・ツエッペリン、イーグルス、ディープパープル、ドゥービー・ブラザース、カーペンターズ、ビリー・ジョエル、アバ、クイーン、エアロスミスといった人たちがいるわけである。少し遅れて、ニルヴァナとかオアシスとかが出て来て、それ以外にソウル、ヒップホップ、ダンスミュージックなどがあったわけだ。その中にレイ・チャールズ、アレサ・フランクリン、ジェームス・ブラウン、マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダー、ダイアナ・ロス(シュープリームス)、ポインター・シスターズ、ドナ・サマー、マイケル・ジャクソン(ジャクソンファイヴ)、マドンナ、ホイットニー・ヒューストン、マライア・キャリーがいたわけだ。要するに白人を中心とするユニットと黒人を中心とするユニットと、あるいはその混成や白人なのに、黒人テイストのもの(例えばボズ・スキャッグスとか)、逆に黒人なのに白人テイストのもの(例えばライオネル・リッチーとか)という風にそれぞれに差別化されていた。

 しかしこれからはやはり80年代以降にアジアや南米といったムーヴメントが無視出来ないものになってきている(YMOやフェイ・ウォンとかシャキーアとかもそこに含まれる)し、それ以外の文化圏からもこれからは続々とヒーロー、ヒロインたちが出現していくことだろう。

 つまりよりグローバルに、しかもよりジャンル侵犯的な表現とか、発表形式が錯綜し、混成化して、そこにポップスやロックといった規制のマーケットだけではなく、ジャズや現代音楽、クラシックなどとの融合が更に加速度を増していくだろう。つまりそもそも音楽だけではなくそれ以外のメディアと混成形態のものとか、ネットとも連携していくということだ。

 それでも恐らく歌詞があって、歌があり、そこに人間の感情を読み取るということから来る共感作用というのものは永遠になくならないだろう。

 どうして私たちは歌を求め、そこに聞き惚れ、感動したくて、共感してしまうのだろうか?これはある意味では愚問であり、ある意味では極めつけの哲学命題でもあると言える。

 つまり言葉があり、言葉自体が身体的な律動を伴うものであるということ、そしてそれが意味の世界でありながら、感情を流出する手段であるということ、そして言葉と音楽という生理的に直接響いてくるものとの相性が抜群にいい、というまさに神の恩寵ででもあるかのような偶然的なマッチングこそが私たちが、音楽の中にとりわけ歌を求めていくことなのだろう。つまり歌が誕生した瞬間に楽器とか、演奏ということの概念は人類にとってがらりと変わってしまったと言っていいだろう。

 いやそれよりも既に演奏とか楽器自体が一つの語りだったのである。そしてそこに直接声を出して加わった奴が誰かいたのだろう。又そうする中でダンスをしたりするように、要するに身体を揺さぶり動かすこと自体が自然に協同するようになっていったのだろう。だから本来音楽をポップスとかロックとかジャズという風に区分けすること自体も、それはただ資本主義のマーケット戦略的な差別化でしかないのであって、クラシックとか民族音楽とかとも常に影響を与え合ってきた、音の連動の歴史がそこにはあった筈である。

 要するに音を発するだけで既に何か楽しい。そのことは恐らく我々が言語行為を何故するのかということと繋がることである。つまりたとえ音楽があまり好きではない人でさえ言語行為をしないという人はいないだろう。すると、言語行為とは何かミニマルな音楽的行為であるという風にも捉えられることになる。

 しかし言語学も哲学もそのことに対して自覚的ではあまりずっとなかったように私には思える。音楽的な認識を持っていた哲学者にはニーチェとかウィトゲンシュタインとかがすぐに想起されるが、実際言語と音楽の関わりの歴史を本格的に捉えた人を私はあまり知らない。ルソーなどもいい線を行っているが、やはりそこまでではない。

 すると音楽的共感の内部に巣食う本能的な身体的感動の世界と、意味とかイデア、ロゴスの世界の間に何らかの溝があるということは考えられる。確かに幾つかの現代音楽にはそういう溝の克服を旨とする試みもあったが、やはりそれら多くはクラシックの伝統と、そこからの破壊、あるいは再構築という意味合いが強く、言語行為と音楽の協同性と溝という相反する事態に対する視座が確立していたとは言い難い。

 つまり本能的な感動と、意味世界の感動の溝のように思われるものこそが実はかなり重要な指針ではないか、ということだ。すると私の中では音楽の共感、そしてそれが歌によって表現されている時、その溝よりは、ずっと通低したものが重要視されているという現実を見ることが出来る。つまり感情と意味の世界が協同しているのだとしたら、寧ろ本能と意味の世界も隣接している筈である。つまり言語自体が一つの我々の本能的行為であるという風に捉えていけばよいのだ。

 ここに身体生理的本能と意味世界と感情という三角形が形成される。勿論そこに時間とか空間ということが密接にかかわってくるわけだ。

 そうなってくると、スポーツと音楽の感動の協同性というものも問題となってくる。つまり各スポーツにも固有のリズム(かたち)とか固有のメロディー(いろ)さえあるのかも知れない。例えばテニスにはテニスの、バレーボールにはバレーボールの、バスケットにはバスケットの、ゴルフにはゴルフの、野球には野球の固有の言語、固有のリズム、固有の共感回路が人間に備わっているという風にも考えられる。

 つまりスポーツも音楽もそれら固有の言語行為であり、それら固有の空間と時間と場との関わりであると言えるからだ。音楽とスポーツの言語学、音楽とスポーツの哲学という分野がないということ自体も、これからの時代には何かおかしなことという風になっていくのかも知れない。

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2009年10月 9日 (金)

世界と個人主義

 よく個人主義と言うとアメリカ人とかヨーロッパ人って言うけれど、本当にそうなのかな、と思うことが多い。と言うのも日本人ってよく集団で行動するとか言うけれど、そのかつて言われた護送船団方式の政府と経済界の在り方なんかを想起してみると、意外と日本人って、個人的にてんでばらばらで他人のことなんかお構いなく、好き勝手に行動しているし、そういうことが好きだからこそ、逆に企業とか組合とか集団で行動する時に必要以上に個を圧殺する統制が必要になるだけであって、寧ろ日頃はアメリカ人とかイギリス人とか(まあフランス人は少し違うという気があるけれど)ドイツ人とかでも、ある意味ではかなり個人主義が控え目で、要するに協調性が溢れていて、それはまさにキリスト教による隣人愛とかだと思うんだけれど、それが徹底しているから、せめて家族という団欒の時間には、仕事で忙しいので、なかなかオフにならないと相手にしてあげられない両親、義理の両親、子どもたちに対する愛情とか家族愛を十分してあげなければ、という倫理が発達して、個人主義が主張されているだけで、本質的には、ずっと日本人の方が普段から生来の個人主義者であることの方が多いんじゃないかな。そう私は思えている今日この頃なんですけれどね。

 それにしても今日六時頃のノーベル平和賞受賞をオバマ大統領が受賞することになったニュースで感じたことというのは、まず平和をプラハで宣言していただけで、本当に実践する前に彼に平和賞を授与することによって、世界をより安定した均衡を持つように仕向けるという委員会の政治的な思惑というか、要するにそうなっていけばいいという祈念の意図が濃厚にあるっていうことですね。勿論私は初の黒人大統領がそういう栄誉に預かるということ自体悪いことではないと思うのだけれど、そういう思惑の通りに世界の平和的均衡と、経済的な動向が環境運動と結びついていい方向へと世界が進んでいってくれればそれに越したことはないんだけれど、まずそういう意味では日本人一人一人が環境なんかに自覚して、意識的に努力していくことも必要だけれど、やはり世界ということになると静観していくしかないという側面も否めない。

 僕が三歳の時にビートルズがデビューして、八歳の時に日本に彼らがやってきて、その当時はベトナム戦争が真っ盛りで、反体制的な思想の持ち主だったジョン・レノンはまさにビアフラ紛争に関して時のイギリス政府に抗議の意図から授与されたMBE勲章を返還したわけだけれど、その反体制的思想がグループ解散後に、当時カーター政権時の保守派に睨まれて、その後彼の暗殺後に誕生したレーガン政権下においてスターウォーズ計画とかが盛んになって、冷戦の軍事的フェイズに突入して、レーガノミックス時代を超えて、パパ・ブッシュ時代にはイラクのクウェート侵攻を阻止するために、コリン・パウエルとノーマン・シュワルツコフが登場して、ベルリンの壁が壊されて、日本は失われた十年へと突入していく、要するにバブルがはじけた以降の経済的寒冷期へと突入、そしてブッシュ‐小泉時代へと突入、その後自民党は小泉の宣言の如く、がたがたになり、遂に政権交代し、当時の世界の首脳の顔ぶれも殆ど交代して今日に至るんだけれど、日本人の個の行動が一番他人なんてどうでもいいセンスの徹底したエゴイズムであって、核家族云々ではなくて、寧ろ家庭崩壊の序曲はあの大阪万博時代に既に兆していたんじゃないかと思うんだけれど。フランスなんかはそもそも今の大統領であるサルコジ氏が移民出身者っていうのもあるけれど、外国人労働者に対する意識は寛容なところがあったからこそ、逆にアラブ系なんかに「今まで甘過ぎた」とそういう宣言をしたりするんであって、それはそれまでは寛容過ぎたということ証明しているようなものであり、日本人は未だに在日とかそういう呼称が残っているっていうところにある種の立ち遅れを感じさせる。ドイツのトルコ移民問題も、それまでは寛容過ぎたから持ち上がっていたわけで、日本人の集団主義は少なくとも、これまでは決して協調性の賜物ではなかったって気がするな。それは形骸的な精神形式主義っていう気がする。だから中川昭一氏死去の際の甘利氏とか町村氏とか大島氏の悲しみの態度とか見ていると、案外そういう部分では自民党だって捨てたものじゃないなと感じた国民も多かったんじゃないかな。つまり小沢さんとか小泉さんって、結局かなり理念的に個人主義者でしょう。タイプこそ違え、そういう部分では共通性がある。

 でも民主党の今閣僚になっている何人かはそういった合理主義とは一戦を分かつ人もいるし、野田さん、枝野さんとかもやはり少し毛色が違う。岡田外務相もそうだけれどね。まあ現政権もそれなりに静観していくしか今私たちにはなす術がない。経済の復興ということだって、環境問題においてニーズを作っていくしかない。経済循環的な環境アプローチという企業インセンティヴの創出ですよ。だから企業は科学者を大勢入れるべきなんですよ。

 そう個人主義は協調の上に、しかもこれからは地球規模でそうあるべきなんであって、「愛こそはすべて」っていうビートルズナンバーではないけれど、そういう意識にならないといけないんであって、そういう意味ではサルトルもフーコーもドゥルーズもガタリもサイードもソンタグも草葉の陰で、世界の動向を見守っているんじゃないかな。ジョンやジョージもそうだし、エルヴィスやチャップリンもそうなんじゃないかな。

 「独裁者」とかを安く見られるようになるまで後未だ六年くらい必要になってしまったけれど、それはそれでいいんじゃないかな。黒澤さんの映画を安くDVDで見られる時に僕はもう七十を過ぎているけれど、それはそれでいいんじゃないか。つまり何でも一般大衆に安く全ての情報が普及するっていうことはいいことだし、今日も「マジカル・ミステリー・ツア」と「レット・イット・ビー」をユーチューブで見たんだけれど、あの懐かしい素朴な六十年代もとおの昔になってしまい、それから加速度的に世界は情報面では完全に個人主義と共産主義を実現した観がある。ビル・ゲイツの偉いところは大半の資産を寄付してしまったこと、そして経営の第一線から退いたこと。

 だから古い感覚の法がどこかで一つくらいまさにレコードみたいに残っていたって、それはそれで別にいいんじゃないか。つまりそれこそ、それは永遠ではなくて、少し待てばまた安く見られるんだから。そう、チャップリンの「独裁者」とか「モダンタイムス」みたいなそういう時代もかつてはあったんだよ、ということ。「MASH」みたいな主張をするベトナムに対する反戦的主張もあったんだよ、と僕たちの孫の世代に、ウッドストックって知っているかい、モンタレージャズフェスティヴァルって知っているかい?ってその頃もうよぼよぼのオバマさんたちと僕たちもそう変わらないけれど、孫たちにそう聞いて、一緒にチャップリンを観ることも出来るのだろうか?

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人間性や人格と仕事(作品、理論、思想)は関係ない②

 日本ではマスコミとかマスメディアではある専門の世界での人気者と言えば、概して好感度によって決定されている。つまり視聴率を取れるキャラクターであることと、親近感を持たれることがバロメータなのである。そこに求められているものは「~らしさ」である。周知のイメージ、しかも一回やって受けたイメージである。

 しかしカントとはカントらしさを追求したのであろうか?あるいはバッハはバッハらしさを追求したのだろうか?そうではないだろう。つまりバッハが音楽とは何かという命題を実践論的に追求したようにカントもまた哲学という命題に真摯に取り組んだだけのことである。

 二流の思想家や表現者たちは概して一度容認されたイメージを後生大事にしてそれを「~らしさ」にしてしまう。だからかつて黒澤明が「今の役者さんは変な癖がついているから、まずそれを取り除かなければならない」とそう言ったのだ。つまり作品作品毎に異なった要請とか使命があるのだから、それに応じて只必死になればよいのに、日本の役者は一回ある成功作によって得たイメージを保守しようとするのだ。あるいは北野武氏が言っていたが、氏はいつも映画のキャストに映画の最後のシーンまで書かれた台本を役者には渡さないと言う。つまりもし最後に死ぬ役であるとか殺される役であると知ると、その役者はいずれそうなるという風に演じてしまうのだそうだ。だから常に最後にその映画がどうなるかということは監督で脚本家である北野氏だけが知っていて、後はその日撮影する分の台本しか決して役者には渡さないのだそうだ。これなども完全に「~らしさ」に拘ってしまう役者の側のイメージ保守の戦略を打ち砕く工夫であろう。

 つまりかつてビートルズがデビューしてから人気を得たイメージにしがみつくことなく、どんどん音楽の傾向やらイメージを変えていったように、あるいはポール・マッカートニー自身が自分はベーシスト、歌手、作曲家の順に優れていると謙遜しているが、歌手としての彼が歌のイメージ毎に全く違った声質で臨むような意味でのその都度の対応がプロに求められている使命である筈なのである。

 シェークスピアには「マクベス」や「ハムレット」のような悲劇から、「ベニスの商人」とか「真夏の世の夢」とか「じゃじゃ馬馴らし」のような喜劇タッチのものまで実に幅広い。それはその都度彼が時代の要請とか、大衆のニーズに対応していて、決して「彼らしさ」を意識していたのではなかったからだ。つまり何とからしさという肩書きは仕事の後から勝手に誰かがつけたものでしかないのである。

 尤もシェークスピア、バッハ、カント、ビートルズなどと偉大なものばかり言っていても実は仕方ないのであるが、少なくとも彼らから学ぶこととは、端的に小さな好感度とか周囲の風評に惑わされて固定化したイメージだけに執着していて、それを共謀関係によって守る既得権益者たちが何と多いことか、ということであり、そういった戦略だけによって案外低レヴェルで世界が運営されているのではないかという、危惧を誰しも思い描くことが出来る今日の全ての状況において、例えば政治などがその最たるものの一つであるが、そういった進歩のない保守的惰性が権威を持ち、権力を保持していくような社会の在り方に対して常に批判的であるようなスタンスが個人に資質としてではなく、意志として必要とされているのではないか、ということが今回のテーマにおいて私が言いたいことなのである。

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2009年10月 8日 (木)

人間性や人格と仕事(作品、理論、思想)は関係ない

 

私の友人であるM氏はどういうわけか私の性格的なキャラクターを高く買ってくれていて、要するに私の人柄からいい仕事をする人であると信じてくれている。しかしM氏には悪いが、私は本質的にその人間性が他者間で信頼を得たりすることは、確かに集団における仕事とか、集団内で発揮される能力においては必要なことも今迄の社会では必要だったこともあるかも知れないが、こと一人でする仕事、それはアーティストから、作家や評論家とか哲学者や論理学者、数学者などの仕事においては何の関係もないと考えている。M氏は長く芸能界にも身を置いておられた方なので、そういう世界での成功例から推察して私の人間性を高く買ってくれているのだと思う。

 そもそもアーティストとか作家とかにとっての仕事である作品世界とか、あるいは哲学者や思想家にとっての思想、信条、理念、論理といった世界とは、それらを持つ人間の性格、人間性、対人関係とは全く切り離されている。ここに仮に酷く嫌味で、少なくとも対人関係的な意味で人間失格者がいたとしても尚、そのことと、その者がいい仕事を理論上で、あるいは創造において、あるいは思想的、信条的に優れているか否かとは何の関係もないと言ってよい。仮に犯罪者であっても優れた理論や、思想を持つことは出来るし、作品や論理を創造することも出来るだろう。

 つまりその人間にとって何が趣味であるかとか、どういう性格的傾向であるかといったファクターはその人間が仕事を選択する上では最初のきっかけくらいにはなるかも知れないが、仕事上での成功とか大成といったこととは何の関係もないと言ってよい。

 この世の中には最初は誰からも嘱望されて、道を踏み外していく者も大勢いるし、また誰からも顧みられないようなタイプの者が徐々に伸していくことも多い。

 要するに問題なのは作品、理論、論理、思想、信条、方法論、技術の差だけが仕事上での優劣を作るのだ。

 日本人は概してそういう風な人間性とか性格とか対人関係術のようなことに多く神経を使うことで集団を制御してきた歴史性と民族性があるのだろうが、そういったことは端的に才能とか、技能とか、仕事上での優劣とは何の関係もない。私は以前にも書いた(「暗黙の理解を強制するファシズム」、7月12日より)が、空気など読むことに腐心するくらいなら、一切そういった努力を放棄して、職能や、技能、思想、信条を磨いてくことだけに専念するようなモラルを早くこの国に確立して欲しいと思う。そうでなければ出世しそうなタイプという人間性だけで全ての成功が勝ち得られるという歪な現実を生んでしまう。

 日本人は相手から空気を読んで、断る側や拒否する側が気持ちよく断り、拒否することが出来るような精神環境を作ることを暗黙の約定にしている。だから「前向きに検討致します」などという婉曲な断りの常套句が生れるのである。これは至って不健康なコミュニケーションである。率直さ、真摯さ、誠実に事実のみを伝える社会上でのダイレクトさが一切この国ではカモフラージュされ、個人内部での対他的良心だけを尊重する空気がそれこそ漲っている。だからはっきり言って、全ての仕事からつまらぬ人格的なキャラクターといったことを極力選考的基準から一度思い切って排除していった方がよい。

 この国では政治や経済の世界から、学問の世界に至るまで一切の実力本意社会が実現されていない、というのが私の意見である。つまり権威とは、既得権益者による権威に容認される者だけが引き継ぐという因習によって確固としたものとして厳然と存在し続けるのだが、その例を地で行っているのがこの国の姿である。

 私は文章を書くということを主体としているのだが、つまり文章自体が何かを語りかけるということだけが重要なのであって、それを書く私自身がどういうキャラクターであるかどうかなどということは些細なエピソードでしかない。そんなことは本来私が書く文章の上ではどうでもいいことなのである。だから私は全てのブログ(私は13のブログを持っているのだが)で一切私の肖像写真は使用していない。その点こそ著名な芸能人の作るブログとの大きな違いである。

 私は小説とか詩集なども著者の写真とかプロフィールを紹介するということは、本来その作品世界の質とか、評定性とか全く何の関係もないと考えている。しかし日本人は未だに多く、この作者という幻想、つまりその人間性とか、性格とか最悪の場合には顔といったキャラクターを中心に本を読む選択基準にしているように思われる。これは由々しきことである。従って一日も早く、仕事上での実力に対する評定だけがいい出版物を流通させるようになっていって欲しいと思っているが、実際には覚醒剤で逮捕されて一大センセーションを起こしたタレントの実像本のようなものが流通している。このような現象だけでもし今後も日本の出版界が命脈を繋げていくとしたら、この国の文化の将来は暗いと言わざるを得ない。

 タレントのスキャンダルは、確かに一時には格好の商売ネタではあるのだろうが、本来彼らは彼らのステージとかCDとか、映画とか要するにプロフェッショナルな仕事のみで評定されるべきなのである。しかしこの国ではその人間のプライヴァシーに対する大衆的関心こそが優先してしまうのである。これは実は多くの学者たちの戦略にまで影響を与えている。いや政治や経済の人選にまで影響を与えていると言っても過言ではない。

 こういった一切を人格とか人間性といった幻想自体を商品価値としている劇場型社会に根拠があると言ってもいい。この現象は世界的なレヴェルのものとなりつつある。

 恐らくこれからはアメリカや日本のこのえげつない劇場型スキャンダル的な衆愚性格の強い社会が世界中に蔓延していくことだろう。恐らく逸早く韓国がそれを追随してきたが、中国、インド、ブラジル、ロシアも同じようになっていくに違いない。

 そしていつか世界中にそういった人間性、人格神話が行き渡って取り返しのつかない状況になった時に初めて、そういうことではいかんと叫ぶ声が高く評価されていくのである。それは広島と長崎に原爆が投下されるまでは世界全面戦争がなくならなかったということと同じ構造である。

 繰り返し言っておこう。仕事と人間性、対人関係的性格、人格とは一切切り離して評価すべきである。これは真理として肝に銘じておく必要があろう。そうする中でこそ真に必要とされる特定の職業における実力を発揮していくのに相応しい人格とか人間性とかがその都度、つまり個人毎に異なる条件として考えられていくのである。つまり人間性とか人格とか対人間関係的性格などといった丼勘定的な曖昧なファクターは一切重要視しないというスタンスが基本としてまず必要なのである。そしてあらゆる成功例とは一般化され得ぬ、要するにその一個人にのみ適用されたことでしかないということである。

 つまりいい仕事はこれこれこういうパターンとかタイプによって成し遂げられるほど甘いものではないということである。

 しかし世界は徐々に均一的にマスメディアの垂れ流すスキャンダル的性格の衆愚を誘導する戦略に乗せられている観がある。そしてその衆愚性が極限にまで行き着くということ自体がグローバリズムになっていっているところに今日の世界状況に対する危惧が少なくとも私には感じられるのだが、あなたにとってはどうであろう?

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2009年10月 7日 (水)

「読む」とは何か③

 自己の中にある願望が常に充足するとは限らないという事実に対して向き合うことによって人間は自己を本質的に知る。それは要するに他者と共存する運命を知ることなのである。しかしもし人間が百パーセント内的な欲求が満たされるのであるなら、恐らく思考も、論理も、言語も生まれなかっただろう。自己という存在を教えてくれる他者の存在に対する認知という運命的な作業が人生に待ち構えているからこそ、その他者と自己の欲求が必ずしも一致しないという運命的事実に向き合い、やがてその齟齬が齎す困難を解決するために、思考、論理、言語が必要とされると知るに至る。

 例えば女性は愛する男性の子どもが欲しいと願っても必ずしもそれが実現するわけではない、そしてそれを知っている。だからこそ愛する男性の間に子どもを持つことが夢となる。女性は妊娠のシステム、つまり微細な生殖能力に関するデータを自己の直観によってのみ知るし、それしか出来ない。それは「何となく分かる」だけである。女性はいつセックスをどういう体位でして、妊娠すればこういう子どもが生まれるとまでは知り得ないからこそ、その事実を相手の男性に正確に伝えることも出来ないのだし、同時に相手の男性に対してどこまで自分の体調に関して伝えるべきか考慮するのだ。もし正確に何もかも知り得るのであれば、女性は男性を完全に性的には支配することが出来る。しかしそれが至って不完全な直観に委ねられているからこそ、そこに男性に対する駆け引きという感情が芽生えるのである。駆け引きとは未知への自覚が生む。

 だからそれは男女の関係ではなくても同性同士であっても、親子であっても、変わりないことである。

 つまり願望とその充足の関係が常に因果的必然性において設定されているわけではないという事実が、人間に思考、想像、論理、反省といった様々な心の作用を生み出すのだ。 

 もし女性が妊娠のサイクルや微細な身体生理的メカニズムが完璧に理解出来るのであれば、男性に対して愛を乞うようなこともなければ、男性を尊敬することもないであろう。

 要するに人間は自分で自分のことを100パーセント知ることが出来ないからこそ、その不可解さに起因する不安を除去するために、他者を意思疎通の相手として利用するのである。対話をすることを望むのである。しかも悪辣な奴は往々にして向こうから対話をしたいように接近させて、実はそいつを利用することさえあるのだ。

 だがどんなに悪辣な奴でも、実は人間は自己を他者に対する他者として他者に向けて自己を晒す時、自己の内的感情を他者によって、その時の立ち居振る舞いや表情や、行動や、微細な仕草で全てこと細かに「読まれる」という他者の自己に対する読解可能性を認めてもいるのである。その他者への意識の自分こそ「私」である。

 だから警察の追跡をかわすことが目的で旅館に滞在する犯罪者は、恐らく警察と分かる人物が旅館の外にいることを知れば、その者には気づかれないように身を隠すことだろう。つまり彼はその警察官たる人物にとって他者として振舞わない。どこにもいない人物として自己の存在を願う。自己を他者にその存在確認出来るように、所在を知らしめることは自己の欲求をその他者に「読まれる」ことを認めているということに他ならないのだ。

 

 ところであるものの意味とは存在理由のことである。そして存在理由とは、そのものが他との関係においてどのような差異があるか、ということに対する説明である。よって意味とは関係概念である、と言うことが出来る。

 記号学者であり言語学者であったフェルディナンド・ソシュールは恣意性ということを、言語(ラング)に対してその特質(指示対象に対する語彙の選択の根拠として)として表現した。このことはそれよりも早く生物の環境全体から受ける自然選択とダーウィンが言ったことと共通性がある。それはある特質とはその物体とか存在物の意味のことであり、その意味はそのものを他との関係において成立させる差異のことである、という意味で共通するのである。自然選択は、生存を賭ける生物間の差異が戦略上どの生物の戦略が勝るかということにおいて結果する適応と、その差異が強調されることによって生存戦略上ある別種へと分岐変化してゆくことを許容する進化という変化への移行のことである。

 従ってあるコミュニケーションが理解し得たという事態を迎えることとは、裏を返せばまた再び齟齬が生じるということでもある。

 例えば他者の行動に意味を「読む」とは、その他者に対する信頼、つまり理解し合えたという事態にはなっていないということを意味する。少なくともその他者と自己の間で相互に懐疑心や猜疑心を払拭し合い、一切の他者への警戒を介在させる必要はないとは決して言い切れないという事態を意味する。だから逆に理解し合えるということは「読む」、「読まれる」必要がない状態を意味するが、そのような状態からは逆に変化というものは、退行であれ、進化であれ一切ないということをも意味する。だから切磋琢磨という観点からは、完成した瞬間に相互の理解や、信頼の一切を白紙に戻すという行為の必要性を主張してもいるのである。そこから再び高次のレヴェルにおける進化という変化、あるいは葛藤が生まれる。

 「読む」、「読まれる」という関係は客観視が必要なほど緊密な関係にはないということを意味し、その距離は理解すると共に失われるが、一切の距離を保てないという事態は、創造を停滞することでもある、という摂理があるように思われる。葛藤と衝突と、鍛錬と相互規制と相互修正が新たなステップに私たちの意識を進化させるのだ。

 人間は自ら主体的に自国の文化を選び取る。苦悩する時韓国人は告解する。日本人は一人で耐える。これは文化による強制ではない。いやそう捉えてはならない。どの民族も自己決定心などというものを持ってはいない。自主的に自己決定する行為の可能性を一人で模索することに大きな意味を見出してはいないからである。そんな時、英語で言うところのcozy relation、つまり馴れ合い関係というものが発展を退行させると考える時、「読む」という行為の客観性というものが極めて重要であり、「読む」、「読まれる」の反復が、実は「読まずに済む」状態へと接近してゆく運命にあることを知りつつ、そうなった途端にその状態を突き崩すことそのものが理性である、ということは結婚が理性によって行われるのではないということからも明らかである。だから一人で行為を決するということが、自主的なことであると認識する必要のない状態を常に相互に他者と自己間で構築と破壊を繰り返す限り、私たちは文化を守るという意識においてより創造的であることが可能であろう(結婚もまた文化である)。そしてそれは「読む」ことが我々に必要なのは、寧ろ「生きる」意味を「読む」ためではなく、「生きる」意味を「読む」、あるいは見出すことだけが全てではないということを知るからこそ日頃から他者と自己の間で「読む」ことを怠ってはいけないということなのである。そのために「読む」快楽が存在するとも言える。(「自分」と「私」より)

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人生を語ることと哲学は確かに違うけれど

 一週間と少しの間ちょっと普段利用していたパソコンが故障してしまって、このブログを休止していましたが、また今日から復帰します。

 私は以前友人のK氏は大それた夢を諦め現実的になった時男子はいい仕事も出来るし、幸運も巡ってくるという考えであり、もう一人の友人であるM氏は夢はいつまで経っても諦めないでいることが大事だと考えていることを述べた(「親しさから出る悪意であるところの善意、しかしそういった善悪を判断する自分さえ幻想ではないのか?」9月11日より)。

 K氏は地方公務員としてかなり出世して、手堅い学問を修め、現在は大学教授であるし、M氏はプロの歌手でありアーティストであり、かつては某放送局の役員まで行った方である。

 両氏の考えは双方それぞれ異なった説得力がある。そして通常自分より若い人に垂れる訓示においては、意外とその人の来し方行く末が偲ばれるものである。つまりある部分ではK氏は自分の夢をリタイア後の楽しみとして全ての楽しみを抑え、ずっと耐えて成功してこられた方ではないかと思うし、逆にM氏は好きなことだけをしてそれなりに成功してこられた方ではないかと私は思う。

 そしてでは我慢することも多かったK氏がでは卑屈であるかと言えば決してそうではなく常に毅然とされていて、とても自分の人生に誇りを持っておられる。それは恐らく氏の人生全体に対する思想が、大それた夢ではなく現実を見つめるということであり、M氏の人生に対する思想がアーティストタイプに相応しい常にチャレンジングし続けることであるということなのだろう。

 しかし哲学者とはこういうことを一切語らない。つまり哲学とはそういう意味ではかなり専門的な論理的構築世界であり、端的にその特殊専門性こそが哲学の面白くないところでもあり、且つ優れて素晴らしいところでもあるのである。

 しかし私は敢えてこのブログでは非哲学専門的なことも多く触れてきたし、これからもそうするつもりである。つまり哲学に固有の穴を埋めることで、逆に哲学に固有の素晴らしさを自ら実感したいからである。私自身は出来るならいい仕事をこれからもしていきたいし、また独身なので一度は所帯も持ちたいとも思う。恋をするのもいい。

 そんなこと年齢を考えろという意見もあるだろうし、逆の意見もあるだろう。要するに人生そのものは哲学的専門性にとどまらない思念に満たされている。その実存を、ある意味ではかなり高度に抽象化して論じるのが哲学だとすると、逆に豊かではない人生を送る者が哲学にのめり込むこと自体がかなり危険なことでもあるとも言える。

 確かに自然科学にはその点ではある種の健康さがあるし、数学も頭脳の体操的な意味での効用がある(尤も専門家はそんなレヴェルには両方とも留まらないということを承知の上でそう私は言っているのだが)。

 つまり現実的であることと夢を持つことを程よくバランスを取ること自体が一つの人生の中でいい哲学を見出していくことであるが、哲学自体は学問としてはそういう位相の専門領域のものではないとだけは言える。それは固有の言葉の表現であり、思想なのだ。

 そのことは別の形で、つまり具体的な様々なことをこのブログで語ることを通して考えてゆきたい。

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