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2012年5月23日 (水)

記憶と場所Part3 風景とは何か?Ⅱ

   

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 基本をPart2の論理に忠実に今回は更にその根拠を探る。

 → 前回記事を参照されながら読まれたい。(記憶と場所Part2 風景とは何か? http://poppyandbell.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/part2-8bdc.html

 前回の説明をすると、①の道は我々人間は生活する為に移動しなければならず、従って必然的に道が出来る。それに対し定住するからには住まいを持ち、その周囲の場所に生活と共に馴染む。そこで自分の住むエリアに愛着が生じる。

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 しかし同時に都市空間の風景は予め政治自体が作るとも言える。政治によって決定された都市機能と社会的インフラが風景を構成する。だが政治もあるエリアの自然環境に沿った形でしか都市機能も社会的インフラも整備出来ない。しかし同時に政治家は自らの脳内で描く都市空間の青写真をベースにそれらを整備しようとする。従って非実在風景がまず脳内にあって政治に取り組む。それは自分自身の政治政策支持者と反対者との間の駆け引きによって得られる人的ネット環境自体への返答(人間関係の風景が政治家には脳内で出来ていくし、そういう人的ネット風景の青写真を思い描けることが政治家の資質である)であり、それ自体を組み直す意志が政治のモティヴェーションである。従って前回の⑥は①と大きく関わる。

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 又我々一個一個の市民が馴染み愛着を持つ風景は、あるエリアに居住することで、得る生活習慣とその習慣によって行為がなされた過去の記憶とが、ある日ある場所で赴く時に固有の関心をある場所に注がせる。それが風景になる。従って風景を作るものとは、まず道、それから我々の日々の習慣と記憶から喚起される関心である。これは多分に前回の④と大きく関わる。そしてその時(何かに関心を注いでいる時)に外界と自分の内面とを繋ぐ架け橋としてあるエリア、ある場所が認識される。それが前回の③であり、その③の認識を携えている私達が自然と②の認識、外界の力を我々に実感させるわけだ。

 だから⑤の芸術による風景はそういった我々の生活がベースにあり、その認識に芸術家が美的解釈を施したものとして我々には理解出来る。そしてそういった芸術表現上での風景(絵画以外にも映画でも舞台でも写真でも音楽を通した自然の描写でも)が我々に実際の風景の認識を新たな相貌で出会える様にしている。

 だからこそそういった文化的(それは民族的でもあるし、人類的でもあるが)な把握と解釈と理解と共感があるものに特に関心を注ぎ、それ以外は無視することを強いる。それが⑦で示しているところのことである。

 

 

 我々は行為の連鎖の中で習慣を構築し、その習慣の連鎖によって行為の連鎖を構築する。そしてその一連の生活が記憶され、その記憶と今現在の何物かとのその都度の出会いがその都度の関心を誘う。その関心が記憶したものを呼び覚ましもするし、新たな関心によって新たな習慣も得られる。記憶がある習慣を蘇らせもするし、ある習慣的行為があることの記憶も蘇らせもする。

 要するに記憶と習慣と生活の中で出会うという意味では風景は一つの人生での出会いの道具(ツール・オア・ディヴァイス)でもある。それは出会う為のものでありながら、愛着を持ってある場所に頻繁に行くという習慣も作る人生上での大いなる媒介であると言えよう。その部分での主張も又③の真理へと誘引されるとも言えよう。又風景は物理的でありながら、同時に精神的(身体的に外界に接している<インターフェイス>のは精神的な事でもある)にしかそれを感受出来ないという意味でも遮蔽されていても、開放されていても内外を繋ぐという意味でも②と③の不可分性も示している様にも思われる。(つづく)

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コメント

記憶とは何か?

心は脳からどようにして生まれるのか? 脳と桜 のキーワードで検索して頂きますと論文があります。どうぞ宜しくお願いし致します。

投稿: 永井哲志 | 2012年9月 7日 (金) 18時27分

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