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2012年12月 5日 (水)

12月1日、2日のフェイスブックで「いいね!」が付いたフェイスツイート 世相、選挙、アート、文学、女、アイドル 

 ●は「いいね!」がついたツイート。○はつかなかったが自分で気に入っているツイート。

 ☆世相

●ブラック企業を経営するのが夢です、などと言ったらやはり社会的問題発言になるんだろうな。グレーくらいに留めておけとかって言ったらそれも適切なアドヴァイスにはならないんだろうな。ホワイト企業を経営したいですって言えばいいってことかな?

色自体への差別だよ。(1日)

☆NHK批判

●やっぱNHK的なものの考え方と民放的なものの考え方があって、NHKって圧倒的に弱者思想なんだよね。例えば就職する側の立場でブラック企業とかって言うけどさ、経営したりする側から余りにも非常識で社会のルールを知らな過ぎる就職活動している青年の色々な問題点は論わないんだ。そういのって凄く不公平だよ。雇用する側だけでなく就職する側の青年達自身が心得ておくべきことだってもっと扱うべきなんだよ。(1日)

●NHKに出る時はどんなコメンテータもそういう気構えで話し、日テレではそれなりの気構え、テレ朝ではそれなりの気構え、テレビ東京ではそういう気構えって、結局集団とか組織の在り方に合わせるだけっていう意味では、日本では個の思想っていうのが成り立ち難いとは決定的に言える。真に自由であるとする者を圧倒的に排斥していく空気の濃厚な国だ、とは言えるよ。俺はNHKで話す時も日テレで話す時もテレ朝で話す時もWBSで経済に就いて語る時だって人格を変えるつもりなんてないよって態度じゃ結局駄目なんだろう?(1日)

☆政治<総選挙>

●今のところ政策論争的には第三極の一極であるところの日本未来の党の方針がどうも共産社民と接合しやすそうだと言えて(脱原発、消費増税反対、TPP反対)、みんなの党はどうも民主党と消費増税反対以外ではそう変わりなさそう(段階的脱原発、TPP賛成)って感じで、自民党と日本維新の会もそんなに大きく違わないって感じは与えている。この三極間での票のばらけが顕在化するって気だけはするね。(1日)

●もう大体投票する党は決めたけどね。最終結果はどうなるだろうね?かなりばらばらに入るって気だけはするね。(1日)

NHK討論なんかを聞いていると、こいつはもう政治家を辞めて吉本興業に入って芸人になって出直した方がいいぜって思える立候補者も居ると思えるぜ(もう年齢的に手遅れか)。尤もそうやっても芸人達からも絶対相手にされないだろうけどね。中には詩人になってた方がよかったって人も居るし、主婦同士の井戸端会議で留めておくべきだって言いたい人も居るしね。(2日)

●勿論政策、理念が最大の投票基準である事だけは間違いないのだけれど、政治家だって人間なんだから人間性とか人間味の様なものを直観的に判断することも大きな投票基準であることも又間違いない。政治討論などを聞いていて、これくらいの事なら俺が番組にいきなり出たって言えるぞ的な印象を持ってしまう立候補者は避けるぞとは言えるのではないだろうか?(それどころか未だあんた引退しないで頑張っているのって言いたい政治家も多々見られるけどね)(2日)

●不思議なもので、自分では支持出来ない政策の党の政治家が話しているのを聞いていると、芸人になった方がよかったと思える的外れな立候補者でさえ、そいつらよりはまともだって思えてしまうものである。もうこんな党なくなってしまった方が国民と国家の為にはいいんじゃないかって党も幾つかはあるって思えるね。(2日)

☆マスコミ、アメリカ社会とユダヤ人、日本人、現代アートと現代詩の人達

○ここのところ急に中国巡視艇徘徊等の尖閣列島周辺報道が少なくなっているのは、選挙での争点へ尖閣問題を避けさせたい渡辺恒雄氏による局への指導か?(1日)

○ジャック・ケルアックの晩年も悲惨だけど、フルクサス(アートムーヴェメント。ここからヨゼフ・ボイス、ナム・ジュン・パイク、小野洋子、草間弥生等が台頭していった)の仕掛け人であるジョージ・マチューナスが又晩年が悲惨なんだ。アヴァンギャルドな連中の最後って意外と悲惨なんだよ。(1日)/Jack Kerouac http://en.wikipedia.org/wiki/Jack_Kerouac /Fluxus http://en.wikipedia.org/wiki/Fluxus / George Maciunas http://en.wikipedia.org/wiki/George_Maciunas

○エリック・ホッファーは特異な着眼から文明全体を俯瞰する思想家だが、彼が言う様に確かにユダヤ人は経営者で特別な存在をアメリカ史では出していない。フォード、モルガン、カーネギー、ロックフェラーはユダヤ人ではなかった。が文藝や科学では大勢の偉大なる存在を出した、と。しかも彼は適所を謝った(つまり文藝の世界などではなく行動して政治をすべき資質の人達がそれらの分野に進出した)結果、20世紀を特別のものとしてユダヤ人の世紀としたと捉える。

確かにアメリカでは金融業などはユダヤ資本というのは馬鹿にならないのだろうけれど、ジョブズもゲイツもユダヤ人ではない。それに対しアレン・ギンズバーグ、ボブ・ディラン、サイモンとガーファンクル、ソール・クリプキ、ヒラリー・パトナム等は全てユダヤ人である。役者でもユダヤアイデンティティの人は極めて多い。チャップリン、トム・ハンクス、バーブラ・ストライザンド等もそうだし、アインシュタイン、スティーヴン・スピルバーグ、ノーマン・メイラー、ベン・バーナンキ等もそうである。

ドイツでもイディッシュ文化自体がユダヤとドイツを接合してきたし、カフカもそうであったが、重要なドイツ文学が多くユダヤ系のものである(イスラエル系のものも含め)。

この様に民族的資質に於いて得意なものを活かすことから文化や文明を構築していった例は枚挙に暇がないが、そういう観点から見ると日本人は外交は下手だし、どうも国際政治的な達人ではない。雅な宮廷文化(平安朝)から受け継いだ文化的才能は恵まれている。又ものづくりには長けている。これだけの才能は中国大陸でも朝鮮半島でも見当たらない。だから返す返すも日本人が国際舞台でそういった才を巧くアピールしきれこなかったことが残念である。これからはもっと巧く国際的な舞台で自国のメリットになる行動を巧く行える才能を発掘していくべきかも知れない。その意味でも弁論術的なスキルを青年世代から構築させていく事には意味がある。しかしもっと国際的視野でそれをしなければいけない、とは今の青年を見ていると感じることはある。国際的舞台で活躍されている現場の人達との交流を彼等が持つ機会を増やしていく事も求められているとは言えるだろう。(1日)

○ハリウッドって場所自体がユダヤ人も多かったと言える。役者ではバート・ランカスター、カーク・ダグラス、ポール・ニューマン、ダスティン・ホフマンなんかもだしね。キューブリックもそうだし、ウッディ・アレンもそうだ。フランス人だけどジャン・リュック・ゴダールもユダヤ人、ロシア人だけどセルゲイ・エイゼンシュタインもユダヤ人だし、映画界はチャップリンをはじめユダヤ人によって進化させられてきたと言っても過言ではない。(1日)American Jews http://en.wikipedia.org/wiki/American_Jews#American_Jews

☆女

●女性は生物学的にも一緒に暮らしていると知らず知らずの内に男性を巧く調教してこうという欲求から色々と画策するのだ。これはメス自体の支配欲である。そしてかなり数多くの日本の男性が、自分ではかなり色々な面で自立していると自負していながら、その実妻から調教され凡庸な精神へと陥って家庭で奴隷と化している事に気づいていない。そして自分だけは差し置き他人に対してはとやかく言うつまらない管理職へと成り下がっているのである。(1日)

☆他者

●ある意味では半世紀を越える人生で出会った全ての他者達は、私にとって人生とはこうあるべきではない、という範例であった(家族や親類さえ)。他人を羨ましいと思ったことがない。何故なら彼等は私ではないからである。そういった意味で私は自愛、ナルシスだけで生きてきたし、これからも変わらずそうであろう。彼等は私ではないから気の毒に、とそう思いながら。(1日)

●ここ数日内で目にした本かネットでの言葉、或いはテレビでだったかも知れないが、自分のことしか信用していない人間しか信用することが出来ないっていうのは、凄く説得力がある。人を信用しようと安易に言う奴に碌な奴はいないというのは正しいと思える。誰だったかは忘れたが、そう言い切れる人はどの世界でもときたま居る。(1日)

●意外と仕事以外のオフの時間なんかで接する自然人同士での友人から悪い影響を受ける事が多い。却って仕事での関わり以外の一切の親しい知人を持たないというくらいの割り切り方の人の方が知人の柵からの悪影響から免れているという事は言える。付き合いというものが意外と俗悪である事だけは確かである。(1日)

☆勤労観、価値の見直し、日記

●勤労意欲が旺盛な人こそが正しい生き方だって考えもかなり戦中派迄は浸透しているけど、蓮池さんの本で描かれる北の生活を彷彿させるとは言える。勤労観自体が大きく日本ではここ数十年の間に変化してきたのだ。(1日)

●自分で関わってきた世界だから分かるんだけど、現代アートも現代哲学も何らかの日本とか世界の葉境期での刹那なブームだったという気さえもする。よく見てみると下らないものも多い。と言うことは少し時間が経ってみなければ分からないけど、SNS自体もすっかり飽きてしまう時期が日本でも世界でもあるんだろうとは、思う。(1日)

●ネットの画面に意識が釘付けになっている間傷めていたパスタが焼け焦げて、まるで安物の焼きそばみたいにこびりついてしまって、パスタとしては不味かったが、焼きそばとしては美味かった(負け惜しみ)。<付記 友達が「焼きパスタ」と命名してくれました。>(1日)

☆観念は男のもの

●ある部分詩人ほどアヴァンギャルドで不良で反社会的なメッセンジャーは居ない。その中でも島崎藤村もだが、宮沢賢治も超度級の破壊的リズムの人だ。それは男である彼等の観念の力ではないだろうか?

それにしても観念とは男のものだって思う。

哲学学会にも科学学会にも女の研究者も沢山居るけど、所詮女は実際に子を生む生物だから、存在自体が不良でエゴ丸出しでクリエイティヴそれ自体なのだ(与謝野晶子、岡本かの子は存在自体がそうだった。宇野千代もである)。だから逆に男だけが理念的にクリエイティヴである事が出来る。

女のクリエイターを見よ。あそこには作るって生そのもののパワーだけがある(岸谷香や富田京子や倖田來未を見よ)。彼女等は観念で歌ったり作ったりしているのではない。存在自体がエロスであり生物(なまもの)それ自体なのだ。(1日)

●久しぶりに酒でも買ってきて飲もうか。反社会的なエッセイを明日久しぶりにブログで書こうと思うんだけど、そういう事考えるのってかなり精神的にはきついから、酔って気晴らしする必要があるのだ。反権威主義者の冬もなかなか大変である。(1日)

☆女を口説く計画

●大分前に買ったボジョレヌーヴォーを飲まずに、今口説いている二十一歳のインテリ的21歳の女との初夜の為にとっている。俺の53年の人生をかけて処女だと見ている。尤も向こうから近づいてきた時俺は一瞬引いて応じなかった。それからこっちからメールしたが、無の礫だから男を見つけたのかも知れない(今頃その男の腕の中で寝ているのかも。今の若い女もゲンキンだ)。もし駄目だった時にはインテリ女(俺も若い時のアートの大学院生、哲学科の女性と何と「頭のいい」女とばかり出会いがあるんだろう)を諦め、実は狙っているレースクイーン(23歳)にターゲットを変更しようかって思っているんだ。

別にインテリ女ばかりと出会ってきたわけじゃあないんだ。24歳の時には離婚したばかりの二十歳の女、その二年後にはモデルM、その二年後には未だAV女優って言葉のなかった時代のAV女優M、そしてその二年後にはポルトガルからやって来たジャズダンサーのHとも出会ってきたんだから。

インテリも女ならフーゾクも踊り子も女なのだ。(1日)

●俺が今口説こうとしている女達は、もしあの時の俺の子を生んでいるんだったならM1との間でもM2との間でもM3との間でもHとの間でも、彼女等と同じか、それより年上になっている筈だから、カサノヴァもまっつぁおってことになるんだんべな。(1日)

☆女との出会い

●四十代初期はかなり女との出会いも多かった。とりわけ水商売とかダンサーとかで来ていたペルー、ヴェネズエラ、ブラジル、コロンビアの女達とは楽しませて貰った。韓国系のアメリカ人の女とは楽しませて貰った事があるが、純然たる白人の女を抱いたのは28歳の時のH(ポルトガル人)だけだった。余程ラテン系との出会いの運命があったのだと言える。

もっと遡ると、新宿でやくざを脅して楽しませて貰った女は今から思い出せばかなり上物だった。映画の脚本とかも書けるくらいの二十代だった。アートと酒と女と哲学とニコヨン労働と全国放浪の二十代だった。

川崎の真里子も忘れられない味の女だった。兎に角80年代は上野も渋谷も新宿も川崎も鶴見も黄金町も面白かった。昨日風俗誌に載っていたり、昨日深夜の番組で踊っていたりした踊り子とかAV女優とかとも追っかければ比較的容易に居場所を探り当てられ、楽しませて貰う事が出来た。

今の青年達がほとほと遊びを知らなくって気の毒だと言いたいよ。(1日)

○南米系の女の尻が硬いんだよってツイッターで書いたら、即座にフォロワーの一人が「歩くからじゃないですか」って言うんだ。そうかも知れない。その点では僕は知らないけど、ハワイの女とかも尻はぱんぱんに張っているのかも知れないと思える。山岳民族の女の尻は硬いってわけだ。(1日)

●半身はひだりの君に半身は右の少女(おとめ)に与へけるかな/鎌倉の扇が谷の山荘に朝のわかれを惜しみけるひと/くちづけを七度すれば恋と軽んじてくちづけをする/夜の牧に獣のごとくはなたれて君が腕(かなひ)に馴らされしひと

いやあ、吉井勇の短歌みたいなのを詠める様なそんな生活をしてみたいもんだよ。(1日)

●今年六月に東大駒場キャンパスであった人類言語学のシンポジウムは凄く刺激的で面白かったけど、ティータイムの休憩中のスタンディングカンヴァーセーションで話したイタリア系か何かのアメリカからやってきた中年の研究者の女はいい女だったけど、話す英語は分かり難かった。フランス人の英語の方が分かりやすい。兎に角アングロサクソンとかドイツ系とかの女じゃなかった。ああいったセッションでなかったなら口説いてみたって思えるいい女だったけどね。ラテン系の女は固有のプライドを持っているんだよね。(1日)

☆年取ってからああいう小説を書く事

●渡辺淳一の失楽園とか愛ルケとかって、結構かなりのいい年になってからああいった小説を真剣に書くのって凄くよく分かるんだよね、作家の気持ち。渡辺淳一も直木賞の選考委員辞退したけど、俺はあの人の年取り方の方が石原慎太郎の年取り方よりずっと好きなんだよね。ずっとかっこいいよ。石原って人にはああいう風にはなれないよ。人生の童貞のままなんだから。(1日)

☆俺好みのクリエイターの在り方

○僕自身は素直な作家、ストレートな作家、或いは素直でストレートな詩人、歌人、俳人が好きだね。自分に嘘をついている作家や詩人やそういった人達の仕事って見ていて気の毒に思えてくるよ。それは書いているものに全て現れていることだよ。素直かそうじゃないかって。(1日)

☆群集

●どの民族も国家も所詮群集なのだけれど、日本は行儀のいい群集だ。韓国ほど血生臭くはないし、中国ほど怠惰ではない群集だ。アメリカほど優劣の差のない群集だ。(1日)

☆教育と芸能界、宣伝媒体依存プロ達の弊害

●意外とかつて松下政経塾が果たした様な役割を持った別種の新たな政治塾的な存在がこれからの日本では必要で、経営者になる為の帝王学を学ばせる様な意味で政治家を育成する機関が作られていくんじゃないかって予感だけはするね。(2日)

○戦後の日本は悪い意味で無思考的な娯楽を提供させ過ぎたね。その一つが吉本興業とジャニーズ事務所的な存在が跋扈し過ぎた。それに比して相対的にインテリの発信力への不信は高まっていった。インテリだけが跋扈するのも可笑しいのだけれど、良質の文化人(今の文化人は駄目だけどね)やインテリも芸人同様活躍出来る国にならないと文化レヴェルは低下し続けていくぜ。(2日)

●戦後の日本はアートに比してファッションデザインやらデザイン一般とコピーライターとか要するに電通、博報堂依存のプロを多く作り過ぎたね。役者の世界でも新劇と前衛演劇の二大柱でやってきて歌舞伎、能・狂言はそれに乗っかってきたって感じ。落語とかもそう。要するにマスコミ、マスメディア主導型過ぎた。全ての文化に於いて。国民自身の発信力はもっと問われる時代には突入したって感じはするね。(2日)

○右を向いても左を向いてもグラフィックデザイナーの時代があって、その次にそれがコピーライターになって、次第にウェブデザイナーが急速に増えてきた。でもそれってマスコミ、マスメディア指導型の文化だった。これからは違っていくよね。もっと個人の宣伝とは別個の発信力が問われていく。政治も安物のプロパガンダが通用しなくなってきているわけだしね。(2日)

☆葬儀

●今日本で無宗教的な葬儀を好んで、葬式を盛大にするっていう習慣が薄れてきたのはいいことだよね(2日)

☆ビートたけし

●戦後の悪い意味での芸能界三面記事的メディアからの国民への惰眠化を促進してきたことをアイロニカルに存在自体でメッセージ化してきたのがビートたけしだよね。さんまも面白いし、タモリも優れているけど、存在自体は意外と普通だ。存在自体がパロディでアイロニーでアレゴリーでメトニミーであるところにビートたけしのテレビタックル的発信力があって、彼の作る北野映画は政治と歴史へのパロディだ。しかもアートにも口出しし詩も書くっていうのが面白いね。文化人へのパロディなんだよね。

昔『コミック雑誌なんていらない』って映画もあったけど、あの時代の日本から脱皮していく上でいい意味でも悪い意味でもビートたけしをビッグに育ててきた日本人の精神文化を見直す時期だって気だけはするね。(2日)

☆アイドルの変遷とロングテールビジネスの現代

●芸能って結局息抜きでしょう。だから国民のアイドルであり続けた吉永小百合って若い頃のアイドル的ポジションから次第にサユリストとかってタモリとかの世代で熱狂的に迎えられたでしょう。それってある時代は百恵だったり聖子だったりしたわけだけど結局女性のアイドルをアイドル視するのは男性で、はっきり言って吉永小百合の映画での魅力は娼婦性なんだ。つまり中年が可愛がってあげられる(放っておけないと思わせる)娼婦性。それは倍賞千恵子にもなかった。原節子も八千草薫も上品過ぎた。でも今の女性アイドルは中性化されている。吉高由里子とかもそうだし宮崎あおいとか二階堂ふみとかもそう。良質の娼婦から友達的なデリヴァリーヘルス的な存在へと移行してきたここ数十年だ。つまり偶像的娼婦から日常的安価なデリヴァリーヘルス嬢へのニーズの移行に、ロングテールビジネスの時代が反映されている。(2日)

●昔の女優とか(例えば太地喜和子とか加賀まり子とか)は高級娼婦のイメージ。その頂点に吉永小百合が太夫として君臨した。でも今の女優はもっと友達的に接する事の出来るデリヴァリーヘルス嬢なのだ。満島ひかりでも山田優でも沢尻エリカでも鈴木杏でも杏でもそう。手が届きそうになくはないってところに現代のメディア偶像の日常化に、ロングテールビジネス的戦略が反映されている。(2日)

●昔は女優で知性を感じさせる女優が、苦境に立たされる役とかも演じて世相を代表した。ある時期は夏目雅子だったし、ある時期は樋口可南子だった。でもその合間には反逆的女優も育った。ある時期は桃井かおり、ある時期は秋吉久美子とか風吹ジュンとか、ある時期は原田美枝子っていう風にね。

反逆児はエリカとかが今は代表しているけど、知性はもっと女優とかではないタイプのメディアの論客とかへ皆注目したりする。中には田中美絵子とか代議士(佐藤ゆかりとかもそうだったしね)に、中には金慶珠とか雨宮処凛とかに求めたりね。上野千鶴子ももう少しアイドル的風貌だったら、又違ったのにね。要するにメディア全般へと性的嗜好を潜在的に拡張させている。別に芸能人でなくたっていいっていう風にさ。

それはある部分では全メディアの政治さえもの芸能化という現象でもある。だけど日本は北朝鮮ではないから、そういった短小軽薄を悪とまでは決め付けない仕方で偶像もリニューワルさせていくだろうね、今後もさ。(2日)

☆政治の本質、総選挙の顔ぶれから

●よく政治を人気とかだけで判断するのは危険だって言う人居るでしょう。それはある程度は当たっているけど、ある程度は外れている。だって政治ってある部分古代の人類からずっとそうだったけど、ある程度というかかなり芸能的でもあり続けてきたわけだ。だって政治家はお役人さんじゃないでしょう。だからアレキサンダー大王だって卑弥呼だって皆芸能的なプロパガンダもあったと思う。だから小泉元総理がかなりのイケメンだったことだって長期政権を維持させた理由の一つだ。それで首を絞めてしまったという側面も全くないとは言えないけど、全ての政策も正しかったわけじゃないけどあの時代はそれなりに安定していた。だから今回も人気だけで選ぶのは危険だけど、それを全部無視しろとも言えないところが政治には本来ある。

●石原慎太郎という文学者を見た時、そこに一切のポエジーを少なくとも私は感じない。しかも地方自治の時代だと言うから考えられる限りの地方独自の習俗とか民俗的なエレジーも全くない。大同団結だとか大同小異だとかもうそういう語彙を使用する時代じゃないって大半の日本人が感じている事だよね。三島さんが自決した時代の夢想に浸っているだけなんじゃないかなって思って氏の動向を視聴している国民は多いと思うな、気の毒だけどさ。

●橋下氏は弁護士出身の政治家だからそもそもが表現者じゃないけど、恐らくずっと石原氏よりはポエジーもエレジーもある人だ。だから今回の総選挙で政権を取れるなんて彼は思ってなんていず、保守的なタイプの国民にまずは存在自体をアピールするところから始めて今は一応石原氏をよいしょしておいて、時期が来たら自分が代表に収まるって魂胆はあるだろうね。未だ僕より十歳は若いのだから、そういった余裕も人生設計的にはあると思うな。策士ではあると思うよ。

●どんな文章でも発言でも私情の挟まっていないものはない。あったとすれば少なくともそれはメッセージではない。

又ポエジーとは端的に優等生ではなさと言い換えてもいい。それが固有の魅力を引出す。石原慎太郎氏にはそれがない(と言ってさして優等生でもない)

●日本のマスコミは戦後何人かの特定の政治家の報道を多くし過ぎた。その一人が石原慎太郎氏であり、その一人が小沢一郎氏である。要するに取り上げる人の面子が大体マスコミ内部で決まってしまっていた(それはこの人さえ出せば国民から視聴されると踏んで国民を侮ってきた証拠である)。この悪弊からそろそろマスコミが脱皮しないでいると、いずれ彼等は窮地に追い込まれるだろう。そこ迄ネット市民的な繋がりは無視出来なくなってきていると言える。

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コメント

http://www.youtube.com/user/JulienTokyo?gl=JP&hl=ja
これがフランス人のユダヤ人が作った動画!!
みてみて!
面白いよ!!(^^)
おススメは[この国は宝物」と「フラン主人のやくざ」

投稿: ユダヤ人の友達 | 2012年12月 7日 (金) 13時20分

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