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2013年5月10日 (金)

入院・手術・退院、後のブログ第一声、病の時の人間とはどういうものか?、から引き出される病の哲学

 鼠径部ヘルニアだ、と先月中旬下腹部の痛みに耐え切れず訪れた外科で診断され、一昨昨日入院し翌日一昨日予約していた手術をして、先程退院して帰宅したので、早速病にある時の人間を入院患者から考えてみよう。例によって箇条書きにして示そう。

☆人間病気が発覚し手術を要し入院している時は自分と違って病気かどうか診察して貰う外来患者を見ると、その者の気持ちが凄くよく分かる。自分もちょっと前はそうだったからだ。つまり病を知らされる前の不安とは凄く切実で、その不安の表情を他人が見たら凄く深刻で救ってあげたくなる風情なのだ(私が先月中旬病院外来へ訪れた時、途中で擦れ違う中年男性が心配そうに私を見ていたのをありありと思い出す)。

☆要するに自分の病気の正体を診察を受け知らされる前の心理状態とは自分以外の外来患者の存在等目に入らないのだ。それだけ不安は自己中心主義的な心理へと人間を運ぶ。

☆しかし不思議にもいざ診断され手術を要すると分かり、手術を受けると、以外にもかつて自分もそうであった外来患者を同じ病院で見かけると、その気持ちが痛い程分かる気がするのだ。要するに彼等一人一人の自己中心主義へと運ばされた風情が一足先に手術を受けてしまった自分からは暖かい目で見られるからだ。

☆この事一つ取っても、健康が徐々に回復してきて治癒していくと、逆に手術直前の不安とか直後の病巣部の痛みとかその痛みがずっと続くのではという不安と逆に、けろっとしてその不安を忘れ去っていってしまい、病の渦中では善的であった他者への眼差しが適度の悪を忍ばせる様になっていく。

☆人間精神を健全に維持し活動的にするという事は、一面では病である事で謙虚となっていく自分を葬り去る事でもあり、ばりばり仕事をするという事は即ち悪を介在させつつ生活する事だと言っていい。

☆責任、公正、正義といった事は悪の行使に拠って善を維持していく事以外ではない、と病気になると痛感する。

結論

★病とは人をして他者へ優しくさせ、他者への労わりを生む。

★しかし病が回復し退院する時は未だ入院要の別の患者への優越感を抱かせる。つまり健康とは幾分の自己中心主義に拠って維持されるというわけだ。健康へと徐々に移行しつつある病気の身体は自己中心主義を増進させるプロセスである。

★だからこそ病の時の謙虚さ、他者への暖かい共感の眼差し(自己同様の病の渦中の者への特にの)とは、健康である時程肝に銘じて意識していく必要性をモラル的、倫理的に問いかける事を正当のものとしよう。

 付記 大人となってから三回目の手術、三回目の入院だった。二十数年ぶりに入院、三十数年ぶりに三度目の手術をした事となる。病院というゲゼルシャフトを観察するいい機会であった。後、三日と半日の間に与謝野鉄幹と晶子の詩歌を沢山読めたのが収穫であった。術後翌日は余り頭を使い過ぎるとよくないと看護師に言われたので、カード千円で千分分テレビも観た。韓国ドラマを副音声と字幕とで観たし、日本のドラマやJpopのコンサート収録も観たし、ニュースや朝ドラも観た。リフレッシュ出来た入院体験であった。(Nameless-value

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コメント

はじめまして、ヘルニアに悩まされているとのことですが、愛媛のカロス健康センターというところの先生は、あらゆる痛みの症状を見て頂けるようです。
よかったらホームページもあるようなので、見てみてください!

投稿: はる | 2013年5月10日 (金) 23時56分

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