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2017年7月 1日 (土)

唯一性に就いてPart1

 『言語・真理・論理』に中で論理実証主義哲学者で後の分析哲学に大いなる啓示となったA.J.エアは、どんな事態であっても過去に於いて、その展開で最善の方法とは在った筈だと言っている。

 これはそんなに難しいことではない。つまり我々が往々にして相対的に全てを判断しがちであることを戒めているからだ。選択肢が多く存在するということは、未だ何も行っておらず、命題として成立していないということだから、それは判断以前である。しかしどんな事態であれ、その渦中にあって判断に窮している場合には、必ずそれを打開する方法はあり、それは必ず一つだということだ。

 

 それはアメリカ大統領であれローマ法皇であれ、国連事務総長であれ日銀総裁であれ、大企業のCEOであれ、刑務所の受刑者であれ、全国指名手配犯で国内逃亡者であれ、突き付けられた難題があるという意味で全て平等である。つまり立たされた事態、窮しているという事実に於いては皆均一であり、その打開策とは必ず一つはあるということだからだ。

 

 だからレヴィナスが後期しきりと唱えていた一者という命題=発想とは、キリスト者を限りなく理解しているユダヤ教徒としての彼が、ヤハウェと共にイエスという預言者をも合一的に理解しようとする時、宇宙や自然の全てを造り給うた神の一者と、人間社会で理性を持った現存在的存在者全ての判断に於いて、ある事態に於いては、それを打開させる道は一つであるということが、どんな思想信条でも必ず一致するということ、そのこと、つまり倫理的命題としての究極の善であるところの神の一致ということを彼は言っていたのだ。前者がヤハウェであり、後者がイエスであることは言うまでもない。

 

 だからどんなに相対的に全てが錯綜していても尚、絶対というものがあるという認識は正しいし、それが究極の神の存在を証明していると言ってもいい。

 そのことを例えば人類が言語を所有したことから考えているのが哲学者一般であろう。その点ではデカルトからカント、ウィトゲンシュタイン、ハイデガー、レヴィナス等全員同一線上にある。

 

 だが存在は存在自体不可知に満たされており、言語による理解の全てを持ってしても計り知れない。でもその計り知れなさを示すのは言語だけだ。だからキリスト教にとっての(ユダヤ教にとってはヤハウェしかないのだけれど)、唯一神のヤハウェとイエス、イスラム教にとってのアラーとムハンマド(マホメット)ということの一致こそが彼等の求めてきた究極の理想であり目標であろう。

 

 それは公益が盛んとなった都市やエリアが必然的にエリアの地理的自然条件に適っているという意味で一所だけである、唯一であるという事と同じだ。

 日本に沖縄に似た条件の地は他になく、京都や奈良に代わり得る場所もないし、聖なる神木が生えている地点も唯一である。それはミルチャ・エリアーデが『聖と俗』で言おうとしたことを正当化する。何かするのにもってこいの場所というものは必ず一つに絞られるし、選択肢はない。だからこそ絶妙という語彙が存在しているのだ。

 

 ユダヤ教やキリスト教やイスラム教が発生したことは、それぞれの住んできたエリアと、その気候条件、自然条件と、隣接する異民族等の条件によって、それぞれ独自に展開してきた。それも又唯一である。日本にとって隣接する民族は朝鮮民族、ロシア人、中国人、台湾人、フィリッピン人等と必ず限られている。フランス人やイタリア人とは隣接自体はしていない。

 

 一者という事を今後も考えていくが、それは明らかに切羽詰まった状況と自体に遭遇しない限り、捻出され得ないことなのであり、又そういうものだけが仕事とか選択ということに値すると言えよう。そしてそれは常に絶対なのであり、決して相対的判断の介入する余地はないのだ。この点が重要である。

 

 だから宗教倫理的にも神学命題論的にも一者を求めるということは究極の自己救済且つ他者救済なのである。

 そのことだけを念頭に入れて次回の命題に就いて考えていこう。(つづき)

 付記 選択肢が多いということは未だ差していない将棋の駒であり、一手差す毎に選択肢が狭められていき、しかしその窮地を脱する一手も今まで考えられたよりAI的知性を導入すれば、もっと沢山在ったのだと分かった時、少なくとも将棋の世界では未知の領域が開闢したと言っていいだろう。それでも尚その限りない前進の中で究極の一手を探そうとしている、と言える。

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