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2017年7月17日 (月)

思想・哲学メモPart76・宗教メモPart7

ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も旧約聖書だけは共通するバイブル(聖典)だが、創世記で農耕に携わるカインより、その弟である狩猟に携わるアベルの供物の方に神は歓迎し、カインを疎んじた。この時点で既にユダヤ・イスラエル民族史的には、農耕は卑しいものであり、逆に狩猟は尊いものであるという決定的な規定が刻印されてきた。

 日本は彌生時代の農耕社会から軍事的な秩序が形成されたので、ユダヤイスラエル民族の起源よりずっと後の時代の観念から民族が形成されている。この大きなずれが一神教文化圏と日本との齟齬ともなっている。

 

〇キリスト教では慣習的に叙階を受けた神父とはカトリックでは結婚できないし、又既婚者は離婚ができない。だが相手がカトリックでなければその限りではないこともあり得るらしい。だがプロテスタントは洗礼もあるが、基本的にイエスという神と自己との対話主義であり、教会主義でないので、完全に自己責任による固有の厳しさがあり、それはカトリックの様な家族主義(聖母マリア信仰等もその一つだが)や共同体友愛主義でもないし、増してや共同体主義ではなく、あくまで絶対的個人主義なので、責任ある大人同士のその都度の自由な決裁という意味では、時にはその自由さを抑制することができず、ヘイト集団的にもなりやすい。その点ではプロテスタントの方が絶対的自由主義であるが故に潔癖過ぎて危険分子化しやすい要素も多分にある。それはアメリカのWASPの思想や国家の決断や行動を見ればよく分かる。或る部分イスラム教でISIL他の危険思想を精神的に助長させてきたものはカトリシズムよりはプロテスタンティズムであると言えよう。そして今日のグローバリズムは中南米的カトリシズムでなく、明らかに欧米先進国のプロテスタンティズムこそが牽引してきた。従って彼等欧米先進国の決裁に疑問を投げかけるのはイスラム教文化圏やギリシャや中南米だという事実も、或る程度頷ける。

 
ハイデガーは明らかにマルチン・ルターの『キリスト者の自由』から啓発されている。そのイエスとの直の対話重視姿勢、免罪符他の教会権力への抵抗の精神が彼の中にも系譜的に伝えられている。だからその部分ではハイデガーはカトリック的ではない。にも関わらず与えられた、投被性、到来といった語彙で彼が示そうとしたことは、一神教的神であり、イエスという人格神的な感性とも違っていた。彼は直接イエスに就いて触れていないが、プロテスタントとしてのモラルからはイエスも前提されていただろうが、ユダヤ教一神であるところのヤハウェ的ニュアンスも込められていたとも思われる。到来という命題思想には明らかに個人内面の救世主(メシア)願望も読み取れる筈だからである。

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