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2021年1月

2021年1月18日 (月)

睦月 中旬 16句

影長き 先の田の平 長き夕

 

小川見ゆ 草枯れし平 陽暖かし

 

森入りて ベンチ回りし 淡い気なし

 

靡く雲 夕紫映ゆ 蒼き空

 

倉庫群 輪郭くっきり 澄む光

 

通学児 通り過ぐ小道 見ゆ畑黄

 

老婆行く 引き込み線雑木 陽疎ら差し

 

平畑の 果てに見ゆ家 しっかりと

 

蝋梅の 黄なる星群 気惹く車道

 

公園の 枯れ草踏みし 音響き渡る

 

犬連れし 女過ぐ森 木々覚める

 

コンビニの 椅子から観ゆ 雲間靄る

 

紫雲 隠れては見ゆ 陽差す筋

 

過ぐ車群 気持ち良きタイヤ 景色締め

 

森の闇 澄みし気で立ち 足誘わる

 

富士見ゆる 山並み臨みし 景が立つ

 

渇きし土 ささくれ造りし 影濃き日

 

Jan. 18th. 2021

 

埼玉県屈指の観光都市の隣接市との境に位置する平原での情景句群。午後一時から三時位迄の句作。

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2021年1月11日 (月)

成人の日に青年へ送る言葉 2021

 僕は今年九月で62歳になる、君達から見たら、もうとんでもない爺です。でも僕にだって二十歳位の年頃の時代もあったのです。で、ここで僕の人生を全部振り返ると、余りにも色々な事があり過ぎ、とてもそんな事をここで披歴するなんて意味ないので、取り敢えず今僕が殆ど無収入に近い状態ではあるけれど、一応この年になっても、って言うか今迄一度も夢が実現してこなかったので、未だ夢を抱いているのだが、それでも尚僕は一応自分の好きなことを日頃していられて、それで食う事もできなくなって独身だからって、自室で孤独死するという程でもない、という意味では金持ちでなくても、そう不運過ぎる訳でもないので、今も不定期に書いている英語記事(ブログが中心)をする様になったのは十年前だけれど、当時は時々で、他に多く日本語のブログで文章を書き捲っていて、その文章修行の末に、今主に二つの英語ブログを毎日、それ以外に三つの英語ブログを時々不定期にアップし、更に一番長く続けてきているブログの一つであるここで、最近又時々(以前は毎日、一日に二記事以上書いたこともあった)アップしているこの毎日に直結している若き日の僕のことをちょっと触れてみたい。

 

 それは大学在学中で未だ一回生くらいの頃、大学で受講していた講義に提出するレポートを作成する為に地元の会社を取材した時の事である。僕はレポート作成の為に必要な事だけを質問して、その時は只形式的に質問にさえ取材先の社長さんが返答して下さるだけでも良かったのだが、相手に対して僕が好印象を持たれたのか、僕の当初の予想(会社の社長とは忙しい方なのだから、僕の様な若造の質問になど、通り一遍に返答してくれるだけだと思っていたら)に反し、凄く親切に、僕が投げかけた質問以上の事を教えて下さり、それ以外でもレポートの内容をもっとこういう事も読み手に伝える様に書くと素晴らしいですよ、と懇切丁寧にご指導して下さったのだった。

 この様な熱心な社会人も世の中には居るのだ、と僕は当時、どちらかと言うとひねた性格の青年でもあったので、凄く心温まる思いを持ったのだった。そして僕が当時の僕が取材した社長よりずっと年配になった今、青年である君達と出会った時、僕は果たしてあの時の社長の様に、青年に接して親切なアドヴァイスがしてあげられるだろうか、と心配になるところもある。つまり今の青年達は僕達がそうであった頃に比べてずっと精神的にも対他者態度的にもしっかりしているからである。でも、まあ、僕は自分より若い人達を甚振る様な気持ちは更々ない。もう爺なので、色々とこっちが君達に迷惑をかけてしまう可能性もあるので、僕は青年達と出会う際にはいつも凄く神経を遣って接する様には心掛けている。あの時の親切で紳士的なあの社長さんの様に。

 そんなこんなで、僕を生涯を文章を書く仕事に進ませてくれたのは、意外とあの頃の、それより前の高校時代に短期で教育実習で来た大学生の若い先生に質問した時に、レポートの書き方を索引、参考図書や著者や本のアイデンティティを列記したりする仕方をアドヴァイスしてくれた事などが、僕の今の批評や論評的文章作成に凄く役立っていると今切にそう思っているのである。

 だから、どんな些細な事であっても、社会で人と出会う瞬間とは全て凄く重要で、全てが後々どれくらい長く生きていけるかは人それぞれだろうが、役に立つし、絶対に君達一人一人にとっての精神的財産になる。そういう事さえ自分できちんと自覚していけたなら、この先君達がもっと大人になって家庭を持つ様になっても、今回の様なコロナウイルス危機的状況に再度見舞われても、絶対に活かされる場面が到来するに違いない。

 だから社会とは、人との出会いと、そこで個々相互に何を伝えあい、何を得られるかが最も大切である、という事だけを心にしまってこの先長い人生を送っていって頂きたい。又何かの縁があれば、この文を読んでくれた君達の何方かとどこかで(もしその時僕が未だ生きていたなら)出会う事となるかも知れないから、その時の事を楽しみしながら、これからも僕は一生懸命文章を色々な形で書いていくつもりである。

 そうである。人生はかなり辛い事も多い。それでも心が折れても挫けて人生を捨てさえしなければ、又何か必ずいい事もある。

 人に何かを尋ねたり、尋ねられたり、出会い語らい何かを相互に伝えあい、得ることその事が文を書くという作業を支えてくれるのである。つまりそういうコミュニケーションに今この文を読んでくれている君に関心があるのなら、人との出会いとか、自分の知らない世界の人達と相互に伝え合う事の意味とか、自分で主体的に社会に関わる事の意味を考えていくという事にはきっと凄く大切な意味がきっとある。

 そして、もっと文を書いてみたいと思うのなら、そこで得た感想とかを細かく自分なりに自分のノートとかメモ帳にメモして、書いた日付を記してそれらを保存しておくのだ。読み返して役立つ事もきっとある。そしてもっと文自体に自信のあるなら、今のこの僕みたいにブログに書いたものを記事化してアップするのだ。

 

 ご健闘をお祈りする。君達の未来に善き事が起きます様に。

 Jan. 11th. 2021

 

 

 

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2021年1月 8日 (金)

愛を与える人

愛を与える人がいる。

と言うより、愛しか与えられない人がいる。

 

だから、もしそんな人と生涯に一度でも出会えたら、その者はきっと最も幸福なのだ。

そしてそういう出会いを一度として持てない人達から酷く羨まれるのも一つの運命なのだ。

何故なら、そういう出会いとは長さではないからだ。

本当の出会いとは長さではない。

ほんの一日でも、いやほんの数時間でも、数分でも、数秒でも、他の長い人生の時間と引き換えてもいいくらいのことなのだから。

 

僕もそんな出会いを幾つか持てた。だから後の全ての時間が全く辛いことだけだったとしても悔いはない。

何故なら人生とは、誰かを恨んで生きてゆくより、人に感謝して生きてゆく方がずっと幸せだからだ。

誰しも最後は死ぬ。でももしその時感謝と慈愛への愛おしさだけに包まれて死ねるのなら、その方がずっと生きてきた事に対して報いられるし、自分でも幸福な筈だからだ。

 

愛を与える人がいる。

と言うより、愛しか与えられない人がいる。

 

僕もそんな人と出会った。勿論僕にとっての、そういう人だ。貴方には貴方にとってそういう人が必ずいる筈なのだ。

あのお方もそうだったのであろう。出会われた全ての人にとって。

 

愛、そうだ、その愛にだけ包まれて死ねるのなら、生まれてきたことには意味がある。

それを望むのなら、出会えて良かったとつくづく思える、そういう人との出会いを探すのだ。

それはきっと必ず貴方の人生にもあった筈だ。

そして、それがはっきりしたのなら、貴方の人生は、今後どんなに苦悩に満ちていたとしても、きっと常に燦燦と陽光が降り注いでいるに違いない。

Jan. 8th. 2021

 

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2021年1月 3日 (日)

家族- 神に選ばれし君

心が折れそうな時って、本当に愛なしには、生きていけそうにないって切実に思えてしまう。

実際僕は、愛なしに生きてゆける程強くない。

家族って一体、何だろう。

愛が欲しい。

31年前に旅立った貴方はそうだった。

でも君は今凄く気丈に振る舞っているけれど、31年前のあの人の様に本当は、愛を切実に求めている表情に僕には思える。

それは31年前に貴方を亡くした時の僕にとってのあの人の様だ。

でも今のあの人はそうじゃない。代わりに僕がそうだ。

何故あの時貴方はあの人を、僕の下に置いて逝ったの?

今更かも知れないが、君にも、僕は一度は会ってみなければ分からない。

僕は短い間に幾つも家庭を替えた。でもあの人だけは違った。でも、それも僕には重荷でもあった。

貴方も替えはしなかったけど、重荷でもあったかも知れない。

でも君は、何れでもない。その点でのみ、僕に君はとても僕によく似てる。

でも僕には君にとってのあの人の様なもう一人会ってはっきりさせなければいけない人がいる。

 

僕と君だけが、全く逆なのに一番近い人同士でもある。

でも僕にとってのあの人は意外に君にとってのその人に、よく似ているのかも知れないよ。会えば君もそう思うと思うよ。いや、きっと君にも会えない貴方も、もし会っていれば。

だから君も、その人と早く距離を置いた方がいいかも知れないよ。

そして僕はあの人のと距離を置いて、君と暮らしたい。暫くはね。僕が君のその人との事を、告げて貰いたかったのに、僕はあの人のいる手前、それを貴方に告げられなかったので、それで失われた数十年を、せめて数ヶ月位は、取り戻したいからね、ま、君が望めば、だけどね。

そして君は、君にとって最も大切な人を見つけて、僕が死んだ後も長く生き続けてくれ。

そうでなく僕の方が長く生きてしまいそうなら、僕を捨ててくれ。

その時、僕がそれを拒めば、いっそ僕を殺してくれ。

だって、君になら、もう僕はいつだって殺されたっていいと思っているのだから、本当だよ。

 

Jan. 2nd., 3rd. 2021

 

付記。本作は不定期に継続しアップするつもりである。従ってPartは付けず、その都度、本タイトルと副題をつけていく。

 

 

 

 

 

 

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