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2023年8月18日 (金)

人間観察 最近の日本人1️⃣

日本人のある種の潜在意識は朝方のラッシュアワー時のあの固有の戦場へ向かうかの如き各人の形相で、推し量れる。尤もそれは資本主義経済先進国固有の様相で、でも同時に政変が四六時中起き得る状況の国では、自らの生命保全へ向けられる意識の集中度が又固有の緊張感を各人へ齎している筈だ。

アメリカでもフランスでも、韓国でも台湾でも西側の秩序の国々ではそう大きく変わりはしまい。だが、そういう決死の形相の集団とは、画然と孤立した各自独立志向の市民も、集団で動くわけでないので目立たぬが、いるのだ。彼らは全く何処にも属さない生き方とも言える。

欲求不満は、一般に会社員、とりわけ大企業の歯車人間に多く見られる様相である。彼らは楽しむということを知らない。で、楽しむには、人と同じことをしないという決意が要る。人と同じようでなければ安心できないのが、日本人に最もよく見られる態度であり、それが日本を面白くない国にしているが、それをそうさせているのは、多くがアメリカとの国交を軸にした一つの物の考え方の常識であるが、アメリカ人は人、つまり他人全体への意識は、人それぞれ違い、決死でも心は意外といい加減、ちゃらんぽらんのようでいて、意外と芯は固い信念で動いていたりする。

孤独に強い人間は集団全体の行動規範に頼り過ぎない。それが人間の条件である筈だ。でも、それはあくまで心の奥底にしまっておくもので、それを外に出すのは、当然禁物だが、そうし会える相手同士は、友情やら、男女の異性愛へも直結し得る関係性を構築しやすいとも言えるので、厳しい競争社会自体が、一つの自己人生実現の可能性の発見の場でもあるし、何かの決断へ向けられる一つの動因でもあるだろう。

何かを得ている者は、何かを失っていて、その両方を得ることは通常できない。だが、失えば逆にそれで得ることへの感謝を覚えられ、一度も何も失わぬのは、何も得ぬに等しいとも言える。

何故なら、何かを得るのは、得ていることへ覚醒していることなので、得ていないことを多く覚醒するのは、逆によく自らの人生全体の情勢を見極めていない証拠でもある。つまりマイナス要因の発見が、プラス要因の発見を阻止している、と気付くべきである。

(続く)

 

Aug. 18th.  2023


付記 昨日、以前訪れていた山中湖と河口湖以外の西湖を除く、本栖湖と精進湖を中心に回り堪能したが、帰路に用事があり、図書館へ訪れ、本を数冊借りた後、帰路のバスが、なかなか来ず、歩き出すと、遅れて到着したバスが私を追い付き、少し不愉快でいたところ、郵貯ATMで金を下ろそうと考え付近の通行者の夫婦に質問すると、難聴者夫婦で、私に音声自動文字変換機で、私の質問に、直ぐ前方右折すれば、ある、と教えてくれた親切がずっと心に残った。とても親切なご夫婦だった。苦あれば楽あり、とは昔の人はよく言ったものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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