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2023年9月30日 (土)

ビリー・アイリッシュのコンサートとポール・マッカートニーのコンサートに就いて a.

今日、立て続けにビリー・アイリッシュや、オリヴィア・ロドリゴ他の数人のグローバルに活躍するディーヴァ並びに男性シンガー等のコンサート映像をYou-Tubeで鑑賞した。そこで幾つかの決定的差異を発見した。まあ、誰しも想像していることだが、ビリーや、オリヴィア・ロドリゴのコンサートでは、明らかに10代後半から20代前半のファン層により、観客席が占められているに対し、ポールのコンサートでは、もう全ての世代、赤ん坊から、思春期の青少年、青年、あらゆる世代の中年、老人、あらゆるジェンダー層に依って占められていることだ。

ポールのコンサート会場では、記録されたYou-Tube 動画で分かるが、時折インサートされるカットに、一般観客の中に、(9年前のものなので)トニー・ベネット、ジャック・ニコルスン、ビリー・ジョーといった方等も紛れて鑑賞し、感動に酔いしれている。クリントン元米国大統領もその中に居て、感想も述べている。

この全世代に遍く浸透している凄さは、稀有なことだろう。

この全く相反するファン層の分布が、見事にコンサートの質と、会場の雰囲気を二分している。

ビリー等によるほぼ同世代青年により占められている無数の観客の凄さと、ポールの様に遍く全世代、あらゆる層に愛される無数の観客の凄さには、質的な大きな差がある。メッセージの受け渡され方が、焦点化されたメッセージと、普遍的な市民や人々へ向けられたそれとの差異がある。

前者は、ある種の悲壮はあるし、逆にそこで初めて観客が自分を取り戻せるある種の治癒があり、後者には、皆全世代で楽しむ憩いの熱狂と陶酔がある。

又、少し経ってから、気がついたことを述べてみたい。

(不定期に続く)

 

付記 焦点化されたメッセージには、ビートルズの時代のコンサートにもあったし、それへ必ずしも全世代が共感してた訳でなく、でも、ビリー・アイリッシュコンサートにも少数ながら中年層ファンも紛れている。だから、この考察は面白い。

 

Sep. 30th.   2023

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