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2023年10月

2023年10月24日 (火)

君への想いを認(したた)めて2️⃣

君への想いへ傾いてから、すっかり、一人で暮らすのが辛くなってきてしまった。とても辛い日々を送ってきている。

だから、僕と共に暮らして欲しい、結婚してくれ、君を一生大切にして愛し抜くつもりだ。

君のその柔肌を見ているだけで、心の中の美しさも、よく分かる気がするよ。

とても、一人で居るのが、耐えられない。

君しか、僕には見えなくなってきたんだよ。

理由なんてない、恋は盲目で、いい。

 

兎に角、僕と共に暮らして欲しい。どんなことがあっても、君を愛し、守り抜く。

 

返事を待っている、O町で。

 

(不定期に続く)

 

Oct. 13th.   2023

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年10月20日 (金)

簡単そうに見えるけど、そうは出来ないことの中にある何か 1️⃣

意外と難しそうに感じることって、そうではなく、寧ろいつも最も容易にできるって思えることの方に、凄く複雑な何かがある。でもその正体は、やはり、そう簡単に説明はつかない。その理由もよくは分からないし、分からない侭でいいのかも。

繰り返してきているだけの様で、実はそうではなかったことが、実際凄くきっと大切な何かなんだ。でも、それも一言では説明がつかない。

でも、説明できなくても、どこかでよく分かっていることは凄く重要な何かだ。

それだけは、やはりいつも大切にしたい。正体がどうであるかより、大切にしたい気持ちが凄く意味があるのだ。

理屈や説明は、きっと、それが引き出してくれるのだ。そう、分かったつもりで、全くそうでなかったことも、どこかで、僕達を励ましてくれるもんだよ、ってどこかで僕は信じてもいる。その理由も分からないが、正しく尊くだけは感じられるんだ。

 

(続く)

 

Oct. 20th.  2023

 

 

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2023年10月17日 (火)

Deva達の攻防 b.

我々、団塊の世代の後発組であるシラケ世代中盤の1959〜1962年に生まれた世代にとって一際大きな精神的な啓発を与えた大衆音楽、ポップスは、紛れもなくロックだった。しかもちょっとブルース系である、完全なブルースはアフロ系米英人へ任せ、所謂グルーヴは、コーカジアン系へ仮託したいという心理は強かった。だからジェフ・ベック、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジが三大ロックギタリストと、ポップスロック系ジャーナリズムは煽り立てた。

でも、それ以外27で死去したジミ・ヘンドリックスとか、やはり早生したデュアン・オールマン、そういう天才もよく引き合いに出されていた。だが、思春期や青年期突入時代には、テクノポップ、現在のラップの原型である様な多種のリズムのユニットが多く登場する様になり、英国のカルチャー・クラブがその代表格で、ロックはアメリカのTOTOが、最も躍動した姿を見せてくれた。それらの合間に坂本龍一、細野晴臣、高橋幸宏によるイエロー・マジック・オーケストラが席巻する様相も挿入された。

現在の全てのポップス系音楽の原型は、その20年から25年の間に登場した音楽と、それよりクラシカルに歌い継がれた伝統との接合に準拠した音楽の様相と言える。

例を挙げれば、ビリー・アイリッシュの最大ヒット曲、bad guyは、ラップやヒップホップのリズムの原型に、更にテクノポップやグラムロックが恐らく初めて用いた破壊的なコードと効果音の使用を軸に成功を収めたが、尤も彼女のヒット曲で、その戦略で後追い的に成功してるのは、oxytocinくらいであり、それ以外はもっと伝統的な楽曲が中心である。その中で最も成功しているのが、All good girls go to hellだろう。この曲は、歌詞内容の諧謔的分かりやすさに加え、リズムの変則的自由さと、アレンジのクラシカルな手法が相まって、最高のアイロニカルな詩の説得力へ貢献している。

 

だから、プログレッシブロックで、成功を収めたピンクフロイドも、Dark side of the moon, Wish you were here 辺り迄が、頂点で、余り哲学的過ぎると、或いは時事批評的過ぎるとファンは次第にしらけ始める、だからこそ、ジャズロックから次第にイージーリスニング路線へと変貌を遂げたシカゴが、アースウィンド&ファイアと共演する機会でヒットを収めた理由とも繋がってくる。つまり、ピンクフロイドの成功と停滞に対し、よりポップスコマーシャリズム路線とタイアップさせたシカゴの成功が、対照的に浮かび上がる。シカゴも最初はカウンターカルチャー路線のロック思想性、状況論的批評性に準拠していた(ダイアローグの様な楽曲で)が、次第にNY上陸のヒップホップ、ラップのリズムも巧く取り入れたダンサブルな楽曲も多く取り入れ始めた(コール・オン・ミー、ストリート・プレイヤー、オールド・デイズ他)が、それが長くポップス界に君臨できた最大理由であろう。

(不定期に続き)

 

Oct. 17th.   2023

 

付記 アメリカ人アフロフュージョンエスニックのビヨンセが最多グラミー賞受賞アーティストであり、シャキーラが中南米系ラップ、ヒップホップの波で、NY等に上陸したストリートミュージック系のアーティストの波を巧く利用して、コマーシャリズムで成功を収めたのが、ピンクフロイドの全盛期から徐々に停滞して行ったのと、対照的である。つまりリスナーにとっては創作者、歌い手の論理や戦略より、惹きつけられるグルーヴ感の方が重要だからなのだ。つまり、消えて行った大勢の創作原点的早生天才達の戦略を巧く利用し、グルーヴ感へ昇華させた天才こそ、アフロフュージョンエスニックのビヨンセであり、ラテンアラビックフュージョンのシャキーラと言えよう。故にクイーンは、それら全てとも異なった背景と音の故郷があるが、それはインドのゾロアスター教徒系パルシーの家系出身であるフレディ・マーキュリーの持つ天才的資質と音の故郷に依るところが大きい。そう言えばあのラストクリスマスでヒットを放ったWAMの、ジョージ・マイケルもエスニカルバックグラウンドは、ギリシャとユダヤだったが、民族的に継承された感性へ、創作家は、嘘はつけないのだ。

 

尤も、純音楽的価値観へ準拠した考えから語ると、次第にヒットチャートから脱落した音楽家達の挑戦と冒険の方が、より後代へとinvincibleな、enlightenmentを、残す可能性はある。つまり生前、商業主義、社会的成功へは炙れたけれど、歴史に残る音楽もあり得るからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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本物の愛とは呼べない性交渉であってさえ❶

男女の愛ほど難しいものはない。従って女性へ子供を授ける、つまり妊娠し出産する様に男性が女性を持ってゆく場合、幾つかのケースがあると知っておくのも、無駄ではあるまい。

一つは、ストレートに、ある女性が男性を好きになって、抱いて欲しいと女性から切望され、それへ、男性が好きなタイプの女性なので、喜んで応じる場合が、最も有利に運べるケースと言えよう。

他方、結婚している女性が、仮に夫が無精子症で、でも妻がどうしても子が欲しくて産みたいが、夫との間では不可能なので、妻の肉体が男性から見て頗る魅力的である場合、妻が率先して売春、例えばかつて盛んだったデリバリーヘルス嬢となり、夫同伴で、男性顧客を見つけ、夫公認で、ピルを飲んでるからコンドームなしで性交渉して良い、と妻である売春婦が、誘いに乗った男性へ避妊具なしの性交渉を誘いかけ、男性もそれに応じ、射精して果てて、性交渉が終わり、遊びも終わり、客の男性は帰宅し、女性は計画通り妊娠し、夫婦して喜んで出産する、という運びも決して少なくないだろう。この場合重要なのは、妻が好みの男性顧客だった場合のみ避妊具なしに性交渉する気分になれ、その方が妊娠しやすいので、その妻の行為へ夫が快く承認できるか否かが重要となってくる。

最初の普通の恋人同士のケースが、最も一般的な、そして、ある程度理想的な妊娠、出産の運びと言えるが、第二のケースは、かなり屈折してくる。つまり、妻が妊娠して出産してくれるには、妻が自分以外の好みの男性と性交渉して、その男の精子を受精しなければならないので、必然的に夫公認の浮気となる訳だから、この夫婦の行く末自体に、かなりの試練が待ち受けていると言ってよい。

(不定期に続き)

 

Oct.17th.  2023

 

 

 

 

 

 

 

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2023年10月14日 (土)

君への想いを認(したた)めて1️⃣

君を知ってから、僕はずっと一人で居たけれど、初めて一人で過ごす日や夜がすっかり辛くなった。

だから、先ず僕を君のホームに招き入れて貰い、君を幸福にして出て行く際には、君のより美しい未来への兆しを種に君のホームに授けてから、取り敢えず君のホームへ暫しの別れを告げ、再びそこへ訪れる際に、君が以前より、より美しくなり、君も又、一人で過ごすのが地獄になる様な時間を過ごすのが、僕達の運命に違いない。

君は、君のホームに僕が訪れることで、以前より益々美しくなり、それを契機に、僕達はアダムとイヴか、ヨセフとマリアとなり、やがてカインとアベルか、イエスを身籠り、僕達二人のホームが出発し、死が二人を分つ迄、僕達は永遠の絆を誓い合うだろう。

君は、その間に、君の知らなかったもう一人の君を僕の君のホームへの訪問の際に知ってゆき、僕も僕の知らなかった僕を君のホームへ訪れる毎に知り、二人は永遠の愛を誓い合うだろう、アーメン!

君なしには僕はもう生きられはしない。君も又そうなるに違いない、という予感が僕を君のホームへの思いと募らせる。

 

(不定期に続く)

 

Oct. 14th.   2023

 

(AMへ)

 

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日本にしかないこと、世界のどこにでもあることa.

凄く図式的に捉えてみよう。

 

日本にしかないこととは、個人レヴェルでも本音と建前を使い分けること、尤もそれは青年世代、まあ、大体二十代前半までは身についていない。対しアメリカには個人レヴェルでも、それがない(と言い切って良い)。欧州は日本よりはないが、アメリカよりはある。

 

尤も、アメリカでも欧州でも、世界のどの国でも、国単位では、本音と建前の弁別はあり得る、って言うか、集団とは須くそういうものだ。

だが、それ自体、ではどっちが素晴らしく、どっちがそうであるか、どっちが良くないかという判断は少なくとも客観的にはつけられない。でも同時に客観的判断が真に成立するか否かや、そうであって、それが正しいかは、又別問題である。

 

(不定期に続く)

 

Oct. 14th.   2023

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2023年10月 4日 (水)

小説と詩の一般的違い、書き方、臨み方から解析1️⃣

詩は、全体の運びがスムーズでもそうでなくても、率直どうでもいい位相で、詩人は書いている。つまり、それは運びより一節毎の主張だ。だから、それはいい意味で堅い論文に近いが、論文よりずっと飛躍が許される。対し、小説はもっと運びや、読者を継続して読ませる工夫、言ってみればずっと退屈させない書き方、内容、筋の運びが要る。故にそれは音楽に近い。散文の音楽性はそういうことだが、勿論詩にもそれはあるが、詩は運びだけでなく、主張の明確に示される様相を定着させる必要があるので、論文の持つ形式的堅さに必然的に近づく。

書き方は、どう読者へ読ませるかという意図に拠って決まってくる。意図とは、どう読んで欲しいかが、読者へ文章を通して伝わらねばならぬことそのものである。

美女は大体女性にモテる男性にしてみれば、優しいが、ブスは違う、という文章は、セクハラ防止的観点では許されまいが、内容だけは、つまり女性の権利を叫ぶ女性は概して魅力的な女性でないことから、男性心理としては、そう矛盾しない見解だ。独断と偏見であっても、伝わりやすい文でなければ散文とは言えない。

 

(不定期に続く)

 

Oct.   4th.    2023

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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