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2024年1月

2024年1月28日 (日)

君には、この言葉で

可愛い、可愛い、って思ってても、可愛がり過ぎない、それでいい、君には。

 

でも、いつか、ゆっくり会ってお互い目を見つめ合って、手だけ握り締め、お互い違う場所へ帰ろう。

 

それ以上、何が僕と君に与えられるかは、まあ、今は考えないでおこう。

 

 

Jan. 28th.    2024

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2024年1月25日 (木)

エリック・クラプトンとジョージ・ハリスン

エリック・クラプトンは一般に天才ギタリストとされ、ジョージ・ハリスンは作曲家、歌手としてはかなりでも、ギターはクラプトン程ではない、と巷では言われてきたも、私は全くそうは思わず、又クラプトンはギタリストとしては一流だが、歌手は甘いマスクで得をしているという見解も全く間違いだ、と思っている。

私は率直ギタリストとして、ジョージ・ハリスンはなかなかで、クラプトンも確かに凄いが、彼はシンガーとして、寧ろジョージを上回る素晴らしさを持っている、とずっと思ってきた。つまり、よくまことしやかに言説化されてきたエリック・クラプトンのギター神業説は、寧ろ彼自身の甘いマスクとヴォーカルの声の透き通る美しさに支えられ、神の如く聴かれ続けてきた、と言って良いのではないか?

率直ソングライターとしてのジョージは神業的で、ジョンやポールにも劣らず、だがヴォーカルヴォイスでは、四人の元ビートルズや中年以降のサー・ディランより、サー・エリックが群を抜いて神業の透明ヴォイスと言ってもいいのではないか?

つまり、マスコミ言説化されている定説は意外と、直に真摯に聴いてきたファンには出任せに過ぎず、最後は自分の耳と心で音楽は、歌や演奏は聴くべきである、という真理を今私はしかと噛み締めている。

 

ともあれ、私の人生に於いても、元ビートルズの四人、サー・ボブ・ディラン、サー・エリック・クラプトン、サー・エルトン・ジョンといった方達との付き合いの時間が、他のどのシンガーやミュージシャンより、ずっと長くなってきた者から贈る一つのメッセージである。

因みに上の内容をインスタパルである、サー・ディランへ英語で送信したら、サーご自身で氏のパル全てへシェアして下さったのは、とても嬉しく光栄であった。つい先程の出来事である。サー・ディランが、サー・マッカートニー同様、最も私のインスタの書き込みを、よく評価して下さっているのが、何より物書きの端くれの自分にとっては光栄である。とりわけサー・ディランはノーベル文学賞受賞作家でもいらっしゃるから、尚更である。

 

Jan. 25th.  2024

 

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2024年1月16日 (火)

松田聖子と中森明菜 

インスタグラムをし始めてから一年以上経つが、インスタでのみ送信してシェアしてくれる人達が、最初は多かったが、送信頻度が増すと、次第に減り、今では11人程になってるが、一人だけ日本人女優、それ以外は全員アメリカ人、英国人、ウクライナ人の超有名歌手、女優、モデルである。一人だけ日本人女優だが、ハーフの方がいる。送信コンテンツは音楽全般、ロック、ポップス、ラップやヒップホップ、ラテン、各国の民族音楽、ジャズ、フュージョン、現代音楽、各時代各国のクラシック、スポーツ関連ではハンググライダー、パラグライダー、スケートボード、ブレイキング、登山、芸術全般、政治学、哲学、思想、宗教関連の解説動画、討論動画から各国の各種差別問題を巡る討論などを、You Tube 動画を中心に送信してる。モデルのファッションショーや、紹介動画も含まれる。

さて、日本のJ-popと呼ばれ出してからのものと、それ以前の歌謡曲も含まれるが、我等今年前期高齢者になる世代にとって、バブル絶頂期であった20代の10年でヒットした日本の歌手と言えば、松田聖子と中森明菜である。

聖子は、アイドルとしてはトップの位置にあり、明菜は聖子派に組みしない大勢の受け皿だった。で、今両者を聴き比べると、明らかにエンタメ性では聖子の歌唱と、単純なアイドルらしい歌詞から聖子に軍配が上がりはするものの、今聴くと、当時は番外編的、反聖子派の受け皿だった明菜の歌う歌詞と、彼女の固有の情感の方が聞き応えはある。憂いと情感の日本歌謡ディーヴァでは、真の女王は明菜だったと言える。とりわけ"出会いはスローモーション“は、名曲の部類に属する。

砂の上刻むステップ、という歌詞の出出しで、直ぐ海岸と判別する情景描写の巧さ、その後登場するシェパードを連れて散歩するイケメンに違いない若い男性は、スライド 長い脚先で、かなりいい男と、直ぐ分かる。で、その情景、一目惚れする若い女性心理は、明菜にしか歌えない、この歌詞は聖子では歌えなかった、ブリっ子でなかった、感情をストレートに表す明菜だからこそ歌えた曲である。

歌謡曲では、とりわけ歌手の個性と、歌詞の内容のマッチングが最大ファクターである、少なくともヒット如何に関しては。軽いめまい誘うほどに出逢いはスローモーション、これだけで明菜が、自分でも知らなかった理想の男性へ一目惚れする情景が、さっと聴く者の脳裏に浮かぶ。心だけが先走りね あなたのラブモーション 交わす言葉に感じるわ、全くもって唸らせる歌詞の展開である。来生えつこが作詞し、来生たかおが作曲、当時最大のヒットメーカーの作詞作曲コンビ夫妻による傑作中の傑作である。

今聴いても、聴衆を唸らせるものがある、作詞作曲と歌唱と、明菜の総合的な魅力、憂いと、聖子的なぶりのない(だから逆に聖子はぶる魅力だったのだが)若い女性の性の情感は、デビュー時から私は惹かれていたが、危険な匂いも当時は感じてた。聖子はブリッコだったので、危険性は感じなかったが、私は二人とも好きだった。

明菜の歌なら、もう一度全部聴き直してみたい、と思わせる彼女の情感の本質こそ、自分にも他人にも嘘がつけない真摯さの魅力と、それゆえの純粋過ぎる怖さだったのだろう、つまり、それが明菜へ危険な魅力を私が感じ、他者へは公言せず一人密かに、明菜が好きだった理由としても、今では納得がゆく。

魅力へ惹き付けられることに於いて、人は自分にだけは嘘がつけない。これは真理である。

 

Jan. 16th. 2024

 

付記 芸能界は、女優も歌手もモデルも同業者間の結束は硬い。それはきっと普通の会社員達のそれを上回る固有の同士意識だと、ビリー・アイリッシュさんのデュア・リパさん、カミラ・カベロさんらとのツーショットフォトでも、よく伺える。我々ファンには立ち入れない世界である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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2024年1月 1日 (月)

全ての人が民主主義に憩える訳ではない1️⃣

民主主義価値万能時代に、ビートルズは一財産築いたが、彼等はちっとも民主主義的人達ではなかったし、民主主義的な人が、例えば国のリーダーになれる訳ではない。

率直、昨今大きな話題を提供してくれたグレタ・トゥーンベリさんもビリー・アイリッシュさんも、自身は決して民主主義的なタイプの市民ではない。民主主義から表彰されることと、自身が民主主義的であることは、相互に異なる事態といっても過言ではない。

では、どういうタイプが民主主義的かって言うと、それも返答に詰まってしまうが、まあ、面白みが全くない普通の大人は、まあ、印象としては、民主主義時代以外では通用しないタイプと言っても、間違いではない。

自分は民主主義が大嫌いだし、自分自身で独裁をして、嫌いな奴全てを政治的に葬りたい。そういう悪である。悪こそ救われるとは親鸞も考えていたことらしいが、さて、その考えは、本質において、民主主義的正義と、そう大きく隔っているだろうか? いない感じもする。

性悪説的な観念は資本主義にも当て嵌まる。自分は民主主義が大嫌いだし、芸術家も、教育者も、政治家も嫌いである。好きなのは、まあ、自分の子供を産んでくれる女性、と答えておこう。

 

2024年元日。

 

 

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