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2024年1月16日 (火)

松田聖子と中森明菜 

インスタグラムをし始めてから一年以上経つが、インスタでのみ送信してシェアしてくれる人達が、最初は多かったが、送信頻度が増すと、次第に減り、今では11人程になってるが、一人だけ日本人女優、それ以外は全員アメリカ人、英国人、ウクライナ人の超有名歌手、女優、モデルである。一人だけ日本人女優だが、ハーフの方がいる。送信コンテンツは音楽全般、ロック、ポップス、ラップやヒップホップ、ラテン、各国の民族音楽、ジャズ、フュージョン、現代音楽、各時代各国のクラシック、スポーツ関連ではハンググライダー、パラグライダー、スケートボード、ブレイキング、登山、芸術全般、政治学、哲学、思想、宗教関連の解説動画、討論動画から各国の各種差別問題を巡る討論などを、You Tube 動画を中心に送信してる。モデルのファッションショーや、紹介動画も含まれる。

さて、日本のJ-popと呼ばれ出してからのものと、それ以前の歌謡曲も含まれるが、我等今年前期高齢者になる世代にとって、バブル絶頂期であった20代の10年でヒットした日本の歌手と言えば、松田聖子と中森明菜である。

聖子は、アイドルとしてはトップの位置にあり、明菜は聖子派に組みしない大勢の受け皿だった。で、今両者を聴き比べると、明らかにエンタメ性では聖子の歌唱と、単純なアイドルらしい歌詞から聖子に軍配が上がりはするものの、今聴くと、当時は番外編的、反聖子派の受け皿だった明菜の歌う歌詞と、彼女の固有の情感の方が聞き応えはある。憂いと情感の日本歌謡ディーヴァでは、真の女王は明菜だったと言える。とりわけ"出会いはスローモーション“は、名曲の部類に属する。

砂の上刻むステップ、という歌詞の出出しで、直ぐ海岸と判別する情景描写の巧さ、その後登場するシェパードを連れて散歩するイケメンに違いない若い男性は、スライド 長い脚先で、かなりいい男と、直ぐ分かる。で、その情景、一目惚れする若い女性心理は、明菜にしか歌えない、この歌詞は聖子では歌えなかった、ブリっ子でなかった、感情をストレートに表す明菜だからこそ歌えた曲である。

歌謡曲では、とりわけ歌手の個性と、歌詞の内容のマッチングが最大ファクターである、少なくともヒット如何に関しては。軽いめまい誘うほどに出逢いはスローモーション、これだけで明菜が、自分でも知らなかった理想の男性へ一目惚れする情景が、さっと聴く者の脳裏に浮かぶ。心だけが先走りね あなたのラブモーション 交わす言葉に感じるわ、全くもって唸らせる歌詞の展開である。来生えつこが作詞し、来生たかおが作曲、当時最大のヒットメーカーの作詞作曲コンビ夫妻による傑作中の傑作である。

今聴いても、聴衆を唸らせるものがある、作詞作曲と歌唱と、明菜の総合的な魅力、憂いと、聖子的なぶりのない(だから逆に聖子はぶる魅力だったのだが)若い女性の性の情感は、デビュー時から私は惹かれていたが、危険な匂いも当時は感じてた。聖子はブリッコだったので、危険性は感じなかったが、私は二人とも好きだった。

明菜の歌なら、もう一度全部聴き直してみたい、と思わせる彼女の情感の本質こそ、自分にも他人にも嘘がつけない真摯さの魅力と、それゆえの純粋過ぎる怖さだったのだろう、つまり、それが明菜へ危険な魅力を私が感じ、他者へは公言せず一人密かに、明菜が好きだった理由としても、今では納得がゆく。

魅力へ惹き付けられることに於いて、人は自分にだけは嘘がつけない。これは真理である。

 

Jan. 16th. 2024

 

付記 芸能界は、女優も歌手もモデルも同業者間の結束は硬い。それはきっと普通の会社員達のそれを上回る固有の同士意識だと、ビリー・アイリッシュさんのデュア・リパさん、カミラ・カベロさんらとのツーショットフォトでも、よく伺える。我々ファンには立ち入れない世界である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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